第2話 ダンジョン起動
目覚めると俺はわずかに赤く染まった地面の上で寝ていた。
どうやら放置されていたようだ、扱いひどい。
服の汚れを叩いて落としつつ辺りを確認するが巨大な龍の置物、いや生物が鎮座した洞窟だ。
残念ながら先ほどまでのことは夢ではなかったようだ。
『起きたか。まさか戦闘を行う前から蘇生術を使うとは思わなかったぞ』
微動だにせずに龍が俺に語りかけてくる。
本当に一切動かない、口すら開かずに器用に喋っている。
「……蘇生? まるで俺が死んだかのような言葉だな」
『死んだぞ。メイドに抱擁されて骨が砕かれて肉が凝縮され、それはもう形容するならば……』
「想像したら気持ち悪いので形容しなくていいっす」
……もしかして周りの地面がわずかに赤いのは……いや考えるのはよそう。
意識を失う直前のことを思い出す。
俺は美少女メイドに抱き着かれて、その万力のような抱き着きを受けていたのだ。
その張本人はと言うと、この空間のすみで気まずそうにこちらを見つめていた。
「うぅ、申し訳ありません……」
『案ずるな。ライラにはしばらく我が主の半径三メートル以内に寄るなと命じた』
ライラの目に涙が溜まっていく。
確かに潰されはしたが彼女がかわいそうな気もする。
というか、力加減さえ覚えてくれればむしろ抱き着かれたい。
「待て。ライラも悪気はなかったんだ、次はちゃんと抱き着いてくれれば……」
『悪気がないということは、次もやらかすが?』
「…………近づいてくるのはいいけど、しばらくお触りはなしの方向で」
「は、はい! ありがとうございます!」
ライラがこちらにおずおずと歩いてくる。
彼女が俺がメイキングしたキャラクターならば、パワーと物の作成に特化した能力を持つはずだ。
鍛冶能力は神話級の武器も作れるほどで、筋力値もカンストしている。
問題点は……知力を2で設定したことだ。
知力2がどれくらいの頭のよさかは不明だが、頭脳系労働には全く期待できない。
最低限言語は通じているようだが……。
『とりあえずダンジョンを起動しろ。我が主が死んでから一日が経っている、これ以上の時間の浪費は好ましくない』
「……俺、死んでから一日の間放置されてたのか!? どこか身体腐ってないか!?」
『大丈夫だ、我が主が腐っているのは性根だけだ』
「失礼な! まだ半熟程度じゃい!」
聖人君子とは口が裂けても言えないが、そこまで酷い奴なつもりはないぞ!
『とりあえず身体に問題はない。なので急いでダンジョンを起動して防衛を整えろ。攻め込まれた時のために』
「ダンジョンを起動? 防衛を整える?」
『安心しろ、すでに脳内に知識を刻み込んだ。よく考えれば己のやるべきことがわかるはずだ』
……黙って考えてみると、確かに行うべきことがわかった。
端的に言うと俺は迷宮の主となって、このダンジョンを狙ってくる敵から守る必要がある。
他にも色々とあるみたいだがとりあえずいいか。
地面に手をつけてダンジョンの起動を念じると、俺の目の前にいくつものモニターが空中に現れる。
ダンジョンが起動したことで構造の変更や、設備の拡張などが可能になった。
「とりあえず起動したけど……お前がいるなら防衛なんて何とでもなるんじゃないか? 俺の設定通りの強さなんだろ?」
俺は全く動かない龍――ヴェルディへと話しかける。
こいつは神龍、それこそ神すら倒すほどの能力を持つ。
設定どおりならばこいつが勝てない敵などいない。
『我は確かに最強だ。この世界で比類なき強さを持っている』
「よし。なら何もしなくていいな!」
俺の迷宮主としての生活終了のお知らせ。
敵が襲ってきたら全部ヴェルディに任せればいいな。
『ただし我が動くにはダンジョンの力が必要だ。今ならば一日に十秒動くのが精々だな』
「…………なんでだよ」
改めてヴェルディを見る。
確かにこいつは俺に自分の力を誇示した時以外、石像のように微動だにしていない。
身じろぎすらしないので違和感があったが、動けなかったということか。
『なので我に完全に頼るのは無理だ。我が主の力で守ってもらう必要がある』
「くそぅ、なんでこんな不便な……」
『天使が言っていたぞ。我が主は制限のある強力な力にマロンを感じるからと』
「ロマンだろうが! そもそも趣味のロマンで死ぬ気はねぇよ! あのロリ天使、何が俺の望みは全部わかっているだ!」
思わず叫んでしまう。全く理解していないだろうが。
今度会ったらただじゃおかねぇ。
『我が主の死体を一日放置していたのも、すでに昨日は十秒を消費していたからだ。どんな魔法を使おうが、喋るだけだろうが我は今は一日十秒しかできない』
この神龍、一日の行動力がニート以下である。
……そういえば俺に力を見せるために、地面を前足で叩いてたな。
せっかく超チートのくせにこれだとほぼ置物だ。
となると頼りになるのはライラのほうではあるのだが……。
「お任せください! 私がご主人様をお守りいたしますから!」
ライラが手に持った巨大な槌を振り回して叫ぶ。
だがこいつは知力2だ。この一言だけで恐ろしく不安になるからすごい。
鍛冶能力と筋力だけは頼りにはなるが……。
俺が少女の身体を舐めまわすように観察していると、ヴェルディの咳払いが聞こえた。
『我が主よ、欲望を少しは隠せ。とりあえずは魔物、いや雑魚を召喚してはどうだ?』
「何故言い直した。魔物でいいだろうが」
俺の脳内に埋め込まれた知識に、ダンジョンを徘徊させる魔物を召喚する方法がある。
召喚時に少しだけ必要なリソースとして、
ようは金みたいなものなので難しく考える必要はないようだ。
初期ポイントがわずかにあるので、弱い魔物ならば召喚可能だ。
念じることで空中に魔物召喚と書かれたボタンが出現するので押す。
すると目の前に小さな光が発生した後、緑色の異形の小人――ゴブリンが五体ほど現れた。
「おお、本当に出たな。こいつらをダンジョンに配置すればいいんだな?」
『うむ。これでダンジョンとしての最低限の見た目はできたな』
「……ところで考えなしに召喚したが、こいつらの食事はどうすりゃいいんだ」
ミスった。
そもそも自分の食い扶持すらないのに、何でさらに増やしてるんだ俺は。
『ゴブリンに飯などいらんだろう。勝手に取らせろ、もしくは餓死させればいい』
「鬼かお前は!? そんなわけにもいかんだろう! てか俺の食事もどうすりゃいいんだ!?」
『知識で与えているはずだが、DPで食事は用意できる。ゴブリンのも用意していては、すぐに枯渇するだろうが』
埋め込まれた知識もDPを消費することで、食事や金属など大抵の物を生産できると言っている。
そしてDPを稼ぐには人がダンジョンにいればいいらしい。
なのでダンジョンの体制を整える必要があるようだ。
「よし。ゴブリンたちよ! ダンジョンに散らばってくれ! 食事の時間になったら呼ぶから!」
「ゴブゥ!」
ゴブリンたちは俺の号令に従ってここから離れていく。
これで魔物も出るので、とりあえずはダンジョンとして機能したはず。
肝心の防衛力についても、頭数が増えたので……どうなんだろうか。
「今の防衛力はどうだ? ゴブリンが増えたんだから少しはマシに……」
『ゴミがいくら集まろうがゴミだ』
「お前、ゴブリンたちに酷すぎない!? あいつらも必死に生きてるんだぞ!」
『ならば我が主は、あのゴブリンどもに命を預けられるのだな?』
「急いで防衛力を上げる必要があるな」
ゴミをいくら集めてもゴミ山ができるだけである。
キチンとした土壌を用意して木を植えて、山を作る必要があるように。
『柔軟な頭と言うべきか、芯を持っていないと言うべきか……まぁよい、とりあえずこのダンジョンに人を集めるようにしろ』
「そういわれてもどうしろと」
『それを考えるのが我が主の仕事だ。我は人間の考えることなどわからん』
「私も一緒に考えます!」
ヴェルディが興味なさげに呟き、知力2が息を荒く叫んだ。
どうやら俺がいい案を出さないとすぐに餓死するなこれ。
人を集めるならばやはり特産品、ようは他の場所にはない特別な物が欲しい。
ダメ元で辺りを見回すがそんな都合のいい物が……。
『我が主よ、我を凝視してどうした?』
「お前の鱗と爪、高く売れそうだな」
『何ッ!?』
あるじゃないか、このダンジョンにしかない置物が。
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