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 ユーベルを襲ったのはアルフレッドだった。


 ユーベルに紳士的だった彼が、なぜ、そんなことをしたのだろう。

 彼がゲイだということを、ユーベルが知っていたからだろうか? アルフレッドもエンパシストのようだったから、そのことを察知して……?

 いや、アルフレッドの能力はCランクだったという。ユーベルの思考をのぞき見ることなんてできない。


 第一、ゲイであることは役者としてはマイナスなのかもしれないが(ファン層のほとんどが女性なので)、それだけのことで殺人まで犯すだろうか。


 何かがおかしい。

 まだ僕の気づいていない事実が、どこかにあるはずだ。

 ミッシングリンク。失われた進化の輪。それをつきとめれば、思いがけない真実が見えてきそうな気がする。


 僕は初心に戻ることにした。

 僕が気づかないことでも、ユーベルなら知っていたかもしれない。


 ユーベルの手記が手がかりをくれるような気が、以前からしていた。僕は報告から帰ると、夜が明けるまでのあいだに、ユーベルの手記を最初から読みかえしてみた。


 僕が知っていても、ユーベルには隠していた情報も多い。ユーベルの手記がすべて正しいわけではない。


 たとえば、ユーベルは自称芸術家のアレグロ氏のことを怪しいと感じたようだ。墓場のロミオという表現は言い得て妙。

 だけど、イズミによれば、この人は森のほんとの管理人だ。趣味の工芸に没頭するあまり、森から離れられなくなった、ただの変人である。


 ルナがユーベルに嫌がらせしていたというのも、ユーベルの思いこみだった。


 しかし、そういうあやまった見解をとりはらうと、するどい視点もある。


 僕らがメリンダの遺体を発見したときのことを、ユーベルはなんで僕たちばかりが死体を見つけるのかと書いている。

 今になってみれば、当然なのだ。あのとき、僕たちを死体の方角へ行かせたのは、ニコラだからだ。僕らにメリンダを見つけさせるために、さりげなく第一発見者の役を押しつけてきたのだ。


 同様に、アルフレッドについての記述が、僕に新たな啓示をくれるのではないかと思い、入念に読んだ。

 前回はちょっと、なんというか、僕のことをそういう目で見ていたとか個人的に苦手なことが書かれてたので、とばし読みしてしまっていたが、丁寧に読むと、ちゃんとユーベルはヒントを残してくれていた。


 すなわち、アルフレッドと大女優の男の趣味はかぶる——と(イヤだなぁ……)。


 言われてみれば、小柄で女顔のイヴォンヌの夫は、僕と似たタイプと言えるかもしれない。僕としてはイズミのような男前に生まれたかったものだが、希望は希望だ。現実ではない。


 いや、そんなことはいい。

 イヴォンヌの最初の夫は、今でも仲のいいドルルモン監督だ。ユーベルも書いていたが、今の夫とはずいぶん異なる。


 もしかして監督も昔は華奢だったのかと考え、僕は一階へおりていき、リビングルームへむかった。僕のカードパソコンよりリビングのやつのほうが解像度が高い。ほぼ現物のようなホログラムを見せてくれる。


 時刻は六時前。

 二号コテージの住民はみんな寝静まっている。

 関係ないけど、ユーベルの手記のなかに、僕がユーベルの寝室をのぞいていたと記された箇所があった。言いわけさせてもらうと、あれはユーベルの思いすごしだ。僕は女の子の寝室をのぞくようなマネは断じてしない。たぶん、ユーベルが寝ぼけてたんだろう。


 それはさておき、階下におりた僕は、ネットでドルルモン監督について検索してみた。世界的に有名な監督なので、映像や経歴は苦もなく見つかった。残念ながら、若いころの監督は予想と違い、ひょろりと骨ばった栄養失調ぎみの青年だった。スポンサー探しにかけまわりながら、売れない映画を撮っていたころの彼だ。


 ちょっと意外だったのは、最初から歴史大作を制作していたわけではなかったことだ。予算の関係上なのかもしれないが、初期の監督はチープなSF映画を二、三本作っている。監督は学生時代、ロボット工学を専攻していて、その知識を利用していたらしい。


 そのころの主演は意外にも、アルフレッド・ウォーレンだ。学部こそ遺伝子工学でまったく異なるが、彼は監督の学生時代の親友だったようだ。


 そういう下積み時代を得て、ある転機を迎える。無名の新人女優をヒロインにして撮った歴史映画が、空前の大ヒットをとばしたのだ。ちょうど月面都市が豊かになって、人々が娯楽を求めていた時期でもあった。美しい地球の風景のほとんどはコンピューターグラフィックだが、月の住民の懐古趣味をあおりたてた。


 以来、ドルルモン監督は出す映画すべてで当たりをとる。彼の栄光の女神とも言うべき新人女優と、まもなく結婚するのだが、言うまでもなく、それが、イヴォンヌ・ヴェラだ。


 ユーベルは女優の打算で監督と結婚したんじゃないかと書いていたが、ほんとのところはわからない。経歴で見たかぎり、二人が出会ったころ、監督は金持ちではないし、世間的に成功もしていない。撮影を通して、二人にロマンスがあったと考えるほうが自然だ。



 僕がこんなふうに殺人事件とは関連なさそうな人間関係を調べてみようと思ったのには、わけがある。

 ユーベルを襲ったのがアルフレッド・ウォーレンなら、もしかしたら、レマを殺したのも彼ではないかと考えたからだ。


 彼らのあいだに人知れず、殺人に発展しそうな歪みがあったのかもしれない。そうであってくれたらいいと、僕は願った。もしそうなら、ユーベルの無実が証明されるのだから。

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