第13話 人魚主


『まずはよくここまで来ました。正直な話、予想していませんでした』

「俺も貴女のことは一切予想してなかったのでお互い様だ」


 水中で静かに漂うウンディーネの、巨大な胸の谷間を凝視しながら答える。

 いや本当いい意味で予想を裏切られた。どうせまたゲテモノが出てくると思っていた。


『……ですが貴方も迂闊すぎませんか? 敵の本拠地の中心に単身乗り込んでくるとは』

「いやゴブリンたちがいるだろ」

『ゴブリンは数に入りません』


 ウンディーネはばっさりと切り捨てた。

 そんなバナナはおやつに入りませんみたいな……。

 前にヴェルディが言っていたが、世間でゴブリンは賑やかし程度の認識なのは本当らしい。


「でもこいつら意外とやるぞ。てか俺よりキルスコア高いし」

『……それについては驚きました。あの汚くて弱くて意地の悪い醜い存在価値のないゴブリンが、役に立つなど信じられません』

「ボロクソすぎないか?」

『迷宮主の常識ですから』


 真面目な表情をするウンディーネ。

 迷宮主たち、ゴブリンに対して辛辣すぎるだろ。

 だが俺は知っている。ゴブリンと言えば性欲お化けなはずだ。

 つまりこの巨乳人魚が敵にいる状況は状況は薄い本展開! 

 散々侮辱したゴブリンたちに辱められるがいい! 

 彼らの方を見ると、ウンディーネを見て興奮して……なかった。

 めっちゃ真面目な顔して武器構えてる……。


「どうしたゴブリンども!? ここは下卑た笑みを浮かべるところだろ!? お前らそれでもゴブリンか!? 根性見せろよ!」

「「「「「ゴブゥ!?」」」」」

『…………本当にあなたはよくわかりませんね。ダンジョン入り口に卑劣な罠を仕掛けると思ったら、ゴブリンにすら優しく接するなんて』


 ウンディーネは何やら手をあごにあてて考えている。

 くそっ! ゴブリンたちに続いて薄い本展開としゃれこむ予定だったのに。

 だがまだだ。戦いが始まればいくらでもチャンスはある。

 あの貝の胸隠しを壊す、もしくは盗ってしまえば俺の勝ち!


「さあやろうぜ! このダンジョンバトルの決着をつけるぞ!」

『あ、降伏します』

「は?」


 この人魚は何て言った?

 降伏するって? 何で? 俺の強制ポロリ作戦が出来ないではないか!


「待て! 早まるな! やはり迷宮主として決着を……!」

「そうだぜ主! ここまで来てそれはねぇよ!」


 俺とタイクンの目が合った瞬間理解した、俺達は……同士だ!

 

「そうだ! タイクンの言う通りだ! ここまで来たら戦わないと収まりつかん!」

「おお! いいやる気だ! ここで逃げるのは先輩迷宮主としてまずいぜ、主!」


 俺達は必死にウンディーネのやる気を引き出させようとする。

 だが彼女の目は冷ややかだった。

 

『ところで貴方達の視線、ずっと私の胸元にありますね。どうせ隙あらばと思っているのでしょう』

「「そ、そんなことはないっすよ!?」」


 駄目だ、完全にバレている。

 再びタイクンと目を合わせるが……奴は首ならぬ身体を横に振った。

 勝手知ったる主の言葉だ、もう無理なのだろう。

 

『ということで降伏します』

「くっ……負けた……」

『負けたのこちら側なんですが……』


 試合に勝って勝負に負けた……完敗だ。

 水中に浮かびながら思わず肩を落としてしまう。

 再びウンディーネを見る。あの胸を前にして何もできないとは……。

 

『やったな我が主。無事に勝てたではないか』

『……勝利』

「「「「「ゴブゥ!」」」」」


 皆が勝利の雄たけびをあげる。

 くそっ! 勝ったら何でも一つ命令とかにしておけば……!

 

『情報をお教えしましょう、何から知りたいですか?』

「バストサイズは?」

『上から120……ってそれは私の個人情報ですよね!?』

「何を! 迷宮主の情報だろ!?」


 この後しばらく粘ったが教えてもらえなかった。

 ウンディーネの俺を見る目が更に冷たくなっていく。

 ここは話題を逸らしたほうがよさそうだな。 


「ところで俺達はダンジョンを移動しないが、あんたらに不利益が出るのか?

『いえ出ませんよ。そもそも貴方のダンジョンと私のダンジョンはかなり距離がありますから』


 元々近くにダンジョン作りやがってと殴り込んできたはずだが。

 近くにないならバトルした意味ないじゃん。


『あの洞窟は、元々私の友人がダンジョンにしていたのですよ。なので雑に扱われると嫌ですから、人物像を見極めて、駄目そうなら追い出そうと』

「そうなのか。あの洞窟、道理で都合がいい作りだと思った」


 かなり長い上にヴェルディが配置できる部屋まである。

 自然に作られたにしては都合がよすぎると思っていた。

 それにさっさと降伏した理由も納得だ、畜生。


「俺の人物像に問題はなかったと言うことか」

『……』


 ウンディーネは無言で顔をそむけた。

 なんでだ。ちょっと入り口に落とし穴掘ってたり、胸を凝視したくらいなのに。


『…………ギリギリ補欠合格です』


 ウンディーネはすごく葛藤した後にそう呟いた。

 俺の評価が低すぎる件について。

 彼女はコホンと咳払いをすると。


『それと貴方のダンジョンですが、他の迷宮主に狙われていますよ。今度は本当に近くの迷宮主がです。商売敵として見られてます』

「まじかー。ちなみにどんな奴?」


 このウンディーネみたいなのなら大歓迎なのだが。

 

『虫の迷宮主ですね』

「はい解散! 帰ったらゴキジェット焚くわ」


 虫じゃ全く期待できない。

 植物とかならまだ美少女魔物とかいそうだったけど、虫はいなさそうだ。

 そもそも俺は虫苦手なんだよ……。


『ゴキジェットが何かは知りませんが、戦力を整えたほうがよろしいでしょう。今回と違って、命をかけた戦いになりますよ』

「そうだな。虫なんぞに殺されてたまるか! ちなみにそいつらの弱点とかないの?」

『火に弱いですね。後は水攻めをするとか』


 ようはそこらの虫と同じ対処法でいけそうだな。

 穴掘れたりするの多そうだし、落とし穴戦法は取らない方がよさそうだが。

 いや穴に水でもいれておけば溺死するか。


『しかし入り口に落とし穴などよく思いつきましたね』

「むしろみんなやると思ってたんだが。何なら俺もされてると思ってたが」

『あんな卑劣……いえ厄介なこと、聞いたことがありません』

「俺の界隈じゃ常識なんだけどなぁ」

『そもそもあのような深い落とし穴、用意するのが大変なのもありますが』


 ゲームならスポーン場所に罠仕掛けるのは当然なのだが。

 この世界にはそんな発想はなかったようだ。

 まあ今後も使えそうな戦法なので使っていくことにする。

 

『それと……私に勝てた褒美としてこれを差し上げましょう』

「!?」


 ウンディーネが小箱を手渡そうとしてきて、思わず俺は警戒して距離をとる。

 すると彼女は首をひねって不思議そうにこちらを見ている。


『ええと……何で距離をとったのですか?』

「玉手箱にしか見えないからだよ」

『玉手箱?』


 今の俺は浦島太郎みたいなもんだ。

 腕ある鯛に連れられて竜宮城に来てみれば、タイやヒラメの殺人殺法……いや思ったより違うか。

 

「その箱の中身は?」

『魔物召喚時の素材です。使えば水棲系の魔物を呼べるでしょう』

「ほほう。それなら欲しいな」


 改めて乙姫様……じゃなくてウンディーネから箱を受けとる。

 恐る恐る開けて中身を見ると、小さな青い結晶が入っていた。


『水の結晶。魔物を召喚する時に使ってみてください』

「ありがとな。こちらも何か返礼を……と思ったが何もない」

『こちらが押しかけての勝負だったのです、お気にせず』


 魔物召喚か……ライラとゴブリンしかしていなかったが、帰ったらもう一体やってみるか。

 今回は何とかなったが、俺達のダンジョンには魔物の頭数が足りない。

 ここのダンジョンは、魔物が数百体はいたし。


「じゃあこれで帰るよ」


 そう呟いてウンディーネの胸を凝視し目に焼き付ける。

 またいつかここには来たい。

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