第24話 不穏な影
巨大なクワガタは剣に腹を刺されて力尽きて倒れている。
今までで一番の強敵だったがなんとか勝つことができた。
もしあのハサミの挟まれていたら無事ではすまなかっただろう。
だが敵はこいつだけではない、ヴェルディツバスライムに任せているカブトムシが残っているのだ。
「ツバ! 今援護に……」
「やめろぉ! 俺を食うんじゃねぇ!」
急いで援護に向かおうとした俺が目にしたのは、カブトムシをその液体の身体に包み込んだツバ。
カブトムシは抜け出そうと無様にもがいているが、液体に浸されているのもあって全く効果がない。
「や、やめろ! あちぃ!? お、俺の身体が溶けている!? やめろぉぉぉぉ!?」
ツバから煙が出て、嫌なにおいとともにカブトムシの身体が徐々に小さくなっていく。
奴が言う通り溶けているようで足やツノなどもどんどん短くなっている。
……恐ろしい攻撃だ。溶解液となった身体で敵と包み込み溶かす。
まるで食虫植物のようだな。
「や、やめ……あ、あぁ……」
そしてカブトムシの声が小さくなっていき消え、奴の身体も完全に消滅。
ツバは空に向かって吠えるような動きを見せた。声帯がないので動きだけだが。
「すげぇな……まさかツバだけで倒すとは」
「ゴブゥ」
俺とゴブリン全員で苦戦した相手と同格だ。
苦戦、もしくは負けている可能性まで考えていたので嬉しい誤算だ。
『無事に勝てたようじゃな』
「ヴェルディか。そちらは大丈夫か? 主にエイスが」
『虫は出現しなかったので問題ない。仮に来ても我が葬っていたがな』
「倒せるかではなくて、エイスの精神面が不安だったんだよ。まあ大丈夫なら戻る……」
ヴェルディとの話を遮る様にゴブリンとツバが俺をかばうような場所に移動した。
ゴブリンたちは剣を抜き、ツバは何かを威嚇するような動きで一方向を見ている。
その方向にはただ木があるだけなのに、まるでそこに何かがいるかのような。
「ほう。私の姿を捉えたか」
その言葉と共に、いきなり一本の木が緑色になり、そして形も熊のようなガタイの人型の魔物へと変わったのだ。
岩などの景色に紛れ込んだタコが姿を現すかのように。
「お前は何者だ!」
「私はマサムネ。ハイオーガにして、鬼の迷宮の者だ」
腕を組みながら律儀に自己紹介してくるハイオーガとやら。
風に流れる長髪と外套、腕などは筋肉の鎧に覆われている。
なんかもう見た目や態度からして強そうだ。こんな遭遇戦ではなくて、しっかりと準備を整えて戦った方がいい存在に見える。
特にここは俺のダンジョンと遠く離れているので、
少なくとも連戦で軽く勝てる相手ではなさそう。
「案ずるな。弱った者をなぶる趣味はない」
人型は俺の考えを読むかのように軽く口を開いた。
ボディビルダーのように筋肉で覆われた身体だが、頭も悪くなさそうだ。
『そいつはハイオーガじゃ。雑魚じゃな』
「お前の情報はどうでもいい……」
いつものヴェルディ基準の参考にならない強さ判定を聞き流し、マサムネとやらをにらみつける。
奴の言葉を簡単に信じるわけにはいかない。
敵が本当のことを言うと思って動くのはただのバカだ。
「私の言葉を信じぬか。当然だな、ではこちらが引き下がろう」
マサムネは俺達から背を向けて離れていく。
普段のクセで銃を持つが……いつもなら不意打ちで撃ちこむのだが、こいつ相手には下手に仕掛けない方がよさそうだ。
マサムネは何歩か歩いた後、足を止めて背を向けたまま。
「先ほどの戦いは見事だった。その力に敬意を表し、一つだけ教えてやろう。私の雇い主や他の迷宮主がお前を狙っている」
「……そうかい。そりゃありがとうよ」
「礼は不要。再び相まみえる時は敵だ」
そう言い残してゆっくりと離れていくマサムネ。
ゴブリンたちとツバは奴に対して決して油断せずに警戒し続ける。
俺もいつでも銃を取り出せるようにしていた。
そしてマサムネの姿が完全に消えてしばらくした後。
「……ぷはっ! なんだあいつ!? 絶対ヤバイだろ!」
「ゴブゥ……」
俺達はようやく気をゆるめて地面にへたれこんだ。
あんな威圧感を感じたのは二度しかない。エイスと初めて出会った以来だ。
正直かなり助かった。あんな奴と何の準備もせずに戦うのは勘弁。
『何をやっておる。あんな者、我の足元にも及ばぬ』
「お前この場にいないだろうが!」
『十秒あればそこに魔法を撃ちこめるわ!』
「出来るなら先に言えよ!?」
ヴェルディが使えるならここまで警戒する必要なかっただろうが!
離れてるから助けは無理と思っていたのに……。
「しかしあのマサムネとやらはやばいな……戦うとなるとヴェルディで戦わせることになりそうだ」
『我ならば瞬殺だ』
「それは心強いことで」
ヴェルディならばあのマサムネ相手でも勝てるだろう。
それは心配していないが……問題は間違いなく敵はマサムネだけではない。
とっておきであるヴェルディの使い道が限定されてしまう。
「うーむ……ゴブリンたちがもう少し鍛えれば、勝てたりしない?」
『いくら何でも無理じゃ。進化しない現状では蟻がいくら強くても龍には勝てぬ』
「そうだよなぁ。ちなみにツバも勝てないか?」
『勝負にはなろうが厳しいじゃろうな。あいつは生まれて間もない、まだ力の使い方も知らぬのだ』
ヴェルディはいつもより優しい声音で語る。
自分の唾液で進化したスライムなので、孫みたいに扱っているのだろう。
でも力の使い方を知らないってわりには、敵を飲み込んで消化とかかなり鬼畜な戦い方してたが。
しかもマサムネの言葉を信じるのなら、複数の迷宮主が俺を狙っている。
鬼の迷宮とやらと他の迷宮が同時に襲ってきたらヤバイ。ヴェルディをマサムネ対策に使うしかないなら、こちらの最大のアドバンテージであるチートが消えてしまう。
まだ神龍装備などはあるが、完全に勝てるとは言えなくなる。
何とか対策を講じるべきだろう。
マサムネをヴェルディなしで何とかする、もしくはマサムネさえ何とかすれば勝てる戦力を用意すか。どちらも簡単ではないが考えなければ危うい。
「戻ったらライラに相談してみるか」
『くだらん。我に任せておけ』
「当然だろう、お前を頼らないわけがない」
『うむうむ。わかっているではないか、我さえいれば全ての敵は塵芥よ』
「じゃあ鱗の発掘量増やすけど頼むな」
『待て! それは話が違うじゃろ!? 痛いんじゃぞ!?』
戦力の強化が必要だ。
今よりも装備や戦闘に使えそうな武器がいる。その素材として超優秀なヴェルディの身体は必須である。
俺も無策ではない。いくつかダンジョンの補強策は考えている。
そのためにはヴェルディの素材とライラの腕がフルに使う必要がある。
『待て! そもそもお主、我の鱗などで何を作るつもりじゃ!?』
「衝角っていう巨大な槍みたいなものだ。さっきのカブトムシの角で思いついた」
『そんなもの作ってどうするんじゃ?』
「もちろん戦力強化のためだ」
うちには現状では装備スロットがないツバがいるからな。
龍だから鎧ならまだし武器なんてつけられない、と諦めてしまってはもったいない。
あいつに神龍装備を纏わせればかなり強いはずだ。
ヴェルディがいなければ弱いです、はうちの最大にして唯一の弱点だ。
それさえ解消できれば、正確に言うならばヴェルディなしでも時間稼ぎができれば俺達に負けはない。
一日耐えるごとにヴェルディタイムが十秒回復するわけだからな。
耐久戦になれば俺達の勝ちと同義なのだ。後は時間を稼ぐために戦力を強化しないとな。
そんなことを考えつつ、ツバに乗って帰路へとついた。
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