第28話 森狩り


 先に植物の迷宮を速攻で潰し、その後に鬼の迷宮を相手取る。


 我ながら完璧な作戦である。鬼の迷宮には少しばかり小細工もしておいた。


 そうして植物の迷宮に殴り込んだ俺達。そこに待っていたのは、日の差さない薄暗い森だった。


 ……迷宮って言うけど、今までに洞窟的な迷宮見たことないぞ。


 魚の迷宮は海だったし昆虫と植物の迷宮は森だ。


 森自体が迷いやすい自然の迷宮と言われれば否定できないが。


 四方八方が木でどこに行けばいいかわからん。


 植物の迷宮は情報自体も全くない。クレイマンは鬼の迷宮の使い走りであって、植物の迷宮とは全く関係もってなかったし。


「森というか樹海っぽいな……どこに行けば迷宮主がいるんだ」

「……あっち」


 エイスが指さした方向を見るが、その先に見えるのは草木だけである。


 全くわからんがエイスが言いきるくらいだ、何か彼女には見えているのだろう。


「エイスの言う方向に進むか……しかし草木が邪魔で移動しづらいな……エイス、伐採してくれないか」

「……私は庭師じゃない」


 そう呟きながらもエイスは剣の入った鞘に手をかけ、それと同時に目の前に生い茂っていた草木が消え去った。


 相変わらず全く剣の振りが見えないどころか、いつ鞘から剣を抜いて戻したかすらわからない。


 ここまで速いのだが彼女の剣は別に抜刀が軸の剣術ではないらしい。


 本来は普通に剣を構えて戦う流派と言っていた。純粋に速すぎて一振りで勝負が決まるので、抜刀剣術に見えるだけと。


 この少女恐ろしい。


「さすがエイスさん! 私もやりますよ!」

「……やめておいたほうがいい。葉が落ちてくる」

「エイスの言う通りだ。わざわざ葉で汚れる必要はない」

「……違う。この草の葉は鉄の針と思った方がいい」


 俺は近くにある松っぽい木の葉を見てみる。先端が凄く鋭い葉で触ってみると鉄のように硬い……針葉樹って言うけどさ!?


「ふざけすぎだろ! 針葉樹だからって針になるんじゃねぇ!」

「……叫ぶと衝撃で落ちてくる可能性がある」


 俺は即座に自分の口を手で抑えた。 


 流石はファンタジー世界と言うべきか……この様子だと松ぼっくりが手りゅう弾とかありそう。


「松ぼっくりは爆発しないだろうな?」

「……スグルはバカ?」

「バカなのはこの世界だろ、ちくしょう」


 理不尽ないわれ様にまた叫びそうになるが何とか思いとどまる。 

 

 針葉樹が鉄針なら、松ぼっくりが手りゅう弾でもおかしくないだろ! と心の中で叫ぶにとどめた。


 そしてエイス庭師……じゃなくて剣士が草木を伐採して道を作ってくれている。


 俺とライラは彼女の後ろをついていく。


「我こそは植物の迷宮のぉ!?」

 

 時たま横から巨大な木が突撃してきたが、一瞬のうちに真っ二つに切り裂かれた。


 名乗りすら最後まで上げさせてもらえないのは悲惨である。


「この木、結構丈夫そうですね。持って帰って素材にしましょう!」

「ぐげぇぇぇぇぇ!?」

「あ、ごめんなさい!」


 ライラが生えていた木を引っこ抜くと、断末魔の声が聞こえた。


 どうやら魔物だったらしい。すぐさま土に戻したがピクリとも動かない。


 力づくで引き抜かれたのでお陀仏したのだろう。それはどうでもいいが、普通の木と魔物の見分けが全くつかない。


 もし強い魔物だったら厄介だったな。エイスの前では雑草扱いで助かる。


 しかし……すでに1時間くらい歩いているが全く景色が変わらない。


「なあエイス。本当にこの方向であってるのか?」

「……」

「エイス? ちょっと黙るのやめてくれない!? もしかして間違えて……」

「……間違ってない」


 珍しく少し怒った口調で、エイスは俺に向けて抜刀の構えを見せた。


 ちょっ!? 間違えたか聞いただけでそこまで怒るか!?


「エイス、落ち着こう。まずは話し合いを……」

「……斬る」


 エイスが呟いた瞬間、暗かった周りが急に明るくなり俺は開いた口がふさがらない。


 端的に言おう、彼女は森を斬った。あれほど生い茂っていた木は、全て俺の身体の半分ほどの幹を残して切り落とされている。


 四方八方が森だったのに、今では遠くに地平線まで見える。

 

「…………エイス、お前ってMAP兵器か何か?」

「……MAP兵器?」


 首をかしげてきょとんとするエイス。


 詳しく説明するのも面倒なので、無差別大量破壊剣と言うと不機嫌になってしまった。


 これは俺が悪いな……動揺して言葉を選べなかった。


「あ、あの! あそこに大きな木が残ってますよ!」


 ライラに指さす方向を見ると、神樹とかで飾られていそうなほどの立派な大木がそびえたっていた。

 

 その木には傷一つないが、エイスの斬撃を無傷で耐えきったのだろうか。いくら太くて丈夫とは言えど、森を一掃する剣劇相手に傷一つないとは思えないが……。


 そんなことを考えていると、大樹の表面に顔が浮き出た。


「貴様らぁ!!! 我らが森になんということを! 自然を愛さぬ人間どもめ!」


 ものすごい音量の声に思わず耳を塞ぐ。


 なんてバカでかい声だ……耳が変になってしまった。


「我のみ地中に潜っていたが故に難を逃れたが……我が同胞たちをよくも!」


 何やら涙を流している大樹。あの巨体でエイスの斬撃をどう防いだのかと思っていたが、地中に潜っていたならばわかる。


 いや大樹が地中に潜るってほうはわけわからんが。


「貴様ら! 祈っても許さん! 我らが森を復活する栄養素としてくれる!」


 大樹は地中から根っこをいくつも出して、うねうねとこちらに向けて動かす。


 更に自分自身も根を足のようにして立ち上がった。


 触手的な薄い本展開としては素晴らしいのだが、俺も標的に入ってるのはよろしくない。


 薄い本は見るのはいいが、実際にやってはいけない。


「ふん。お前はもう負けてるんだよ! そういうわけでエイス。もう1斬り頼む」


 困った時のエイス先生にお願いする。


 ヴェルディと違ってエイスは時間制限がない。某光の巨人とかもだけど、強くても時間制限あるのって不便だよな。


 だがエイスは顔を紅潮させ、鞘に入った剣を杖代わりにしながら首を横に振った。


「……無理」

「え?」

「……力使いきった。しばらく……動けない」


 息を切らせながら、普段よりも小さい声で呟くエイス。


 ……これはひょっとして絶対絶命では? 


「くははは! どうやらあの斬撃はもう出せぬようだな! 他は眼中になし、厄介な貴様を倒せば終わる!」


 大樹の根っこが一斉にエイスに襲い掛かる。


 野郎! 俺を戦力外に見やがったな! こちとら神龍装備着てるんだぞ!


 ……まああの超巨大な樹を相手に、俺の剣の腕では薄皮程度しか斬れなさそうだが。


「くっ! ライラ、お前の馬鹿力を見せる時……ってライラ?」


 指示を出そうとするとライラが近くにいないことに気づいた。


 そういえばさっきから声がしないとは思ったが……どこにいったんだ?


 周りを見回すと……大樹の目の前に陣取っていた。


「ご主人様! この樹、いい素材ですよ! これならより上等なお風呂とか家が作れます!」


 テンションが上がっているのか、ライラは槌を強く握って叫んだ。


 ……喋る樹木で作られた風呂とか家って嫌だな。呪われた物件とかそういう類のものではなかろうか。


「くだらんな。我を前にして言うセリフがそれか。頭もバカなようだな、貴様は後で料理してやろう」


 大樹も進路上にいるライラのことに気づいたようだが、眼中にないらしくエイスに向けて走り出す。


 なめてかかって、ついでにひき殺すくらいのつもりなのだろう。


 致命的な判断ミスを犯したな! ライラは確かに知力2だ。


 だが……。


「えいっ!」

「ごふおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?!?!?!?」


 ライラの軽い叫びと共に、軽く振った槌の一振り。それは数千倍ほどの対格差の大樹を吹き飛ばし、横腹に大穴を空けた。


 その巨体は断末魔の叫びをあげ、地響きを立てながら地面に落ちた。致命傷だったようで大樹に浮き出た顔が消えて、動きが完全にとまる。


 彼女は……筋力カンストなのである。


 その槌の一振りは、文字通り山を割りかねない一撃を誇るのだ。


 力加減全くできないので、エイスみたいに森を斬れとかは指示できないが。


 そんなことしたら周りの地面が崩壊する未来が見える。


「やりました! これで木材には困りません!」


 ライラは息絶えた大樹を見て満面の笑みを浮かべた。


 ……このバカでかいのをどうやって持って帰るつもりなのだろうか。

 

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