5—3


 ユーベルは無邪気な目で僕を見ている。

 この子を守ってあげられるのは僕しかいないんだ。さっき、ドルルモン監督がイヴォンヌとの思い出を語ったときの強い感情は、今の僕のような気持ちだったのだろうか?


「じゃ、トウドウさん。おれら、いるあいだは、なるべく急ピッチで進めたいんで、これで。帰る前にもう一回くらい、いっしょに飲みたいね」


 仇敵ニコラをやっつけたせいか、ジョナサンはすっかり明るくなって、ためぐちで僕の手をにぎった。

 二人が立ち去りかけたところで、ダグレスがやってきた。有頂天のジョナサンは、よりによって冗談の通じない相手に、バキュンとピストルを撃つマネをする。


「透視能力者発見! 刑事さん、絶対パターンDだ。透視能力持ってるの、イブパターンDだけなんだ。実験体ナンバー043-0022-175-0806……ええ、ハイフンの0027だっけか。おれたちは通称ダビデって呼んでるけど」


 ダグレスの父は透視能力のせいで、横領の冤罪をかぶせられ自殺した。父からESPを受け継いだダグレスは、その力で母を追いつめ、父と同じ死にかたをさせてしまう。

 だから、自分の力を嫌っている。


 とり乱すんじゃないかと心配になった。が、ダグレスは唇の端に皮肉な笑みを刻むだけだった。冷静なダグレスの目を見て、ほんとに強くなったんだなと、僕は感動をおぼえた。


 ところが、急によろめいたのは、ユーベルのほうだ。蒼白になっている。


「ユーベル。大丈夫?」


 ユーベルが弱々しく首をふるので、僕は急いで彼の寝室へつれていった。


「貧血でも起こしたのかな。よこになって休もう」

「うん……」


 僕はユーベルの体が小刻みにふるえているのに気づいた。ユーベルはおびえている。何かを恐れている。何に驚いたのだろう? 別に怖がるような話なんてしてなかったのに。


 僕のあとを追って、マーティンが水と鎮静剤を持ってきてくれた。ユーベルはそれを見て、強く抵抗した。


「ぼく、飲まないよ。眠りたくない」


 ああ、そうか。あの夢を恐れたのか。あの非道な人体実験の夢——


 そのとき、僕は神の啓示を受けた。大げさじゃない。ほんとに天啓と言っていいほど、強烈なインスピレーションだった。


(僕は……なんてバカなことを)


 目の前を覆っていた深い霧が、にわかに風にさらわれて晴れていく。迷っていた森のなかに、ひとすじの道が示された。


 僕は泣きたい衝動をこらえて、深呼吸する。


 僕にはユーベルに一生かかっても返せない借りがある。オリジナルの彼を助けられなかったこと。ケンカ別れしたまま、たった十七歳で、ひとりぼっちで死なせてしまったこと。

 同様のあやまちを、今またくりかえすところだった。


「……ごめん。ユーベル。ごめんよ。そうだったんだね。まだ、あの夢を見るの?」


 ユーベルの前に土下座したい気持ちで言ったのに、ユーベルの答えは、さらに僕を驚愕させた。


「夢って、なんのこと?」

「何って、研究所の夢だよ」

「そんな夢、知らない」


 青い顔で、そっぽをむく。すねているのかと思ったが、そうでもないらしい。ただ、その話にはもうふれてほしくないと、全身で訴えている。


 僕はユーベルに鎮静剤を勧めた。今度はおとなしく受けとって、まもなく、ユーベルは寝入った。窓の鍵もかかっている。以前、ユーベルが寝てるときに窓の掛け金を外したのは、ニコラだろう。僕は安心して、マーティンとともに階下へおりた。


 リビングには、まだ学生二人とダグレスがいた。ダグレスは単にエミリーに会いにきただけだった。ジョナサンは自分の軽口のせいで美少女が倒れたから、後悔したのだろう。


「あの子、おれのせいだった?」

「いや、殺人事件のことで過敏になってるからさ。それより、まだいてくれてよかった。ジョナサン。もう一つだけ僕に協力してくれないかな」

「協力って?」

「君たちの研究のデータを貸してほしい」

「貸せって言われてもね」


 困ったようすで、ギャラハドと顔を見あわせている。

 キッチンでエミリーと話していたダグレスが気づいて、こっちに近づいてきた。


「何かわかったんだね? タクミ」

「うん。ダグレスにも調べてほしいことがある」

「レマ・フィッシャー殺しの犯人が特定できたのか?」

「これからしぼりこむ。もしかしたら、ギャラハドがヒントをくれるんじゃないかと思ってる」


 みんなの視線をあびて、ギャラハドは唇をかみしめる。


「ギャラハド。君だって、それを言いたくて、ここへ来たんじゃないの? この前、三号コテージのそばで会ったとき、ほんとは君、何を見ていたんだ?」


 あきらめたように嘆息し、ギャラハドは語った。

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