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 二人で話がしたいよ♡、とハートマークつきで送ったメールの効果は絶大だった。

 約束の時間より早く来て、ニヤニヤしながら湖岸の遊歩道の柵にもたれる彼のもとに、僕は一人で近づいていった。

 伊達メガネをかけた好青年。羊の顔をした人喰い狼。ニコラ・ダビナックが、僕を見て顔をしかめる。


「なんですか?」

「ごめん。君と話したいのは僕なんだ」


 ニコラは不愉快そうにメガネを押しあげて、立ち去ろうとする。

「こんなふうにだまされるのは好きじゃないな。失礼するよ。トウドウさん」

「話してくれないなら、僕は自分の考えを警察に言うけど、それでもいい?」


 おどしをかけると立ちどまった。やはり、ニコラにはうしろ暗いことがあるのだ。

 ニコラがふりかえったときには、いつもの人なつこい笑顔が浮かんでいた。


「イヤだな。警察だなんて、おかしなことを言うんですね。いいですよ。ちゃんと話してください。あなたは何か誤解をしているんだ」


 予定にはなかったが、まあいい。ダグレスと兄がニコラに気づかれずに近づいてこれるよう、僕は時間かせぎをすることにした。


「じゃあ、言うけど。メリンダおよびアルフレッドを殺害したのは、君だね? ニコラ」


 ニコラの笑顔はくずれない。


「どうしちゃったんですか? 僕のこと、そんなふうに見られてたなんて悲しいです。ああ、もしかして、僕がメリンダをふって、ユーベルにモーションかけたから、お気にさわったのかな? それなら謝ります」


 僕はニコラの視線がこっちにだけむくよう、わざと湖岸に面した柵のほうへ歩く。背をむけた瞬間、殺気を感じた。かえりみると、ニコラは笑っていたが。


「それなんだよね。ユーベルは早くから君のこと、エスパー選民思想家だって気づいてた。そんな君が、急にユーベルに鞍替えしたのは、あの子がトリプルAランク者だって知ったからだよね? 君の盲愛する宇宙でゆいいつのジャリマ先生をしのぐほどの能力の持ちぬし。なにしろ、ユーベルはエンパシーだけでなく、念動力でもトリプルAだ。君はぜひにもユーベルが欲しくなった。けど、メリンダが君との別れ話を承知してくれない。彼女をジャマになった君はメリンダを殺した」


 ニコラは鼻先で笑う。


「しょうがない人だなぁ。そんなの、ただの想像じゃないですか。別れ話のもつれくらいで、僕は人を殺しませんよ」

「そうでもないんじゃない? 金銭と恋愛のいざこざは、つねに殺人の動機の上位だよ。君には前科もある」

「変なこと言わないでください。僕の経歴にそんな傷はありません」


 自信ありげな顔つきだ。ヘマはしてないと確信している。


「うん。そっちの事件はもう立証は難しいだろうね。何年も前のことだし、目撃者もいなかったみたいだ。今から三年前、君たちが大学一回生のとき、メリンダはジョナサンとつきあってたんだってね。君がメリンダに興味を持ったのは、彼女がESP科の入学試験で首席をとったからだ。君はメリンダに迫ったが、意外にしぶとく、ジョナサンが食いさがってきた。メリンダを手に入れるのに、ジョナサンはジャマな人間だ。すると、どうだろう。どんな天佑神助か、君が消えてほしいと思ったジョナサンは、不良少年たちにからまれて大ケガを負った。全治三ヶ月。怖くなったジョナサンはメリンダから手をひいた」


「そんなの僕のせいじゃない。ぐうぜんだ」


「だから、この事件は立証できないんだよ。もっとも、ジョナサンが正直に証言してくれたら、不良くんたちを探しだすことはできるかもしれない。誰に頼まれたことか、彼らは口を割るかもね。それは余罪だから警察に任せるけど、ここからわかるのは、君が恋愛において力ずくの処理をする人だってことだ。君は欲しいものは手に入れないと気がすまない。だから、君はユーベルを手に入れるために、メリンダを殺した」


 ニコラの顔から笑みは消えている。かわりに、やってられないというふうに大げさに肩をすくめた。


「どうやって僕がメリンダを殺すっていうんです? メリンダは全身骨折の上、内臓破裂でしょ? そんなふうに人を殺すことなんて、人間技ではできないですよ」


「君はPK能力者だよね」


 ニコラはいよいよ、バカバカしげに笑いたてる。


「そうですよ。スプーン一本、持ちあげるのが関の山ですけどね。僕のPKはオマケみたいなものなんだ」

「でも、ESP協会のテストではBランクだ。君の念動力で動かせる物体の重力はさほどじゃない。Cランクなみだ。でも、コントロールは抜群みたいだね」


 プライドの高いニコラは、僕の言いかたが気に食わなかったらしい。さほどじゃないとか、Cランクなみと言われるのは、彼の感覚では侮蔑に値するのだろう。


「だからって、スプーン一本で人を殺せるわけじゃないでしょ? そんなくだらないこと言うなら、僕は帰りますよ」


 憤然として立ち去ろうとするニコラに、

「でも、その力で窓の掛け金を外すことはできる」

 僕が言うと、ピタリと身動きをとめた。

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