4—3
僕が黙ると、二人のあいだの沈黙が重い。重力装置の作りだす重さはこんなもんじゃないだろうけど。
僕はニコラの反論を待ったが、答えはなかった。
「君は殺人現場がわかると殺害方法もバレてしまうから、メリンダの遺体を別の場所へ移した。重力装置をもとのコテージに戻し、窓に鍵をかけた。憩いの広場のほうは、メリンダの落ちた痕跡を、まわりをふみかためるなどしてカモフラージュした。ただし、重力装置を使うと磁場が乱れることまでは隠しようがなかった。そのせいで、メリンダがほんとに殺されたのは、この場所だとわかったんだ」
無反応なニコラの背後に、ダグレスとイズミが近づいてくる。ダグレスが逮捕令状をかざすと、ニコラはやっと口をひらいた。
「弁護士を呼んでくれ。それまで何も話さない」
すると、兄がニヤッと笑い、僕にむかって親指を立てた。
「悪いが君の身柄はISGが拘束する。君は私を襲ったが、じつはその私はISG隊員なんだ。ISGでは通常とはあつかいが異なるのでね。弁護士は呼べないな」
ニコラの顔色が初めて変わった。さらに追い討ちをかけるようで哀れではあったが、言っておかなければならない。
「ニコラ。君はユーベルからヨアヒムと結婚すると聞いたから、彼を襲撃したんだろ? あいにくヨアヒムがすごく強いから、あわてて逃げだしたんだろうけど。だから今度は、ユーベルがヨアヒムのコテージに泊まりに行ったとき、管理人が朝の見まわりでいなくなる時間帯を狙ってたずねていった。何をするつもりだったかは聞かないけど。聞けば君をなぐりたくなるだろうから。でも、そこでウォーレンさんに出くわして、止められてしまった。ウォーレンさんは散歩してたのかな。もみあううちに殺してしまったってところだろ?」
かすかに、ニコラは笑った。バカにしたような笑みだ。気にはなったが、ニコラは何も言わなかった。まあいい。肝心のことを言っておかないと。
「君はそうまでして、ユーベルが欲しかった。ユーベルのDNAがと言ったほうがいいのかな。でも、残念ながら、今のあの子はほんとにBランクなんだよ。あの子のオリジナルは一時期、トリプルAだった。でも、今のユーベルは君がナタをふりまわしたときにも、超能力で撃退しようとはしなかったろう? できないからだよ。今のあの子はクローン体だから。オリジナルのユーベルは犯罪者たちの世界で育ったから、不正な薬物や副作用の強いワクチンを接種させられてる。あの特異な能力は、そのせいで発現したんだ。クローン体のあの子には、もうその力はない。あの力を持ってたのは、死んだユーベルのオリジナルだけだ」
もちろん、ウソっぱちだ。でも、こう言っておけば、ニコラからユーベルの秘密がもれたときの保険になる。
こう聞いたときのニコラが、もっとも衝撃を受けたようだった。自分の殺人の手口を暴露されても淡々としていたのに、ユーベルがトリプルAじゃないと聞くと、一人では立っていられないほどよろめき、その場にくずおれた。貧血を起こしかけている。そのまま、茫然自失のていで兄の手にひかれていった。
ダグレスも僕のウソを信じてくれたらいいのにと思ったものの、ちらりと見た表情からは感触が悪い。やっぱり刑事のダグレスが、こんな都合のいいウソを信じてはくれないか。
ここからは警察の仕事だ。
ニコラの取り調べはほんとにISGがおこなったらしい。兄の捜査に今回の殺人事件が関連していたのだろうか。
もっとも、兄はあいかわらず管理人のふりをして森にとどまっている。おかげで僕は兄からニコラの状況を聞くことができた。兄がなぜ、僕にその情報をくれたのかはわからない。奮闘してる弟に同情してくれたんだろうか? そういう甘っちょろい兄ではないのだが……。
ニコラが逮捕された二日後のことだ。早朝の試験官への報告の前に、僕は兄のコテージへ行って、その情報を聞きだした。
「ニコラ・ダビナックが自供し始めたそうだ。おまえの推理は、ほぼ百パーセント正解だ。でも、一つだけ間違ってた。そう言って、ダビナックが白目むいて笑ったそうだぞ」
そうだった。ニコラが変な笑いかたしていたことを僕は思いだした。
「間違ってたって、何が?」
「ユーベルちゃんをナタで襲ったのは、彼じゃない。ダビナックが言うには、髪の一本でも失敬しようと訪ねていったら、彼女が襲われていた。だから、助けてやったそうだ」
「まさか。ウォーレンさんがユーベルを殺そうとしてたっていうの? そんなバカな」
ユーベルの手記を読めば、アルフレッド・ウォーレンがそういう人物じゃないことはわかる。
兄がニヤニヤ笑いだしたので、僕はあわてて口をふさいだ。
「なんで『そんなバカな』なんだ? おまえ、やっぱり、なんか隠してるだろう?」
両手をモジャモジャさせながら近づいてくる。むっ。殺気! あの顔は寝技に持ちこんで僕を動けなくさせといて、くすぐり倒すつもりだ。
僕の友人たちは、僕を武道の達人だなんて言うけど、とんでもない。僕が達人なら、イズミは武神だ。どんなことをやっても、この人には敵わない。僕はすでに泣きそうだった。
「ごめん。ゆるしてェー」
「ほら、吐け。そら、吐け」
「ヤダ。言わない。隠しごとはしてるけど、絶対、言わない」
「そうか? じゃあ、お仕置きだべェー」
「ぎゃあァァ」
そのあと、僕は兄のいいように弄ばれてしまった。もちろん、僕もできるかぎりのことはしたが、僕のつたない抵抗はことごとく封じられて——って、ん? なんかこの部分、やけにユーベルの好きなボーイズラブ系の言いまわしになってる?
誤解のないように言っとくと(言うまでもないだろうが)空手と柔道と合気道がゴッチャになった技の応酬にやぶれて、最後はプロレスでギブアップさせられただけだ。
いつもこうだ。イズミとは絶対にケンカするまいと思ってるのに、しばしば、こんなハメにおちいる。イズミが僕をイジメることを生きがいにしてるからである。
どうせ、この手記をイズミに見せる気はないから、ここでこのくらい暴露しても問題あるまい。
兄イズミよ。あなたはドSだ。
ともかく、僕は秘密を守りとおした。
僕が子どものころと同じ手では落ちないと悟った兄は、急にまじめな顔に戻って、卍固めをといた。
「まあいい。見まわりの時間だ。おまえも報告に行くんだろ?」
「うん。ダウン寸前だけど……兄ちゃんのケチ。ちょっとは手かげんしてよ」
「甘いぞ。他人は手かげんしてくれない」
「僕たち他人じゃないだろ!」
兄は笑って、とりあわない。
しかし、痛い思いをしただけの収穫はあった。ニコラの供述が真実なら、ユーベルを襲ったのは、アルフレッドだったことになる。
「ニコラはウソついてないよね?」
「あいつはAランクのエンパシストだからな。マインドブロックに長けてる。断言はできないが、ウソではないだろうな。ほかの罪もすべて認めているし、反論する気力もないみたいだからな」
「なんで?」
「おまえに言われたことが、こたえてるからだよ。ヤケになってるから、聴取がやりやすい」
お礼にサービスで情報を教えてくれたようだ。
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