第5話 ダンジョンコア
冒険者たちが宝箱を盗ってから三日後、再びダンジョンは閑古鳥が鳴いていた。
……まぁ彼らが町に戻るの自体に三日かかる。最低でも後三日は誰も来ない可能性が高い。
俺達はヴェルディの鎮座された場所で今後の相談をしていた。
「なあ、このダンジョンのコアはどこだ? 絶対安全な場所に置かれていると言ってたから放置してたが」
今まで放置していたのだが、埋め込まれた知識にダンジョンコアというものがあった。
ようはダンジョンの心臓部分にあたる宝石であり、砕かれると俺の存在が消える。
すでに二度死んで蘇った俺だが、この場合は蘇生なども不可能らしい。
つまりダンジョンコアが砕かれたら俺は本当の意味で死ぬ。
『うむ。今までは危ないので我が確保していたが、今後は我が主が持っていた方がいいだろう。ちょっと待て』
ヴェルディは動き出すと口に手を突っ込んだ。
待て。すさまじく嫌な予感がするんだが……。
それは見事に当たり、ヴェルディは地面に大量の唾液を吐きだした。
「おっ、おええぇぇぇぇぇ……ふぅ、そこにあるじゃろ」
やり切ったと言わんばかりに再び動かなくなる龍。
奴の前には大量の唾液……。こいつ、飲み込んで腹の中にコアをいれていやがった……。
「お前はびっくり仰天宝石密輸業者か!? しかも吐しゃ物多すぎてコアが見えないんだが!? バカだろ! オマエバカだろ!」
『我の身体の内部ほど安全な場所はないぞ! 命を守っていた我にその態度はなんじゃ!』
「じゃあ最後まで責任もってコアを洗って渡せ!」
『もう我は今日は動けん!』
この引きこもりニート以下の行動力の龍が……。
他人に自分のよだれの水たまりからコアを探せと言うとは……。
さてどうするか……唾液に手を突っ込むのいやだなぁ。
「主様、このライラにお任せください!」
「ライラ、お前は女の子だ。ドラゴンの唾液でべとべとにするわけにはいかない」
ライラにだけはやらせるわけにはいかない。
捜索中にコアを砕いてしまう未来が容易に想像できてしまう。
俺の意図を知らずに「主様……」って感激しているライラを放置する。
ゴブリンにもやらせるのも怖い。彼らも不器用そうだし……俺がやるしかないか。
心を決めて、唾液の水たまりに手を突っ込む。
粘り気があってめちゃくちゃ気持ち悪い……。
『我が唾液はかなりの価値がある。そこらの宝石よりもな』
「今その無駄情報いらないからな! 俺の目には汚らしい唾液だよ!」
ヴェルディの謎自慢を放置し、水たまりを手で探っていく。
この唾液、無色のくせにめちゃくちゃ濁っているせいで中が全く見えない。
『龍の唾液には強力な魔力が含まれている。ゆえに無色でありながら濁っているのだ』
「その無駄知識をひけらかす前に、ダンジョンコアを取り出す方法を言え! お前の吐いた唾だけ飲み込むとか!」
『我が主よ。お主は今、黄金より価値のあるモノを手づかみしているのだ。そう思えば気分も……』
「どんなに言いつくろっても唾液だろうが! ……! これかぁ!」
突っ込んだ手に固体が当たったので、掴んで水たまりから取り出す。
ねとねとした液体が腕から垂れていくが、これでようやく……。
『あ、それは我の食った魔物の骨じゃな』
「くたばれやぁ!」
取り出した骨を地面に叩きつけ、やけくそ気味にまた唾液溜まりに手を突っ込む。
そしてまた硬い物を発見する。だがまた偽物だと嫌なので、手探りで形状を確認する。
球体っぽいな、これならきっと……。再び掴んで唾液溜まりから取り出す。
『あ、それはコアじゃな』
「しゃあ!」
俺は思わずガッツポーズする。
バラエティ番組のお笑い芸人の気持ちが多少分かった。
これ辛いわ。
「よし! すぐに消毒だ! ライラ、濡れた手ぬぐいを頼む! てか俺も風呂入りたいなぁ……この超汚い状態では」
ライラから濡れた手ぬぐいを受け取って、身体を拭きつつ悩む。
この世界に来てから風呂など入っていない。
ライラが頼めばいつも手ぬぐいを渡してくれるので、身体を拭いているだけだ。
今日まではそれで我慢してきたが……唾液まみれの状態はきつい。
「お風呂ですか? すぐご用意しますね!」
ライラはそう呟くと鼻歌まじりに、資材置き場のある方へと歩き出す。
……え? 風呂作れるの?
「待て、ライラ。風呂作れるのか!?」
「もちろんです!」
『鍛冶能力最強だぞ。逆に何故作れないと思うのだ』
……言われてみればその通りだ。
どうやら風呂に入れるらしい。
『そもそもダンジョンコアが手元にあるなら、DPで風呂でも何でも買える。まぁ値は張るがな、ダンジョン改築を念じてみよ』
言われた通りに念じると、空中にモニターが現れる。
そこには様々な物が通販のカタログサイトのように表示されていた。
たしかに風呂もあった。必要DPが3000かかるが。
現状のDPは2000なので買うのはどのみち無理だ。
しかしカタログには本当に色々なモノがある。地球の物も大量にある。
「なんで地球のモノが買えるんだよ」
『一度手に入れた物は自動的に購入可能品に入るからじゃろ。昔持ってたモノが入ってるだけじゃ』
もしそうなら異世界で地球の暮らしができる。
試しにカタログを探すと……あった! スマホ! しかも100DPで買える!
購入するように念じると、俺の手元にスマホが現れた。
『なんじゃその箱は。投てき武器か?』
「しゃあ! これで知識チートだ! 戦術でも経営術でも何でも調べ放題……って電源ないな、充電……あっ」
俺は舞いあがっていた。
よく考えたらこの世界にコンセントはない。よしんばあっても電波がない。
つまりこのスマホはただの硬くて薄い飾りである。
……まじで使い捨ての投てき武器くらいしか使い道ないぞこれ。
「……これ返品できないかな」
『我が主よ、そんな意気揚々と出したのに……返品なんて機能はないぞ』
「畜生! クーリングオフ期間くらい用意しておけよ!」
100DP無駄にしてしまった。
てか風呂が3000もするのに、スマホが100の時点で気づくべきだった。
この世界での価値がないから百均みたいに並べられてたんだよ!
試しにヴェルディの神龍装備の値段を見てみると、0を二十ほど数えたところで見るのをやめた。
今後はDPの値段も見て買うもの決めよう……。
『ところで我が主よ。結局その小さな薄い箱はなんじゃ?』
「……使い捨ての投てき武器です」
『たしかに投げやすい形状をしているのう』
電子機器だしうまくいけば、衝撃で爆発とか火花散らしてくれないだろうか。
コスパ悪すぎるけど。
「主様、お風呂のご用意ができました!」
そんな苦悩を吹き飛ばすように、両手でバスタブを抱えたライラが近くに寄ってきた。
彼女は何だかんだで有能だ。むしろ知力2は俺の方かもしれない。
「よくやったぞライラ! 後は水を用意して沸かせれば……」
『水ならそこらにあるじゃろ』
「お前の唾液風呂とか拷問の類だろうが! そんなべとべとした風呂ふざけんな!」
この駄龍、自分の唾液を貴重なモノと思ってやがる。
こちらはそこらの唾液溜まりは、さっさと蒸発して消えて欲しいのに。
「お湯もお任せください! ええい!」
ライラはバスタブを地面に置くと気合を入れて叫ぶ。
すると彼女の両手からお湯が飛び出してバスタブに溜まっていく。
すぐにバスタブは満杯になって湯気が……。
「ライラナイス! いや本当ナイス! そこの駄龍とは比較にならない美少女!」
「ぬ、主様……ありがとうございます!」
『誰が駄龍か!? そのバスタブも元々は我の鱗からじゃぞ!』
よしさっそく風呂に入ろう。
そう思って服に手をかけるが……ライラがこちらをニコニコと見ている。
「ライラ、俺は風呂に入ろうと思う」
「はい!」
再び服を脱ぎだすが彼女は笑みを浮かべたまま動かない。
……どうやら意図が伝われないらしい。
「ライラ。俺が風呂あがるまで少しここから離れていてくれ」
「はい、わかりました!」
俺の指示に従ってライラは洞窟の奥へと向かっていった。
やはり彼女には具体的に言う必要があるようだ。後、羞恥心とかないのかもしれない。
……ライラに服を脱いでと命令したら、もしかしてやってくれるのだろうか。
いや考えるのはよそう。もし間違ったら俺はミンチにされる。
そう考えながら改めて全裸になり、用意されていた桶に湯をすくう。
まずは風呂の前に汚れを洗い流さねばと、身体にぶっかける。
「あっちぃ!?」
めちゃくちゃ熱くてそこらを転がりまわる。
自分の身体を確認すると、湯のかかった部分の肌が赤く染まっていた。
この湯は少なくとも沸騰こそしていないが、おそらく90℃くらいあるのではないだろうか。
『なぜ我が主は戦いもせずに怪我を負うのじゃ』
「知らんよ畜生!」
しばらく冷まして適温にした後、ようやく風呂に入ろうとした。
だが火傷した箇所が痛くて結局、痛い箇所を避けて湯を身体にかけただけになってしまった。
湯の温度を確認しなかった俺も悪いけど命令するのって難しい……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます