第27話 先手をとる


 ヴェルディの間にて、寝返らせた土人形クレイマンから敵の情報を聞き出したが……何とも厄介なことを知ってしまった。

 

「……まじか。二つの迷宮主が同時に攻めてくるとかありかよ」

「1対1ではなくなった時点で、部外者も参加できるらしいが」

「迷宮の部外者も参戦できるのはいいが……」


 本来ならダンジョンバトルは、関係のない者は異空間? に飛ばされる。

 

 だが敵の迷宮主が複数同時に攻めてきたなら、ダンジョンバトルではなくなるためそれらの制限が消える。


 敵の戦力が二倍になってしまうのは痛いが、関係者以外が参加できるのは俺達にとってはやや有利に動く形ではある。


 エイスが戦力として計算できるなら、一方的に不利とはならない。


「敵の迷宮は鬼のほかには何だ?」

「草の迷宮だ。植物の魔物を率いる」

「草か。それなら色々と戦う手段はありそうだ」


 よく燃えるだろうから、火炎放射器とか用意したいところだな。


 環境破壊? そんなこと知るかよ、そもそも相手は魔物だろうが。


「敵はどれくらいで攻めてくるんだ?」

「おそらく七日後だ。七日後には季節が夏になるから、草の迷宮の魔物が活性化されて強くなる」

「完全に植物じゃねーか……。七日後に攻めてくるなら……よし、俺達が先に仕掛けるぞ」


 俺の言葉にクレイマンは驚いたようなそぶりを見せる。

 

 土人形なので何となくの予想だが。


「い、いいのか? 七日でしっかり態勢を整えたほうが……」

「後手に回りまくってるからな。こちらから攻めたほうが敵も動揺するだろ。準備って言ってもできることは限られるし」


 七日で戦力を増やすアテは特にない。


 対して敵は夏になって強化されるのだ。こちらが不利になってしまうのは避ける。


 それに植物って簡単に増殖しそうだからな。七日で活性化される上に数も増えてそうだ。

 

 雑草は本当によく成長するしすぐ増えるからな……。


 クレイマンは俺の言葉に動揺しているのか額を手で拭った。


「そ、そうか。確かにそうだな。五日後くらいに攻めるのか」

「明日」

「……すまん。耳に土が詰まっているようだ。もう一度言ってくれ」

「明日だ。ライラ、明日までに用意して欲しい物がある」

「はい!」


 明日に攻めると聞くやいなや、エイスやゴブリンたちも動き始める。

 

 こいつらは優秀で助かる。何を用意するのかは知らないが、彼らなりにやることがあるのだろう。


 人形のように固まっているクレイマンを放置して、俺もライラに指示を出そうとすると。


「正気か!? 敵は二人の迷宮主だぞ!? 万全の準備をしたって勝てるか怪しいんだぞ!?」


 いきなり叫んだと思ったら、絡繰り人形のように不気味に動き出す。


 こいつすでに壊れてるんじゃなかろうか。


「正気だよ。そもそも後回しにしてもこちらが有利になるところがないだろうが! なんだ? 5日後なら何か変わるのか? 時間置くだけ敵が有利になりかねんだろうが!」

「た、確かにそうだが……それにしたってもう少し慎重を重ねて……」

「慎重を重ねた結果、時間だけ過ぎていくだろ……もう決めたんだからムダだ」


 クレイマンはがっくりと地面にひざをついた。


 こいつの動きはなんか豊かというか、オーバーリアクションというか。


 表情全くわからんのに感情が見える。土に同化する能力以外は間者に全く向いてないな。


「さてと……ライラ、ここに書いた物を作って欲しい」

「……申し訳ありません。この字って何て読むんでしょうか……」


 ライラにメモ書きを渡したところ、全く読めないと返って来た。

 

 仕方がないので口頭で説明し終えると。


「お任せください! ご主人様の指示の数倍の火力を出せるようにします!」

「今回は許す! 思う存分強くしてくれ」

「はい!」


 ライラは自信満々に鍛冶場へと向かって行った。

 

 彼女の作る技術と筋力だけは間違いないので任せきりでいい。


 ちゃんと作ってくれれば植物の魔物には効果を発揮するだろう。魔物とはいえ草だ。


 その他にも頼んだ物はあるが、そちらは相手が何だろうが効果を発揮するだろう。


 用は済んだのでクレイマンのほうへと視線を戻すと、地面にうつ伏せに倒れて痙攣していた。

 

 こいつ本当に大丈夫だろうか……。


「クレイマン、お前にも働いてもらうぞ。鬼の迷宮に戻って、迷宮主に嘘の情報を流せ」

「う、嘘の情報って何を……」

「俺達が油断しきっていることだ。それと持って行って欲しい物もある、宝を盗んだとか言っておけばいい」

「は、はあ……いいけども」


 これで敵への妨害工作もいける。


 後は魚の迷宮へと向かって戦力を借りるとするか。


 エイスをクレイマンの村の防衛にあてる予定だったが、今回は彼女もダンジョンバトルに参加できるのだ。


 使わない手はないので他の戦力で村を守ってやれねばならない。


 魚の迷宮に借りを作ることになるが……約束したからしかたあるまい。


 そうして魚の迷宮に向かって村を守る戦力を借りたり、他の準備をしている間に翌日の朝になった。


 ライラに頼んでいた物も全部無事に納品された。準備は万端とは言い難いが戦う用意はできた。


 ヴェルディの間に皆が各々準備を整えて揃った。


 ゴブリンは神龍装備をまとい、ライラは自慢の槌を素振りしている。


 エイスは普段通りだ、彼女の場合は常に抜刀するので問題ない。


「よし。これより二人の迷宮主と戦う! 以前の魚の迷宮よりも強敵だが、俺達のほうがより強いと確信している! 絶対に勝つぞ!」

「はいっ!」

「ゴブゥ!」


 俺の言葉にゴブリンたちとライラが掛け声をあげる。

 

『当たり前じゃわい。我がオーガ風情に劣るものか。全て灰にしてやるわい』

「……斬る」


 うちの最大戦力たちも殺る気満々だ。彼らをどれだけうまく扱うかだな……。


「敵の主要戦力は迷宮主二人と、ハイオーガのマサムネだ。そいつらとはうかつに戦うな、状況によっては退け。特にマサムネと出くわしたら、エイス以外は逃げろ」


 クレイマンからの情報で、敵の主要戦力も把握している。


 以前に出会ったマサムネはなんと迷宮主たちより強いらしい。


 敵の最大戦力でかなり強力とのことなので、ヴェルディをぶつけられるように持っていきたい。


 俺の策略に引っかかって弱体化してくれればいいが……あまり期待はしていない。


 そんなことよりも他の迷宮主に宣戦布告をしなければな。魚の迷宮主に教わった言葉を思い出す。


「我は《鬼の迷宮》、《草の迷宮》に敵意あり。意にそぐわぬ故に宣戦を布告する。その命をもって償いを受けよ」


 言葉を唱えた瞬間、空中にモニターが出現する。


 そこには戦争開始と記載されていた。どうやら戦いは始まったようだ。


「行くぞ! まずは草の迷宮を攻め落とす! ゴブリンたちは防衛を頼む!」


 草の迷宮に繋がる門を出して、ライラやエイスたちと共に突撃した。


 


 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 スグルが戦争を仕掛ける前日の夜。

 

 鬼の迷宮の内部。石でできた汚い部屋の粗末な玉座で、一匹のオーガが土人形と話をしていた。


「ほう。奴らはろくに戦力も補強せず、ダンジョンに人を集めることに集中しているか」

「ええ。オガラン様のことなど全く気づきもせず油断しきっております。その証拠に酒を盗んでまいりました」

「おお! よくやったぞ! しょせんは生まれたばかりの迷宮主よな」

 

 クレイマンが怪しげな呪文を唱えると、大量の酒樽が床の下から浮き上がって現れた。


 それを見たオガランは舌なめずりをした。


「マサムネ! オーガたちを集めろ! 今宵は宴だ!」

「……ああ」


 オガランのそばに立って控えていたマサムネは、命に従って他のオーガたちを呼びに行くために移動する。

 そしてクレイマンにすれ違う時、小さな声で呟いた。


「これ以上はやめておけ。オガランに気づかれる」


 全て分かっていると言わんばかりに、クレイマンを一瞥して部屋から出て行った。

 

 その視線を受けたクレイマンは、恐怖から小刻みに震えている。 


「クレイマン! お前は引き続き、愚かな迷宮主を調べてこい!」

「は、ははっ!」


 能天気に口笛を吹いているオガランに従って、クレイマンは急いで部屋から出ていく。


 それと入れ違いに大勢のオーガたちが入ってきた。


「親分! 酒をもらえるって!?」

「ああ! 存分に飲め!」


 クレイマンはそんな言葉を聞きながら、逃げるように鬼の迷宮から脱出して外に出る。


「……と、とりあえずやることはやったぞ。頼むから勝ってくれよ……」


 暗い夜空に向けて呟いたのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る