第17話 宿屋開店


 先日タコマと奴隷たちが来たことで、ダンジョンの状況は一変した。

 具体的には宿屋を運営できるようになり、ライラの手を借りなくても建物が建てれる。

 それにより宿屋を明後日から開店することに決定した。

 今は雇った奴隷の少女たちに店員の心得を教えている。 

 なるべく本番に近いように実際の作業場、ようは宿屋の中で教育中だ。

 ちなみにこの宿屋は入ると大きなロビーがあり、そこが食堂も兼ねている。


「腰は45度で元気よく愛想よく! いらっしゃいませ!」

「「いらっしゃいませ!」」


 うむ。二人の奴隷たちは容姿がいい。

 愛想よくしていれば悪い印象を与えることはないだろう。

 最低限挨拶などはできているので問題ないことにする。


「いいか? お客様は神様です! の精神だ。ただしたまに邪神がやってくるから、その時は報告しろ」

「邪神……ですか?」


 奴隷の一人が不思議そうに呟く。

 そう邪神がやってくるんだよ、たまに。


「ようは酷い客だ。物壊したりセクハラしたり、他の客に迷惑かけたりだ。放置すると他のお客様が不快になり、結果的にうちの評判が落ちる」

「わかりました。見たらリョウマ様に報告すればいいのですね?」

「そうだ、俺に言ってくれ。くれぐれもどんなに間違っても、エイスやライラには言わないように」


 ライラとエイスはすでに彼女らに上司として紹介している。

 だが……迷惑客の排除をこの二人に相談するのはまずい。

 サーチアンドデストロイというか、確実に殺す方向で話が進んでしまう。

 知力2に辻斬り少女だからなぁ……うちの人材、本当にまともなのがいない。

 能力自体は申し分ないんだが。


「まあ難しく考える必要はない。しばらくは俺も宿屋に滞在するつもりだし」

「わかりました」


 先ほど質問してきた少女が返事をする。

 彼女らの名前はナナとマナ。容姿がかなり似ていると思っていたら姉妹だった。

 身長や体重などは同じだが、姉のナナは長髪で妹のマナは短めの髪型だ。

 彼女らは親の薬代のために自ら奴隷になったと聞いた。

 実際話してみても悪い子ではなさそうだし、ぜひ頑張って欲しいものだ。


「ああ、それと勤務条件を伝える。とりあえず月給は金貨三枚。三食はつけるが昼寝は難しいかな。他に何かあれば要相談だ」


 俺が今後の待遇を伝えると、二人の少女は不思議そうに首をかしげた。

 月給安かったか? 

 金貨一枚がだいたい十万円くらいと判断したので、そこそこの待遇だと思ったのだが。

 だが宿屋兼酒場なので、夜も働いてもらうことを考えると……。

 

「あ、あの……給料が……」


 少し申し訳なさそうにナナが口を開く。

 やはり条件が少し悪いか。

 勤務時間、たぶん朝8時から夜9時とかになりそうだもんなぁ。

 しかも二人だと休日も作りづらいし……これはいかん。

 人手を増やす必要もあるし、彼女らの給料も少し見直さねば。


「わかった、月給は金貨四枚だ」

「「ええっ!?」」


 ナナとマナは驚いた声をあげる。

 まだ安いのか? 俺が金貨一枚の相場を勘違いしているのだろうか。

 別にもう少し増やしてもいいのだが、最初から高いと後々の昇給などもあるからなぁ。


「まだ駄目か? それなら……」

「い、いえ駄目というか。奴隷なのにお給金もらえるんですか!?」

「うん? 奴隷って給料無しで働いてるのか!? どうやって生きてるんだ!?」

「普通は衣食住だけもらうのですが……」


 姉のナナから奴隷のレクチャーを受ける。

 ただ働きとか恐ろしいな。そんな状態じゃすぐに精神病みそうだ。

 

「少ない文句でないなら、月給は金貨四枚でいいな?」

「いやあの、本当にもらってもよろしいんですか……?」

「その代わりしっかり働いてくれ」

「「もちろんです!」」


 ナナとマナは同時に叫ぶ。姉妹だけあって息ピッタリだ。

 かなりやる気があるのは助かる。

 しばらくは宿屋を二人で回してもらう必要があるからな。

 

「料理に関してはとりあえずこれを使う」


 俺はすでに湯をいれておいたカップラーメンの容器を二人に手渡した。

 この宿屋の料理はとりあえずインスタント系でまかなうつもりだ。

 安いDPで買えるのもだが、そもそも料理人いないからな……。

 

「なんですかこれ?」

「カップラーメン。フタを取って湯をいれて、三分待てば料理になる」


 他にもカレーライスとか、湯で温めればいい食品をいくつか用意している。

 電子レンジが使えればもっと色々用意できるのだが。

 ちなみに食器はフォークである。この世界は箸文化ではないので。

 ナナとマナにプラスチックのフォークを渡して、カップ麺を食べるように指示する。

 彼女らはしばらくカップ麺を観察して食べ始めた。


「美味しいです! こんな美味しいもの食べたことありません!」

「すごい……」


 どうやらお気に召したようで、カップ麺をがっつくように食べている。

 彼女ら一般人の舌にあうならば、たぶん宿屋で出しても大丈夫だろう。

 事前にゴブリンたちにも試食はさせていたが、彼らの評価だけでは心もとなかった。

 そして色々と教導して、無事に宿屋開店の日の朝となった。

 試しに俺が宿屋の受付を担当しナナとマナが他の全てを行う。

 しばらく受付で待っているとドアが開かれた。


「どうも、無事に開店できて何よりです」


 入ってきたのはルフトである。

 元から今日やって来て宿屋に泊まると聞いていた。

 ようは予約客であり絶好の練習相手である。

 ルフトはしばらく宿屋を見回してた後。


「ところでメイド服を着たエイスは?」

「あいつを宿屋で働かせるわけないだろ……」

「……そうですか」


 露骨にガッカリするルフト。どうやらエイスのメイド服を見たかったらしい。

 やっぱりこいつ、エイスのことを孫か娘として見てるだろ。

 

「まあいいでしょう。エイスのことは目的の八割程度です」

「ほぼエイスのメイド服目当てか……ちなみに残りは?」

「この宿屋の質を確認しに来ました。ここのダンジョン自体も徐々に町で噂になってきていますので、宿として機能するなら状況が大きく変わる可能性があります」


 ここのダンジョンは町から遠いからな。

 近くに宿屋があるかないかで大きく変わる。

 だからこそ俺も宿屋の設立を急いだのだから。

 

「うまく行けば人がもっと集まりそうか?」

「ええ。町でも遠くて行き来が不便なので敬遠されてますが、それ以外は割のいいダンジョンとされています」


 どうやら俺のダンジョンの評判は悪くないようだ。

 

「なのでこの宿屋次第では、私もこの近くにたまに行商など考えています」

「それはいいな。ならばうちの宿屋の質、ぜひ試してくれ。一泊につき銀貨一枚だ」


 ルフトから銀貨を受け取る。

 俺としてはルフトには別に無料でもいいのだが、有料でちゃんと客として扱ってくれとのことだ。

 

「ナナ、このお客人を部屋に案内して」


 ナナが俺の指示に従って、礼儀正しくルフトを部屋に案内する。

 練習ではうまく出来ていたが、本番でも問題なく行えているな。

 まあルフト相手なら多少失敗しても全然かまわないが。

 しばらくすると奴は部屋から出てきた。


「いい部屋ですね。見た目こそ華美ではないですが寝具の質がいい」

「うちの職人の力作なんでな」


 寝具関係はライラの謹製なので質については言うまでもない。

 部屋の内装はベッド以外に特に何もないのだが。

 その代わりにベッドや枕、布団は羽毛でフワフワ。

 宿屋なので睡眠の質を上げるところにはこだわった。


「食事を頂きたいのですが」

「メニューは日替わりだ。今日はシーフードカップ麺とカレーライスだが、どちらがいい?」

「どちらも聞いたことがありませんね。どんな料理ですか?」


 ルフトがラーメンとカレーの説明を求めてくる。

 ……この世界に麺ってあるのだろうか。ないなら説明が難しいなこれ。


「シーフードカップ麺は魚介いりスープに入った細長い謎物体を食べる」

「謎物体」

「カレーライスは謎の液体を穀物にかける」

「謎液体」


 ルフトは愛想笑いを浮かべて悩んでいる。

 我ながら自分のボキャブラリーが貧困である。

 でも麺を知らない人間に説明するとなると難しいよな。

 食えばわかるので注文して試して欲しい。


「食えばわかる。興味ある方を注文してくれ」

「謎物体か謎液体ですか……ならば謎液体のほうを頂きましょう」

「カレーライスね。マナ、カレーライス一つ!」


 指示を出しておおよそ三分後。

 食堂の席に座ったルフトの前にマナがカレーライスを届ける。

 彼女も練習通りできているようだ。

 

「ふむ……何やら香辛料の香りがしますが……いただきましょう」


 ルフトは席に用意されたスプーンを手に取り、謎液体――カレーをスプーンで少しすくう。

 しばらく逡巡した後、口にいれた。


「……なんと!? 少し辛いですが美味ですね!?」

「そりゃよかった。次はその白い穀物と一緒に食べてくれ」


 ルフトはパクパクとカレーライスを食べ始める。

 とりあえず問題はなさそうだな。

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