エピローグ2


 えっと、ほかに書くことは?

 そうだな。ルナのこととか?


 ルナはウソをついてたことがバレたので、セラピスト協会と警察から厳重注意を受けて自宅へ帰った。ドルルモン監督の新作映画の出演も、映画じたい作られなくなったから、今後、女優に復帰できるかどうかは本人しだい。でも、けっこういい性格みたいだから、ずぶとく残るかもね。


 あと、タクミたちのホログラフィックスカードは、撮りためた映像を使って予定どおり発売するそうだ。


 貯金つぎこんで、タクミのカード全部そろえると言ったら、マーティンがダニエルに交渉してくれた。ぼくだけ特別に、タクミカード一式、貰えることになった。ラッキー。


 試作品を何枚か見せてもらったけど、すごくいい出来だ。売れちゃうだろうなぁ。またタクミのファンが増えると思うと、ちょっとヤキモチ。


 タクミの友人と言えば、シェリルは宣言どおり、きっぱり、タクミをあきらめた。今度、実家の近くの牧場主とお見合いするんだって。


 以前、シェリルとエミリーが話してた、タクミ好みの女の子というのは、ぼくのことだったらしい。ぼくとルナが張りあってたから、そのことを話してて、途中から聞いたぼくが勘違いしてしまったのだ。ふふふ。だよねぇ。ルナはタクミの好みっぽくない。


 友達関連で、もう一つ。

 いつものように、タクミはタクミマジックで、ジョナサンとギャラハドを友人にしてしまった。二人とも卒論で忙しいみたいだけど、わりとひんぱんにメールのやりとりをしてるという。ほんとに守備範囲、広いよねぇ。タクミ。


 あ、そうだ。友達関連で最後に、ダグレスのことを書いておこう。


 ダグレスは今回、Bランクのエンパシーのせいで、ニコラにいらない殺意をいだかせてしまったことを反省して、どうも、エミリーの要望どおり、税関の荷物検査官に戻ることを検討中らしい。あれなら個室にこもって作業できるから、思考を誰かに読まれることないしね。僕の秘密に関しては、ダグレス自身の願いで、催眠療法で記憶を封じることにしたようだ。


 ついでに言えば、ニコラも同様の方法で(こっちは強制的に)記憶処理されたのち、ようやく弁護士つきの裁判を受けることができるそうだ。まあ、二人殺してるから、弁護士がついてたとしても、軽い刑じゃすまないだろうけど。


 友達ではないけど、ヨアヒムは大仕事が終わったので、休暇をとって、ジャパンシティーの実家でゴロゴロしてる。まさか、ヨアヒムがタクミのお兄さんだったなんてね。どおりで、声がそっくりだ。


 実家に帰る前に一回、ぼくのお見舞いに来てくれた。さすが、ISGだね。変装もバッチリだ。ヨアヒムのときと別人なんだもん。ビックリしちゃった。素顔も男前。

 タクミに飽きたら、おれに乗りかえていいよ、なんて言ってたけど、本気じゃないよね。たぶん。


 もちろん、ぼくがタクミに飽きるってことはない。

 ぼくの王子さまはニブチンだけど、キメるとこは、ちゃんとキメてくれるんだから。清純すぎるとこは困りものなんだけどね。そこは、ぼくがしっかりしないとダメか。


 夕方になった。空が真っ赤になって、まぶしい。病室にタクミがやってきた。白衣もオレンジ色に染まっている。


「だいぶ書き進んだね。よっぽど退屈だった?」


 ぼくは書きこんでた手記を置いて、羊さんが近づいてくるのを待った。個室の病室には、ぼくらのほか誰もいない。押し倒すなら今だ——と思ったのに、タクミはベッド脇のスツールに腰かけると、窓の外の夕焼けを見て、悲しげな吐息をついた。


「僕、夕日は嫌いだよ。君が死んでしまったときのことを思いだすから」


 ぼくのオリジナルのことだ。

 夕暮れのなか、けんめいにぼくを探したこと。ぼくが死体で見つかって、一人でアパルトマンに帰って泣いたこと。そのときのことを、タクミは初めて、ぼくに話してくれた。


「あんな思いは二度としたくないよ。今ここに君がいてくれることを、僕は神さまに感謝する」


 もう。可愛いこと言うなぁ。

 ぼくは機嫌をよくして、タクミの首に両手をまきつけた。


「ねぇ、チューしようか?」


 とたんに、タクミの顔は真っ赤になる。


「ダメ。ダメ。そういうことはダメ」

「なんで? ぼくのこと好きなんでしょ? 映画なら、ここで派手にキスするとこだよ?」

「何言ってんの。君は未成年だよ。退院したら、また僕の患者に逆戻りだし」


 長々とため息をつく。


「決まったの? ぼくの処分」

「うん。ついさっきね。君は今後二年間の監察延長。担当医は僕」

「二年かぁ。ちょっと長いね」


 ぼくはタクミといられるなら、それでいいんだけど、タクミは肩を落として、しょげている。


「……そうだよ。二年もおあずけだよ。それでなくても、彼女って思ったら意識するから、せめて彼って思うことで、ずっと自分を抑えてさ。君が試験に合格したら…………しようと思ってたのに」


 うん? なんだって?


「今、何するつもりだって言ったの?」


 さっきの何倍も真っ赤になって、時計のふりこみたいに首をふる。怪しい。


「エッチ? エッチなの? ぼくとやりたいの? いいよ。ぼく、タクミになら許しちゃう」

「ち、ちが——違う!」

「いいじゃない。したいって言っちゃえ」

「違うってば。プロポーズ! 婚約したいって思ってたんだ」


 うーん。ガッカリ。いや、それだって嬉しいけどさ。

 タクミはほんとに、かたいなぁ。


「……じゃあ、約束のキスしてよ」

「けっきょく、そう来るか」


 一大決心した顔つきで、タクミはぼくの肩に手をかける。よし。今度こそ、ちゃんとしたキスだ——と思ったら、ちょこんと、おでこに口があたった。


「……ええェ? 口じゃないの? そんなのアリ?」

「ご、ごめん。僕の心臓、これでギリギリ」

「もう、ノミの心臓なんだから!」

「ノミなんだ。僕の心臓って……」


 泣きマネしてるタクミにしがみついて、おどしたり、せかしたり、甘えたりしてみたけど……まあ、いっか。ぼくらのあいだには、時間はたっぷりあるみたいだから。





 了

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ガラスの人魚姫〜ルナチャイルドシリーズ3〜 涼森巳王(東堂薫) @kaoru-todo

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