第25話 なんちゃって氷室
ダンジョン内のヴェルディの間。
主要メンバーが全員集まったので、俺は話を始めることにした。
先日、複数の迷宮主が俺を狙っているとわかってしまった。
すぐに戦力を補強せねばならない。そのために俺は――。
「これから氷室を作りたいと思う」
『氷室? なんじゃそれは?』
「簡単に言うと常に氷が張っていて冷たい部屋だ」
戦力の補強にはDPが必要。DPはダンジョンに人を集める必要がある。人が集まるには目玉がなくてはならない。
氷室なら常に冷たい物を用意できるし、冷凍で魚なども保存できる。
町でもキンキンに冷えた酒などは見なかったので、きっと売れるだろう。売れるはずだ、売れるに違いない。というか売れろ。
『なるほど。侵入者を氷らせて凍死させる部屋か』
「そんな物騒な部屋じゃない! 冷たい物保存用だ! 肉とか凍らせて取って置けるんだよ」
『ふーむ。そんなもの必要か? アイスドラゴンなどの氷の地でしか住めぬ貧弱な竜ならわかるが』
アイスドラゴンの強さは知らないが、ドラゴンの時点で貧弱ではないだろうな。
まあ人の身ならぬヴェルディは氷室のよさはピンと来ないのだろう。
他の面子に視線を移すと。
「流石は主様! このライラ、必ずものすごい氷室を作り上げます! それはもう、すごいのを! 爆発とかさせます!」
「部屋だからな!?」
ライラは自慢の大槌を持ってやる気満々だ。
すごい氷室がどんな部屋になるのかは知らんが……とりあえず爆発はさせないようにせねば。
少し危機感を感じていると、エイスが俺の服の裾を引っ張ってくる。
「……アイス保存できる。十部屋くらい作るべき」
「うちのダンジョンを冷凍倉庫にでもするつもりか? それに十部屋も作るような余裕はない、一部屋でも大変そうなのに」
そもそも中に入れるのは俺達と宿屋の食糧程度。一部屋で十分である。
氷室って造るのも大変そうだしな、実際の手間はしらないが。
簡単に用意できる代物ならば昔から大量にあるはずだ。それこそ一家に一台レベルで。
幸いにもこの
ライラなら何とか作ってくれると思うのだが……。
『確認するが、ようは年中凍るような寒さの部屋があればよいのだな?』
氷室の作り方を考えていると、ヴェルディが俺の望む部屋のことを聞いてくる。
間違ってないので頷くと。
『ならばここの最も近くにある空き部屋に向かうがよい』
この部屋――ヴェルディの間から最も近い部屋?
あそこは何一つ置いてない本当の意味で空き部屋だ。というか洞窟の行き止まり箇所と言った方が正しい。
そんなところに行って何をしようと言うのか。
「向かわせてどうするつもりだ? 何かあるのか?」
『説明するのも面倒じゃ。見たほうが早い、さっさと行くがよい』
「数分で着くからいいけどさ。ライラも来てくれ」
元から氷室を作る候補であった部屋だ。ライラと下見するのもいいかと思って、彼女を呼ぶとエイスやその他大勢が付いてきた。
ゴブリンにツバに……ようはダンジョン内のメンバー全員である。
「……お前らどうしたんだ」
「……手を貸す。アイスのため……ゴブリンたちも人手になるはず」
「ゴブゥ……」
真剣な目をしているエイスと、呆れた顔のゴブリンたち。
おそらくゴブリンたちの訓練時間を、氷室の手伝いにあてるつもりだ。
職権乱用な気がするが氷室の作成も優先順位が高い。今回に限って不問としよう。
ツバは表情などがわからないが、どうやらついてきたいようなので勝手にさせるか。
そういうことで全員で一番近い部屋へと向かうことにした。
ヴェルディの間を出た瞬間……なんかめっちゃ寒い。まるで冬になったかのように気温が低下している。
「めっちゃ寒いんだけど!? ヴェルディ、お前まさか氷室作ったのか!?」
『ふっ。我を舐めるでない、さっさと部屋へと向かえ』
言われるがままに目的の部屋に着くと、辺り一面が氷におおわれていた。
そして部屋に中央に陣取るように、七色に光る巨大な氷の結晶が鎮座している。
『《不変氷土》。永遠に周囲を凍らせる氷を創る魔術じゃ。これで氷室とやらになるじゃろ?』
自慢げな声を出すヴェルディ。これは珍しく本当にすごい。
一瞬で完璧な氷室が完成してしまった。
「俺さ、初めてお前が神龍だと見えたよ」
『なんじゃと!? 常に神龍だと言っておるじゃろ!?』
「ところで神龍様、この氷って宿屋に置くことは可能か?」
『無論じゃ。我を舐めるでない』
これで氷室というか、冷凍保存が可能になったのだ。
この不変氷土とやらを宿屋の一室に移動させて氷室を作成。
すぐさま宿屋のメニューにアイスクリームや、魚介系などの珍しいものを追加する。
俺が事前にDPで購入しておいて氷室に放り込み、必要な時に宿屋の従業員が取り出す形だ。
事前に買って保存できるというのが一番の肝である。
注文されるたびに俺がDPで購入するのは論外だったからだ。宿屋はあくまでダンジョンの人集め補助であり、俺はダンジョンの強化などをしたい。
そうして氷室を用意して三日後。宿屋のメニューに冷凍物が加わった。
気にしていた客の評判はと言うと。
「なんじゃあこりゃあ!? 冷たくて甘いぞ!?」
「山で魚とかバカだろ!? だがそれがいい!」
宿屋の食堂に足を運ぶと、アイスや魚介系を絶賛する声が聞こえてくる。
どうやらかなりウケがいいようだ。カレーなどもあるし宿屋の食事はもう十分だな。
しばらくはこのままでいいだろう。月日が経って飽きられてきたらまた考えよう。
食堂の盛況具合を見て満足気に頷いていると。
「いやああああ!?」
少女の悲鳴が氷室から宿屋に響いた。
おいおい、なにかあったのか!? 客に動かないように指示して急いで氷室の扉を開くと。
腰を抜かして床に座っているうちの従業員と、不変氷土を触って完全に凍り付いた男。
……なんか探偵物の殺人現場みたいな構図が出来上がっている。
「あ、あの……私じゃありません! 入ったらこんなことに……! 本当なんです、信じてください!」
「あーうん。大丈夫だから。犯人は簡単だ」
こんな簡単な事件そうそうない。この氷室は鍵つきで従業員以外は開けられない。
なのでこの男がこんなところにいるのがおかしい。何らかの下心で侵入したのだろう。
次に不変氷土を触っていること。盗もうとしたのか気になっただけなのかは知らないが、触った瞬間何でも凍り付かせる代物だ。
結論、この男の自業自得である。ぶっちゃけそのうち何か起きるとは思っていた。
泥棒が入る可能性もあるとは思っていたが、特に防犯を置かなかった理由がこれだ。
不変氷土を盗むのは並みの人間では不可能である。
俺にも慈悲はあるのでヴェルディに頼んで、人間が触った場合は仮死状態になるようにしておいてよかった。
「こいつは泥棒として町に届けよう。持ち場に戻っていいぞー」
「え、ええ? い、いいんですか?」
「うん」
腰を抜かしたままの従業員に手を貸しつつ、氷室から出ていく。
とりあえず宿屋の営業時間が終わるまでは放置でいいか。
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