第21話 勇者現る


「リョウマ殿! 大変です!」


 いきなりダンジョン入り口にやってきたルフト。

 商人なのに会う約束もしていないが何なのだろうか。

 何やら用事があるようなので、ゴブリンたちに迎えに行かせたのだが……。

 ヴェルディの間にやってきて俺の顔を見るやいなや、息を切らせながら叫んできた。


「どうした? 珍しく焦ってるが」

「勇者です! 勇者がこのダンジョンを狙っています!」

「勇者?」


 いきなり勇者とか出てきたぞ。

 俺のゲーム知識が正しいなら、勇者って選ばれた戦士とかそんなんだろうが。

 ルフトはまだ平常心でないらしく、動揺したまま話を続ける。


「このダンジョンが狙われてるのです! まずいですよ! このままではダンジョンコアが破壊されてしまいます!」

「勇者なぁ……強いのか?」

「何を言っているのですか!? 勇者の力をご存じないと!? 天を割き、山を開き、海を割く伝説の戦士でしょう!」


 全部割るだけじゃんか、割れ厨か何か?

 ルフトが死ぬほど焦ってるのを見ると、かなり強い存在ではあるのだろうが。

 実際の強さとか知らないから実感がない。 


「勇者ってどれくらい強いんだ?」


 エイスに尋ねると彼女はしばらく考え込んだ後。


「……私と互角かそれより強い」

「まじかよ!? かなりやばい奴だろそれ!」


 エイスと互角以上はやばいな……思ったよりだいぶ強い。

 天を割きとかはアレだが、身近に強い存在と並ぶとなると実感がわく。

 彼女の強さはそこらの強い魔物では相手にならない。

 人間ではトップクラスの強さと聞いている。それと並ぶかそれ以上、つまり人間最強候補だ。


「だから危険だと言っております! 私としてもここを失うのは困ります、投資し始めたところですし! なので急いで伝えに来たのです! では失礼しますよ!」

「手伝ってくれる流れじゃないのか!?」

「店とか放置して来ましたからね! 私はか弱い吸血鬼ですし、後はお任せします! 《転移》!」

「おい待て! って消えた!? 何がか弱いんだよ!」


 ルフトの姿が煙のように消えた。

 何がか弱い吸血鬼だよ、転移とか使えるくせにそんなの存在してたまるか。

 ……しかしどうするかな。そんな奴がダンジョンに攻めてくるとか。

 魔物たちにここで召集をかけて、集まって会議を開始する。

 

「……ヴェルディ、勇者を倒せるか?」

『無論だ、我が負けるわけがないだろう。勇者とやらの力は知らんが』


 不安だ。ヴェルディは世界最強の存在ではあるはずだ。

 だが稼働時間が一日十秒である。制限時間内に倒せなければ負けと同義。

 ヴェルディが仕留めきれなかった場合、戦うのはうちのNo2であるエイスだ。

 

「エイス、勇者と戦ったら勝てそうか?」

「……厳しい」


 エイスは少し言い淀んだ後、首を横に振った。

 彼女できついならゴブリンたちは戦力にならないな。出ても一瞬で殺されるだけだ。

 エイスに訓練でいつも遊ばれてるくらいには力の差があるからな。

 ヴェルディツバスライムも微妙、ライラも無理だろう。

 戦えるのはヴェルディとエイスだけか、余裕を持って勝てるかは微妙だな。


「うーむ。ダンジョンコア持って逃げるか?」


 ダンジョンコアさえ壊されなければ、ダンジョンは崩壊しない。

 壁とか壊される可能性はあるが……まあ些細な問題としよう。

 勇者が去るのを待ってから戻れば何とかなるのではないだろうか。


『ダンジョンコアはダンジョンの外には持っていけんぞ』

「……さいですか」


 どうやら逃げる選択肢はないらしい。

 迎え撃つとなると……まずは勇者の情報が必要だな。


「エイス、勇者の情報を教えて欲しい。まずは性別だが女か?」

「男」

「クソかよ! そこは美少女勇者であるべきだろ!」


 美少女勇者なら色々と対策を考えられたのに!

 服溶かすとか触手トラップとか色々とさ!

 一気に萎えた。つまらん……これだから勇者ってやつは。


『少しは真面目に考えろ』

「わかってるよ。ぶっちゃけ正々堂々戦うつもりはない……ダンジョンに誘い込んだ後、勇者のいる場所を崩して生き埋めにする」


 俺はドヤ顔になるのを押さえながら話す。

 我ながら完璧な作戦だ。強い奴とわざわざ対面する必要はない。

 生き埋めにしてしまえば勝負はつく。

 だが――配下たちは俺を冷ややかな目で見ていた。


『我が主よ、それはないと思うぞ』

「……卑劣、卑怯」

「主様……わ、私は主様に従いますから!」

「ゴブゥ……」

「なんで!? 完璧な作戦じゃん!? 何の問題もないじゃん!?」


 俺の言葉に更に皆が非難の視線をぶつけてくる。

 何故だ!? 勇者以外傷つかない完璧な作戦だろうが!


「何が問題なんだよ!?」

『そんな卑劣な作戦、人としてどうなんじゃ』

「龍に人の在り方を説かれた!? わざわざ危険な橋を渡る必要はないだろ!?」


 必死に叫ぶが皆は賛同してくれない。

 駄目だ、この作戦を実行したら俺の評価が下がり切ってしまう。

 おのれ勇者め……内部から分裂をはかってくるとは!

 

「わかった。ここで俺達が分裂したら勇者の思うツボだ。ここはヴェルディで弱らせてから、エイスがトドメをさす作戦で……」

「ここが最深部だな!」


 そんな俺達の作戦会議を中断させるように、大きな叫び声が聞こえてきた。

 発生源は部屋の入り口に立っている見知らぬ男だ。

 上等そうな鎧を装備し、精巧なつくりの剣を俺達に向ける。

 装備品だけ見ても勇者っぽいな……。


「俺は勇者だ! ここのダンジョンは邪魔なんでな! 潰しに来たぜ!」

「バカな!? いつの間に!?」

『我らが会議し始めてから入って来ていたぞ』

「言えよ!?」


 どうやら会議に夢中になって、勇者が入ってきたことに気づけなかった。

 

「くっ、なんて卑劣な奴だ。来るの早すぎるだろうが! もっと早くからアポイントを取って来いよ! それでも勇者か!」

『そんな勇者いないと思うがのう』


 ヴェルディのツッコミは無視して勇者を睨む。

 どうするか……迎え撃つつもりではあったが場所が悪い。

 ここはダンジョンの最深部、つまり逃げ場がないのだ。


「勇者! なんでこのダンジョンを攻めてきたんだ! ここは人畜無害なダンジョンだぞ!」

「そんなのどうでもいいんだよ。愛しの婚約者の姫様の国がな、ここのダンジョンが盛況になると損するんだと。それでお願いされたから潰しに来た」

「くたばれリア充!」

 

 そんなゴミみたいな理由で潰されてたまるか!

 何が悲しくてリア充の糧になってやらねばならんのだ!

 

「リア充ふざけんな! オマエの首をその姫様に送り返してやる! 当初の作戦通りにヴェルディからだ!」


 俺が指示するとヴェルディが動き出し、それを見た勇者は警戒して剣を構えた。

 勇者と言えど、全長二十メートルはある龍が動けば警戒はするらしい。

 後は十秒でどれくらい弱らせてくれるかだ。

 エイスと互角か少し上回るくらいならば、ここでダメージを与えれば勝機が生まれるはず……。


『やれやれ……我が主よ、そなたの作戦は最初から破綻しておる』


 ヴェルディが俺に念話を送ってきた。

 俺の作戦が破綻だと? それはどういう……。


「来るか、龍よ! お前くらいの奴なら何体も殺したことがある!」


 勇者がヴェルディに向かって突っ込んでくる。

 そして首元に斬りかかる。だがガキンと鈍い音がした後、攻撃したはずの勇者の剣の刃が根元からへし折れた。

 奴は固まって、刃を失った剣を唖然と見ている。


「…………は?」

『こんな者、殺さずに相手するのは難しい』


 ヴェルディは凄まじく大きなため息をついた。

 それは強烈なブレスとなって、勇者へと襲い掛かる。

 直撃を受けた奴は一瞬で地面に倒れ伏した。

 

『すまんな、我が主にエイスよ。弱すぎて加減できなかった』

「いやよくやったぞ! リア充を滅ぼしたんだから!」

「……少し残念」


 リア充爆発した。ヴェルディのため息の風圧で勇者は倒れた。

 仮にも人間の世界最強候補をまるで虫扱いだ。流石は神龍ということか。

 本当にまともに動ければ化け物じみた強さだな。


「ところで勇者は死んだのか?」

『うむ。生き返らせることもできるが?』

「うーむ……リア充じみた理由で、ダンジョン狙ってきた奴だしなぁ」


 腕を組んで悩んでいると、エイスが俺の近くへとやってきて呟いた。


「……勇者が死んだダンジョンは危険視される」

 

 確かに考えてみれば当たり前だ。

 勇者ほどの存在が死んだ場所ならば危険と思われるに決まっている。

 人畜無害なダンジョンを目指しているのだから、それはあまりよろしくない。


「……極めて遺憾だが勇者は生き返らせて帰そう。だが二度と攻めてこないようにしたい」


 ヴェルディにやられて倒れたままの勇者を見る。

 潰れたカエルみたいなポーズで無様に死んでいるが、これでも危険人物であるはずだ。

 むやみやたらと攻めてこられてはかなわない。


『我に逆らえないように洗脳しておこう』

「お前こそ、人としてどうなんですかねぇ!?」

「我は龍じゃ。人の在り方なんぞどうでもいいわい」

 

 そりゃごもっともで。

 俺としてもくだらない理由で命を狙われたので、こいつに同情の余地はない。

 なんなら弱体化させて帰してもいいくらいである。

 こうして勇者によるダンジョンの危機? は去った。 

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