第10話 魚の使者


 他の迷宮から使者として、筋肉質な人の手足を持った鯛がやってきた。

 決してお歳暮の鯛ではない。

 入口で騒いでいたのでどう対応するかを相談することにした。

 ヴェルディの間にて、俺達はゴブリンを含めて全員集まる。


「なんだあの珍妙な生物は……陸で生きたいのか海で生きたいのかはっきりしろ」

『あれはタイクン。雑魚魔物じゃな』

「……食べるとおいしい」


 ヴェルディとエイスがそれぞれ所感を言ってくる。

 なおヴェルディの雑魚は自分基準のため大して役に立たない。

 タイクンとやらは見た目からして熊くらいのサイズがあるので、バカみたいな見た目の割には強そうだ。


「迷宮主的にはどうすればいいんだ? 応対すべきか?」

『我は迷宮の知識はあるが、他の迷宮主への対処など知らん』

「あの魚の主人のことは?」

「知らん」


 ダメだ、この駄龍はやはり役に立たない。

 あの魚の主人が強いか弱いすら不明では、どう対応するか難しいな……。

 迷宮主に関して情報通の知り合い欲しい。


「……とりあえず斬る?」

「エイス、お前のコミュニケーションは斬る以外ないのか!?」


 この少女、すでに鞘に手をつけている。

 俺にもいきなり斬りかかって来たもんな……口より先に剣が出るようだ。


『とりあえず会ってみればいいじゃろ。あんな魔物、いざとなれば瞬殺じゃ』

「あー……そうするか。ゴブリン、あの魚人もどきをダンジョンの半ばくらいまで連れて来てくれ」

「ゴブゥ!」


 ゴブリンたちが勢いのある返事と共に走り去っていく。

 タイクンとやらが攻撃してきても、ゴブリンも神龍装備をしてるので大丈夫だろう。

 

「ライラはダンジョンの半ばくらいの部屋に、机と椅子を用意してくれ」

「主様、この部屋で話し合わないのですか?」

「この置物は隠しておきたいからな」


 ヴェルディを指さして答える。

 こいつの存在を大っぴらにするのはよろしくない。

 バレたら狙われるしそもそも最終秘密兵器としての運用もしたい。

 ゴブリンたちがタイクンと合流し、案内し始めたのを見て俺とライラも移動を始めた。

 エイスは置いておく。彼女の存在を見て下手に警戒されても困るし。

 ダンジョン半ばに位置する部屋に向かい、机と椅子だけ置いてタイクンたちを待つ。

 しばらくすると彼らはやってきた。


「おっ、お前がダンジョンマスターだな? 俺はタイクン、主人から伝言を預かってきたぜ」


 タイクンが手をあげながら俺に挨拶してくる。

 とりあえず悪い雰囲気ではなさそうだ。


「そうか。まずは座ってくれ」

「おお、こりゃすまんな。魚には陸路の旅はきつくてなー。歩くのも他の奴よりしんどいんだよ」


 そうだろうな。魚だもんな、水中で活動しろよと思うよ俺も。

 ゴブリンたちが俺の周りを警護するように囲む。

 タイクンは俺達と向かい合うように、椅子に座って大きく息を吐くと。


「じゃあ主人からの伝言だ。俺達の近くに迷宮を作ったとはどういうことだ、ここは俺らのシマだぞ」

「……別に嫌がらせでこの場所に作ったわけじゃない」


 そもそも近くにダンジョンあったんだな……。

 この世界に飛ばされた時によくわからないまま、ヴェルディに言われてダンジョンを展開した。

 あれがダンジョン作成の魔法だったらしい。

 別に他の場所でも作れたのだと。ヴェルディを動かすのが難しいので、知っていてもこの洞窟にしただろうが。


「そうか、だが仁義は通さないとな。ダンジョンバトルを申し込む、受けるよな?」


 タイクンは腕に力こぶを作る。どうやらダンジョンバトルをするのが目的のようだ。

 ……現状、俺達のダンジョンは稼働し始めたばかり。

 できればもう少し後で戦いたいのが本音だ。


「安心しろよ。新人相手には俺達もサメじゃない、負けてもダンジョンコアは壊さねぇ。他の場所へ移動してくれりゃいい。それか最初からバトルせずに移動してもいいぜ」

 

 サメ……? なんか悪魔的な表現か?

 どうやらタイクンの主人は、そこまで性格の悪い迷宮主ではなさそうだ。

 こちらの命まで取ろうとは考えていないのか。

 だがダンジョン移動の選択肢はない。置物ヴェルディをバレずに引っ越しする自信はない。

 それにせっかく冒険者もやってきたのだ。


「……悪いがすでにダンジョンは稼働している。抵抗させてもらう」

「そうこなくっちゃな。最初から低姿勢の奴はつまんねぇし、じゃあ主人にはそう言っておくぜ。バトルの日程は……そっちの都合でいいぜ?」

「……そうだな。七日後でどうだ?」


 可能なだけ後に伸ばしたいが難しいだろう。

 ならギリギリ狙えそうな日付を選択を提案すると。


「いいぜ、七日後にダンジョンバトルだ。ヒレが鳴るぜ、じゃあ俺はこれで……」

「待て」


 椅子から立ち上がろうとするタイクンを止める。

 これは一方的過ぎる条件だ。何故ならば――。


「俺達が勝った時には何がもらえるんだ? メリットがないなら、こちらはダンジョンコアを砕くことになるが。後、勝敗の決定方法もあいまいだ」

「はっはっは! お前らが勝った時か! そうだな……俺が約束できるのはあまりないが……迷宮主の知識ってのはどうだ? 欲しいだろ?」


 この鯛、思ったよりも頭がいい。

 こちらの求めているものを予想して提案してくる。

 ……おそらく俺の仲間たちよりも知的だ、鯛のくせに。


「……いいだろう」

「勝敗はどちらかが相手のダンジョンコアの目の前にたどり着く。もしくは降参したほうが負けでいいだろ?」


 俺は頷いて肯定すると、タイクンはこちらに向けてサムズアップしてきた。


「お前、生まれたばかりにしては色々考えるな。戦いの日が楽しみだぜ、タイやヒラメの殺法を楽しみにしてな」


 そこはタイやヒラメの舞い踊りがいいのだが……。

 魚なので表情はわからないが、おそらく笑っているであろうタイクン。

 奴は立ち上がるとダンジョンの入り口へと歩いて行った。

 それを見届けて俺は椅子に深く腰掛ける。

 かなり疲れた……なんで魚と交渉なんぞを……しかも割と頭いいし。


「ご主人様、大丈夫ですか!?」


 近くの見えない位置に控えさせていたライラが、俺の傍にやってくる。

 彼女の存在も隠しておくことができた。

 もしタイクンが暴れだして、ゴブリンでは抑えられなければと待機だけさせておいた。

 つまりあの鯛は、このダンジョンの切り札――ヴェルディとライラの存在を知れなかった。

 事前にヴェルディから聞いたダンジョンバトルのルールは二つ。

 1.互いのダンジョンの入り口を繋げて戦う。

 2.バトルに参加できるのは互いのダンジョンの魔物だけである。

 ようはダンジョン同士でくっつけて戦いましょうってだけだ……2のルールさえなければエイスも使えるんだがなぁ。

 

「七日の間に準備を整える。ライラ、お前には特に働いてもらう」

「お任せください主様!」


 少しでも戦力を増強しないとな。

 今後の策を考えながらヴェルディの間へと戻り、全員で改めて相談を始める。


「そういうわけでダンジョンバトルだ。負けたら困ることになる」

『我は移動できないわけではないがな。だが我が隠れられる場所はそうそうないが』

「……移動は出来るのか。だが確かにお前を隠して置ける場所は難しいわな」


 巨大な建物か大きな空洞を持つ洞窟しかない。

 それらを探すのは骨が折れそうだし、やはり負けるわけにはいかないな。


「今回の戦いはライラの作る罠、そしてゴブリンが軸となる。頼むぞ!」

「はい!」

「「「「「ゴブゥ!」」」」」


 ライラとゴブリンが元気よく返事をする。

 今回の戦い、可能であればヴェルディの力は使いたくない。

 何故なら今回は殺し合いではない。勝っても相手は生き残るので、ヴェルディの存在が広められてしまう。

 極力使わず、使うにしてもバレないように工夫するようにしたい。


「そういえばダンジョンバトル中って、エイスはどうなるんだ? ダンジョン内にいられないのか?」

「ダンジョン内の異空間に飛ばされる。そこから観戦する感じじゃな」

「……弟子の戦いを見届ける」


 エイスは無表情のまま呟き、ゴブリンたちがそれに反応して背筋を伸ばす。

 どうやらすでに師弟の関係になっていたようだ。

 一週間の間。ダンジョンにやってくる冒険者の面倒を見ながら、ライラは頼んだ罠を作ってもらって戦力を整える。

 そしてエイス教官の元、ゴブリンたちの生首が飛びまくるのであった。

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