第16話 町の吸血鬼
ヴェルディツバドラゴンに町の近くで降ろしてもらい、俺達は徒歩で目的地へ到着した。
ちなみにツバは帰らせた。いちおうは魔物なので町にははいれないし。
そしてルフト商店へとやってきた。
「いらっしゃいませ。おやエイスにリョウマ殿ではないですか」
以前と同じく薄いひげをたくわえたおっさん――ルフトが商品を並べていた。
注意深く観察するが人間にしか見えない。牙なんかもないし。
てか俺の名前も知ってるのか。エイスが漏らしたのだろうが。
「……人手が欲しい」
「宿屋の従業員や大工を探してるんだ。心当たりはないか?」
「そうですね……大工はすぐには無理ですが、宿屋の従業員なら奴隷はいかがでしょうか?」
ルフトは礼儀よく提案をしてくる。
どうやらこの世界には奴隷制度が残ってるらしい。
宿屋の従業員に特別な能力はいらないからな。奴隷でも大人しい奴なら別に構わないか。
「いいだろう。だが可愛い女の子がいい」
「……最低」
「待て、これには理由がある。宿屋の店員は容姿がいい方が人を呼べる」
これは決して俺の欲望ではない。
可愛い娘がいる店のほうが受けるに決まっているだろうが。
繰り返すが俺の願望ではない。メイド服を着せようとか、色々考えているが経営のためである。
「容姿のいい奴隷は高いですがよろしいですか?」
「大丈夫だ。エイス、例のブツを」
エイスが持っていた鞄から、以前と同じ白金の剣を三本ほど取り出してルフトに渡す。
店長はしばらく剣を観察した後、満足気に頷いた。
「素晴らしいブツですね。これならば五人ほどは買えます。年齢などに希望はありますか?」
普段なら胸の大きいのと言うが、奴隷でそんなのいるのだろうか。
俺のイメージでは奴隷って栄養失調で痩せ気味のイメージなんだよな。
「特にはない」
「承知いたしました。それでは後日、ダンジョンのほうへお届けします」
「……完全に俺の事バレてるな」
「エイスからだいたいのことは聞いていますから」
エイスを責めるような目で睨む。だが彼女は無表情のままである。
口下手かつ口数少ないくせに、何で外部にはしっかり全部言うんだ。
「ご安心ください。エイスは私以外に顔なじみはいませんから」
そう言ってルフトは苦笑する。
エイスに知り合い多いとは思えないもんな。
急に斬りかかってくる少女だし、むしろ多かったら驚くぞ。
「大工のほうは知り合いに声をかけておきます。ただダンジョンの付近の作業は危険が伴います、受けてくれる人がいるかはわかりません」
「俺達のダンジョンだから安全だ……とは言えないしな」
基本的に外部の人間には俺が迷宮主であることは隠す。
言えば絶対誰かから情報が洩れるからな。
「護衛とかも雇うのを考慮するか……それとあんた、吸血鬼なんだって?」
「その通りでございます。これでも五百年は生きております」
ルフトは恭しく頭を下げながら答える。
その仕草は商人として完璧でとても人外とは思えない。
「なんで吸血鬼が店長をやってるんだ?」
「実益と趣味を兼ねてです。ようは金を稼いで、好みの人間から血を買っているのですよ」
「……随分と俗世に染まった吸血鬼だな」
「半端に人を襲えば討伐されますからね。私は安全に美味しい血を味わえる、人間はお金をもらえる。互いに得をするほうがよろしいでしょう?」
ルフトは片目を閉じてウインクする。
俺のいた世界でも献血とかあったしな。それと似たようなものと考えればまぁ。
ようは輸血用の血液を金で買ってるのと同じだ。
それを吸血鬼がやってるということは違和感半端ないが。
「医者とかやってもよさそうだな。合法的に血が採れるし」
「駄目ですね。おいしそうな人間ですと治療そっちのけで血を吸いたくなってしまうので。特に治療しようとして、腕をまくったりした時が……」
「ずいぶん具体的だなおい」
そりゃ確かに駄目だ。医者が怪我人の血を奪ったら本末転倒である。
以前にやったことありそうだが、藪蛇になりそうなので聞くのはやめておく。
でも本当にルフトは吸血鬼には見えないな。
「お前みたいに人に紛れて生きる魔族は多いのか?」
「それなりにいますよ。ふふ、貴方の隣人がそうかもしれませんね」
「ホラーみたいなことを言うんじゃない!」
どうやら魔族はたまに町にいるらしい。
用事は全て終えたのでルフト商店から出ようとすると。
「失礼、一つだけお願いがあります。エイスをよろしくお願いいたします。これは心ばかりの物ですが……」
ルフトは俺に物を差し出してくる。
思わず受け取るとそれは……血の入った真っ赤な袋だった。
「気持ち悪ぃ!」
「ああ!? 絶品の血を放り投げるなんて!? このレベルは十年に一度ですよ!?」
「某ワインみたいなこと言うんじゃない! 血なんか渡されてもいらん!」
「……そうでした。我々にとって血は通貨ですが、人にとってはただの赤い液体でしたね。失礼しました、エイスについに友達ができたと思ってつい」
……もしかしてこいつ親バカの類だろ。エイスは実の娘ではないだろうが。
当のエイスは我関せずとすでに店を出ている。
「じゃあ奴隷の件頼む。できれば大工も」
「やれるだけのことはやりましょう。その代わりにエイスとなるべく話してあげてください、彼女は元々は無口ではなかったのです」
そう言い残して俺も店から出て、外で待っていたエイスに話しかける。
「ルフトに愛されてるなお前」
「……二百年の付き合い。親しい」
「そりゃすごいな。どうやって知り合ったんだ?」
「……忘れた」
「親しい人間との出会いくらい覚えておけよ!」
必要最低限、ほぼ一言で返事をしてくるエイス。
こんな彼女が元々は無口ではなかった? 信じられないのだが。
だが頼まれたのでなるべく会話はするつもりだ。
そう心に決めつつ町の外へと出ていき、ヴェルディツバドラゴンを呼んでダンジョンに帰った。
そして後日、ルフトが数人引き連れてダンジョンに尋ねてきた。
俺達はダンジョンの入り口でそれを迎える。
「ご要望の奴隷でございます。後は大工も一匹……いえ一人だけ確保できました」
「待て、一匹ってなんだ」
ルフトの連れてきた者たちを確認する。
少しやせ気味だが容姿のいい少女が二人。いいじゃないか、宿屋の従業員としては文句ない。
だが……もう一人? なんか変なのがいる。
具体的には人くらいの大きさだが、腕が八本あって触手だ。
率直に言おう。人サイズのタコが服を着ていた。
「タコじゃねーか!」
「せや! ワイはタコマや! 大工が欲しいっちゅーから来たで! よろちゅーな!」
タコマは腕を一本差し出してくる。
握手を求めているようなので、差し出された触手を握る。
「彼の大工としての腕は本物です」
「腕八本でお買い得やで! ワイに任せとけや!」
「お、おう。まあ頼む」
衝撃が強すぎるが大工の技術があれば何でもいい。
魔族も魔物も似たようなものだし、信用できそうならダンジョン内部もお願いできそうだし。
「では私はこれで失礼します。また何かございましたら是非、ルフト商店をご利用ください」
ルフトは用事が終わったとばかりに、さっさと帰っていった。
特に護衛もつけていないが、吸血鬼なので大丈夫なのだろう。
一匹ほど予想外なのがいるが、当初の希望どうりに従業員と大工を手に入れた。
これで近いうちに宿屋が営業できるようになるし、他の家とか店も建てることができる。
「タコマ、俺の最終的な目的はここに町を作りたい。それを覚えておいて欲しい」
「わかったで、なら建物の配置は考えなアカンな。それで何を建てればええんや?」
「そうだな、まずは家が欲しい」
着々とダンジョンの外側が整備されていくのだった。
後はうまく人が根付いてくれれば……。
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