第22話 虫の迷宮主①


 以前にタイクン――以前に戦った魚の迷宮主の使い魔が言っていた。

 俺達のダンジョンを狙う虫がいると。

 虫と言ったが比喩ではない。虫の迷宮主が狙っていると聞いたのだ。

 だが特にアクションがなかったので完全に忘れていた。

 今日までは――。


「潰せ! ダンジョンに入った虫は全てだ!」

 

 俺はダンジョン入り口でゴブリンたちに指示を繰り出し、ニワトリほどの大きさのバッタっぽい魔物を銃で撃ちぬく。

 ……今の状況を簡単に説明すると、虫の魔物が俺のダンジョンのいたるところに大量発生している。

 どうやってかは知らないがいきなり現れたのだ。


「どうなってる!? 何で虫の魔物がこんなに!?」

『何か仕掛けられたと考えるのが妥当だろうな』

「何かって何だよ!」


 叫びながら人ほどの大きさのカマキリの脳天を打ち抜く。

 くそっ、でかい昆虫はかなり気持ち悪いな! 

 なんか宇宙人とかミュータントっぽいし!

 しかも大量の群れがいるので更に気持ち悪さが倍々ゲームだ。

 倒した死体を踏み越えて、更に数十体のカマキリが襲い掛かってくる! 


「弱いが数が多すぎる!」

『我の力でダンジョン内の虫を一掃するか?』

「ダメだ! 切り札は最後まで取っておく!」


 ヴェルディの提案を一蹴する。

 俺はエリクサーなんかも最後まで取っておく主義だ。

 ここでヴェルディの力を使ってしまうと、次に何かあっても明日まであいつは動けない。

 この巨大昆虫どもは気持ち悪いが、強くはないのだ。

 ヴェルディの力を使わなくても対応は可能なはず。

 拳銃の弾が切れたので、腰につけた鞘から剣を引き抜いてカマキリを切り裂く。

 ……前の魚相手の時もだが、拳銃が正直あまり使えない。

 敵が多すぎてすぐに弾切れになるのだ。


「くそっ! 迷宮主が狙ってるって言うから、ダンジョンバトルになるとばかり思ってたのに!」

『思わぬ搦め手で来たのう』

「本当にな!」


 カマキリの群れの中に突っ込んで、てきとうに剣を振り回すと奴らの身体が分断されていく。

 やはり弱い、だが数が多い。

 ゴブリンたちやエイス、ヴェルディツバドラゴンにも処理を頼んでいるが……。


「これ倒すのにどれくらいかかるんだ……」


 思わず弱音をはいてしまう。

 巨大な大群の虫を相手にするってだけでも、精神的にきつい。

 ……ここは切り札の使いどころか?


『もうほとんど残っておらんぞ。お主の担当したエリア以外は全滅しておる』

「まじか! 俺のエリアにほぼ集中してたってことか!」


 助かった! どうやら俺に昆虫どもが集中してたようだ。

 攻め込んできた総数はそこまで多くなく……。


『お主のエリアの敵は少ないぞ。エイスが大量に殺しただけじゃ』

「……さいですか」


 ……赤っ恥だがまあいいか。虫どもが全滅することにかわりはない。

 残りのカマキリを斬ってヴェルディの間へと戻ったところ。

 

「…………」

「!?」


 不気味な緑の液体を身体からポタポタと垂らす、剣を握った修羅がいた。

 いやよく見るとエイスだ。なんかいつもと様子が違う。

 無表情だが激怒しているのが見ただけでも伝わってくる。


「エ、エイス、どうしたんだ?」

「……虫、滅びればいい」

「エイスさん、虫が苦手らしいですよ。叫びながら虫を惨殺してました」


 ライラが俺に説明してくれる。辻斬り少女にも苦手なものがあったらしい。

 エイスが叫んでるなんて聞いたことないぞ、どれだけ嫌いなんだ。

 まあ女の子なら虫は苦手なものだろうが。


『鬼気迫っていたのう。侵入した魔物の八割以上は、少し涙を浮かべながら血走った目でエイスが倒しておったし』

「まじか……」


 つまり侵入した虫はほぼエイスが倒したようなものだ。

 虫が苦手な少女? にそんなことをやらせたのはよくなかったかも。

 実年齢は三百歳以上っぽいが、見た目は幼い十代前半の女の子だし。


「と、ところでエイスについてる緑の液体は……」

「……」

「虫の返り血です」


 口を閉ざすエイスの代わりにライラが答える。

 やはりか……まるで映画とかでエイリアンと戦った後みたいだ。

 頭から足まで緑の液体がかかっているので、壮絶に戦ったのは想像に難くない。

 ただでさえ虫が苦手なのに、大群相手に斬りまくったのか……。


「あ、洗い流して来たらどうだ?」

「……うん」


 エイスは俺の言葉に従って、剣を握ったままフラフラと風呂のほうへと向かって行った。

 だが歩きながらも時折ビクッと身体を震えさせて、周囲を警戒して剣を構えたりしている。

 ……ありゃ駄目だ。かなり精神的にダメージを負ってる。

 次に大量に虫が出現したらメンタル持たないかも。

 

「……エイスに苦手なものがあるとはな。しかしどうやって虫の魔物をこんなに出現させたんだ」

『卵を運ばれたと考えるのが妥当であろうな。卵の時は通常の昆虫と変わらぬ大きさで、生まれればすぐに巨大化するし』

「うえぇ……」


 ヴェルディの言葉に思わず声をあげてしまった。

 そんなの対策しようがないではないか。冒険者の服とかにでも混ぜ込めばわからん。

 まるでダンボールに付着するゴキブリの卵である。

 

「ちなみに卵の侵入を防ぐ手段ってある?」

『入口に溶岩を置いて、入った者に浴びさせれば卵は死ぬじゃろ』

「人も死ぬからな!?」

『貧弱な……身体を洗う程度じゃろうに』


 駄目だ、ヴェルディの発想は役に立たない。

 知力2……じゃなくてライラには聞いても無駄だろう

 エイスもこの件では役に立たなさそう……というより、下手に虫の話題出さない方がいい。

 つまり――。


「次に虫の発生が起こる前に虫の迷宮主を駆除する! これは決定事項だ!」

 

 俺は皆に聞こえるように大声で叫ぶ。

 もうこれしか方法はない。攻撃は最大の防御である。

 RPGでも攻撃を受ける前に敵を倒せば、壁役も治療役もいらないのだ。

 

『虫がまた発生するのはうっとうしいからのう。それにダンジョンコアも絶対安全とは言えぬからの』


 ヴェルディの言う通りだ。

 ダンジョンコアはヴェルディの間の端に置いた宝箱の中……ではなくて部屋に無造作に置かれた机の引き出しに入っている。

 宝箱はただの囮である。空き巣対策に冷蔵庫に通帳をいれるみたいな。

 ダンジョンコアはかなりもろいので虫でも簡単に破壊できる。

 ダンジョン内に大量に敵の魔物が発生する時点で危険なのだ。

 いかにヴェルディが無敵と言っても一日十秒しか動けないし。

 間違ってこの部屋に入られればコアが破壊される可能性もある。


「俺とゴブリンたち、それとヴェルディツバドラゴンで攻める。ライラとヴェルディは防衛してくれ……極力エイスは戦わない方向で」

『そうじゃな。あやつは休ませた方がよさそうじゃ』


 人の心がわからないヴェルディにすら心配されるとは。

 エイスはどれだけ鬼気迫る戦いをしていたのだろうか。

 

『しかしお主は虫の迷宮主の場所を知らんだろう?』

「タイクンに聞いて、その足でそのまま向かうつもりだ」


 あの二足歩行の鯛ならたぶん知ってるだろ。

 虫の迷宮主が俺達を狙っているのも把握してたし。

 ……しかしこんなことになるなら、もっと詳しく聞いておくべきだった。

 ヴェルディいるから余裕だろって油断しきっていた。

 

「もう虫の大群は見たくないからな。さっさと終わらせてくる」

『まあお主が攻め込むのは虫の巣じゃがな』

「…………すまん、やっぱりやめていい?」

『行け。ダンジョンバトルではなく、そのまま攻め込んでしまえばよい。あれはあくまで決闘しましょうみたいな感じじゃからな。申し込まなくても普通に攻め込んでコアを破壊すれば勝ちじゃ』


 そうだった!? 俺が攻めるの虫の巣じゃん!?

 つらい……だが放置するわけにもいかない。

 不意打ちで黒いGが出てくるより、覚悟して立ち向かった方が幾分マシだ。

 そう己を奮い立たせてタイクンの元へ向かうのであった。

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