熱き教育実習と登校拒否⑤




熱司の教育実習は順調に進んでいた。 ただし、それはあくまで生徒たちにとってはということだ。


―――ついにこの時間が来てしまったか・・・。

―――いや、既に覚悟は決めているけどな。


昼休みになって職員室へ行くと、明らかに熱司を見る視線が鋭い。 子供の頃、職員室に入る時妙に緊張した記憶があったが、その時の比ではないくらいだ。 

それでも静かに授業の準備を進めていると、ゆっくりと自分に向かって歩いてくる足音。 カツカツとヒールが床を叩く音が、心臓に突き刺さるような気がした。


「熱司先生。 後程お話がありますので、呼ばれるまで職員室で待機していてください」

「・・・はい」


教頭先生の声はグラウンドで聞いた時よりも平板で感情のない声だった。 ただその心の奥から怒りを抑え込んでいるだろうことは分かる。 もちろん、だからといって遠慮をする気は全くない。 

子供たちのために、熱司自身が重圧を受けるだけなら寧ろ歓迎するところだ。 教頭がゆっくりと職員室を出ていくのを見て、緊張を解くように息を吐いた。


―――女性の先生って怒ると迫力があるもんだな。


周囲の先生は熱司に気を遣っているのか視線を合わせないようにしている。 熱司も少しだけ気が重かった。


―――もうここまで来たから後戻りはできない。

―――俺は最後まで自分のやり方を貫き通すだけだ。

―――呼ばれる前に、生徒たちの宿題でも見ておこう。


宿題だった漢字を一人ずつ丁寧に見ていく。 丸付けや名簿チェックは当然だが一人ずつ綴るメッセージも怠らない。


―――普通はここまで書く習慣はないけどな。

―――だけど今回は俺が担当するのが二日間しかないから特別だ。


一人ずつ数行のメッセージを書いていった。 生徒が伸びるよういいところを書いていく。


―――先生は生徒一人一人とコミュニケーションをきちんと取るべきだ。

―――そうでなければ一人が躓いた時に・・・。


そう考えメッセージを書く手が止まる。 不登校である琉生のことを思い出したのだ。


―――そう言えば、琉生くんの情報は・・・?


琉生について調べようとすると、ガラッと大きく音を立て職員室の扉が開いた。


「熱司先生。 校長先生がお呼びです」


―――・・・来たか。


先程教頭先生から言われたためある程度覚悟はしていた。 ただ校長先生との二人がいると思うとプレッシャーは更に倍。 一度深呼吸し、気合を入れると席を立つ。 

周りの先生たちの不安気な視線に送られ、職員室を後にした。


「校長先生に失礼がないように」


そう言われ校長室へと促された。 教頭がノックしてドアを開け熱司を先に入れる。


「・・・お呼びでしょうか?」

「熱司先生。 自分勝手な行動をされては困るのですが?」


キリッとした表情で油断がない校長だと思った。 もちろん、初対面なわけはないがこんな状況で話すのは初めてだ。 いつもの温和な雰囲気は一切なく、怒りを押し殺しているといった様相だった。


「自分勝手な行動をしていることは分かっています。 だけどこの二日間は担任を任された僕のものです」

「確かに任せるとは言いましたが、学校の方針を守ってもらわないようでは困ります」

「生徒たちにはこういう新しいやり方もあると、学ばせた方がいいと思います」

「女子が半袖半ズボンで外へ出て、風邪でも引いたらどうするのですか? 男子よりも女子の方が身体は弱いのです。 もし苦手な食べ物を無理に食べて、身体に異常をきたしたらどうするのですか?

 もう後戻りはできませんよ。 それに家庭科の授業で男子が火を使って、誤って火事にでもなったら――――」


―――全て、校長先生の耳に入っているというわけか。

―――別に方針全てに否定しているわけではない。

―――こういうやり方があってもいいとは思う。

―――・・・だけど俺は。


何と言われても聞く気はなかった。 この仕事もよくある熱血学園ドラマに影響されて目指したということもある。 周りから批判されたり嫌がらせを受けたりすることはあるのかもしれない。 

もしかしたらクビになるのかもしれない。 それでもその時はその時なのだ。


「僕は自分のやり方を貫き通すまでです」

「なッ、まだそれを言うのですか!?」

「生徒はもちろん、先生にも個性を出させた方がいい。 僕のような先生が一人いてもいいと思います。 みんな一緒になってしまったら、それこそつまらない学校になってしまいますから」


そう言うと熱司は深く一礼して校長室を後にした。 ハッキリと物を言えて晴れ晴れとした顔だ。 確かに学校の方針は重要なのかもしれないが、誰かが一石投じなければこの学校は永久にこのままなのだ。 女子は優遇されることが当たり前となり、将来それが悪影響になることもあるだろう。 とにかく、この二日間は自分がやれるだけのことをやる。 それがこの二週間教育実習をしてきて思ったことだ。 

そう考え、熱司は気合をいれるよう頬を叩く。 先程のことは引きずらず次を考える必要があった。


―――よし、まずは琉生くんのことだ。


職員室へ戻り琉生の資料を探す。 周りからの視線は相変わらず痛いが、今は決意が固まったため何とも思わなかった。 調べているとあることを発見する。


―――・・・琉生くんは自閉症なのか?

―――自閉症って、コミュニケーション障害のことだよな・・・。


不登校になった理由もそれが原因なのかと思い始めた。



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