6—2


 ユーベルはつまらなさそうな顔で、湖をながめている。そのよこ顔へ、さらに僕は言葉をなげる。


「後日、ウォーレンさんが殺された。あれはほんとに不運だった。だって、彼は本気でユーベルを殺す気なんてなかったんだから。事情を知らないニコラが勘違いして、あんなことになってしまったけど、ウォーレンさんはただ、弱っているユーベルを最後のダメ押しで痛めつけるために、あなたに言われて殺すふりをしただけだ。ユーベルの記述を読めば、襲撃者のノーコンぶりがよくわかる。いくら濃霧のなかだからって、髪の毛をつかんでいれば、まず外しませんよ。わざと手かげんしてたんだとしか思えない。彼は俳優だから、そのへんも上手だったんでしょうね。迫真の演技でユーベルをだますことに成功した」


 ユーベルはちょっとだけ肩をすくめた。やっぱり、ユーベルらしくない挙動。


「ところで、なぜ、ウォーレンさんはこんなふうに、あなたの言いなりだったんでしょうね? 俳優だったから? 映画界に顔のきく、あなたやドルルモン監督の機嫌をとっておきたかったから? それもあっただろうけど、もう一つ理由があった。あの人、ゲイだったそうですね。それも、小柄で女顔の……えーと、僕みたいな感じの男が好みだった。つまり、あなたの今の夫、フィリップさんみたいな人です。ウォーレンさんが亡くなったとき、フィリップさん、ずいぶん嘆き悲しんでましたね。ほんとはあの人とウォーレンさん、恋人同士だったんじゃないですか?

 あなたとフィリップさんの結婚は偽装なんです。なんでそんなことをするかと言うと、ウォーレンさんの趣味を世間から隠蔽するため。それと、あなたの財産を夫の名義で共有するためです。あなたは長年の女優業で富を築いている。その財産を自由に彼らが使えるように。あなたは彼らに——というより、ウォーレンさんに弱みをにぎられていた」


 くすりと小さく、ユーベルは笑う。

「弱みって?」


「あなたがたがおかしいと思ったので、経歴を調べました。ドルルモン監督はアテネ大のロボット工学科を卒業していた。ウォーレンさんは今でこそ二枚目俳優だが、じつは大学では遺伝子工学を学んでいた。二人は学科は違っていたが、仲がよかった。それで、この森で監督が初めてあなたに出会ったとき、監督はウォーレンさんにあることを手助けしてもらったんです。ウォーレンさんはDNAデザイナーの資格を持っていた。あなたはぜひとも、彼の技術が必要だった」

「…………」


 ユーベルは沈黙する。


「あなたはネオUSAの研究所から逃げてきた実験体ですね? ヴェラさん」

「…………」


 ようやく、観念したように、ユーベルの目が閉じられた。

 これ以上のことを言及するのは忍びない。だが、僕はユーベルのために言葉の剣をふりかざす。


「僕はエンデュミオン事件のかかわりで、ネオUSAの実験を詳しく知っている。M酵素で突然変異した人間が、どんなふうに変わりはてるのか。Mを投与された人間は全身の細胞が遺伝子レベルで変異し、ほとんどの場合、細胞死をひきおこして死ぬ。たとえ変異時期を乗りこえても、その体はいちじるしく変形し、奇形化する……」


 ユーベルはまだ目を閉じている。

 ささやくように、僕は告げる。


「ときおり、ユーベルがかいまみた異様な人影。あなたなんじゃないですか? あなたの、本体だ」


 カサカサと枯葉がこすれあうような笑い声が、ユーベルの口からもれる。


「……そう。地獄だった。あの場所は。Mを投与されて、すぐに死んでしまえばよかったのに、運悪く、わたしは生きのびた。超能力は強化されたものの、体は変異を起こし、醜く歪んだ。機械をあやつる力を得たのは、投与のあと。だから、その力で電子ロックを破壊して研究所を逃げだした。闇から闇へ、人に姿を見られないように逃げ続け、この森にたどりついた。わたしを見た人は誰もが化け物だとわめいたわ。わたしは自分を守るために彼らを殺した」


「それが五十年前の連続殺人事件なんですね? ウワサが流布するうちに怪奇物じみていった。若い女性が狙われるっていうのも、大衆が好みそうな話だ。でも、じっさいには、不幸にもあなたと遭遇してしまった人が命を奪われた。男女は関係なかったんでしょう?」


 ユーベルのなかにいる人は、静かにうなずく。


「当時の事件の被害者と、フィッシャーさんの殺害方法は同じだ。フィッシャーさんを殺したのは、あなたですね?」


 彼女はまた一つ、うなずく。


「これは僕も昨日、警察から聞いて知ったばかりの情報です。フィッシャーさんの遺体と、メリンダの遺体には解剖の結果、異なる点が二つあった。

 一つは、メリンダは全身骨折しているが、フィッシャーさんはしていないこと。これは見た感じでもそうじゃないかと思っていたんですけどね。

 もう一つは見ただけじゃわからない。僕たち月面都市の人間は、健康維持のために体内にナノサイズの医療機器を飲んでます。病原菌や癌細胞を破壊してくれたり、体内の画像を外から見たり、データを収集してくれる。見ためは顆粒の薬みたいなものだが、一服のなかに何億個ものナノマシンが入っている。

 それが全身の血管や細胞をめぐっているんだが、フィッシャーさんの体内には、正常に作動しているナノマシンが一つもなかった。すべてプログラムに異常をきたし、自爆して臓器を破壊したらしい。あなたはさっき、機械をあやつる力を得たと言った。それって、つまり——」


「ええ。わたしが持つのは生まれつきの予知能力と、変異で得た機械操作の力。自在にクラッシュさせることも、プログラムを書きかえることもできる」


「そうじゃないかと思ってました。じつは、一号コテージに泊まってるギャラハドが、あなたと同じ能力の持ちぬしなんです。彼は機械の構造がわかったり、欠損している部分を感知するだけで、あやつることまではできない。が、たぶん、研究所に残されたあなたの遺伝情報の一部をもらってるんでしょうね。ギャラハドはその力で、あなたの秘密に気がついた。その上、あなたが、どうやら自分のイブだということも察しがついた。人知れず悩んだそうですよ。ことにフィッシャーさんが殺されてからは。このことを警察に告げるべきか、イブのあなたをかばって口をつぐんでいるべきか。いつも暗い顔をしていたのはそのせいだった。彼にも弱い予知能力があるので、ユーベルの周囲で変事が起きる気がして、さけていたんだそうです」


「イブ探しなんて、愚かなマネをするからだわ」


「そうかもしれませんね。そんなこと知らなくたって幸せに生きていくことはできる。彼らは好奇心に殺された猫だったのかもしれません。でも、まったくムダだったわけじゃない。おかげで、ギャラハドはあなたの秘密に気づいても、へたにさわがなかった。そうでなければ、あなたは彼のことも殺していたでしょう? 銀幕の女王イヴォンヌ・ヴェラが、生体に人工知能を組みこんだ、バイオロイドだなんて言いたてれば」

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