3—2


 僕がとぼけた顔をしてたのか、くくくっと、ジョナサンは押しつぶしたような笑い声をもらした。


「いいんだよ。おれらだって好きでアイツにひっついてるわけじゃないし。けど、アイツ、金持ちのぼんぼんなんだよなぁ。研究費も出してくれるし、何かとお得ってわけ」

「はぁ」


 なんでとうとつに、こんなことを言いだしたのか真意がつかめない。僕は戸惑った。

 ジョナサンは道のかたわらの木の幹に手をあて、数秒、黙りこんだ。そして、ふいに深刻な口調で告げる。


「メリンダって、おれの元カノなんだよな」

「…………」


 僕とユーベルは無言だが、ジョナサンはサクサクッとクッキーをかみくずすような乾いた声で笑う。


「頭もかたいし、美人じゃなかったよな。でも、あれで可愛いとこもあったんだ。おれだって自分がイケてるとは思ってないしさ。おれたち、けっこう、うまくいってたんだ」


 自虐的な話しかたをする人だ。


「そうだったんですか。このたびは、まことに……」


 お悔やみを述べようとすると、ジョナサンは片手でさえぎった。


「おれは感傷にひたってるわけじゃないんだ。ただ、どういうわけか、ニコラのヤツ、とつぜん心変わりしたからさ」


 そう言って、チラリとユーベルを流し見る。


「忠告しとこうと思って。ニコラは今まで手に入らなかったものってないんだ。だから、欲しいものはどんな手段を使ってでも手に入れる。メリンダのとき、そうだった。おれたちのあいだに強引に入ってくるアイツに、最初はかなり腹立ててたんだけど……怖くなって、あきらめたんだ」

「怖くなった? どうしてですか?」


 問いただすと、ジョナサンは瞑想するモアイのように遠くを見つめた。いや、僕までモアイだなんて申しわけない。でも、似てる。


「……別に。ただちょっと、アイツの意気込みについてけなくなっただけだよ」


 ウソをついてる。ほんとはもっと重大な変化を、ジョナサンの心にもたらす何かがあったのだ。犯罪的なことだったのかもしれない。


「それで僕らを心配してくれたんですか? ありがとう」

「そんなんじゃないけど、告口っていうのも負け犬っぽくて、おれらしいかと思ってさ。じゃ、そういうわけで」


 片手をあげて、ジョナサンは去っていく。


(なんか気になるな。今のジョナサンの話)


 額面どおりに受けとれば、恋敵に彼女を渡すなよっていう忠告の言葉だが、含みのあるあの口調は、そんな感じじゃなかった。


 僕は急いで二号コテージに帰ると、ユーベルをマーティンにあずけた。


「絶対、目、離さないでよ」

「わかってるけど、おまえ、さっきからフラフラ、どこ行ってんだ?」

「うん。ちょっと」


 変な顔をされながらコテージをとびだす。ユーベルを残していったのは、今の彼を会わせたくない相手のところへ行くためだ。


 僕が訪ねたのは四号コテージ。空室をデメテルの刑事が使っている。だが、僕が行ったときには誰もいなかった。エンパシーで脳波を探すと、ダグレスがコテージ村の中央あたりにいるとわかる。


 ダグレスは憩いの広場にいた。ほかの三人の刑事たちと、何かの検証をしているみたいだ。一人が広場のまんなかにあるセコイア杉にのぼっている。


「ダグレス。君を探してたんだ。でも、なんか忙しそうだね」


 ダグレスはほかの刑事に目くばせして、ぬけだしてくる。

「いや、かまわない」


 態度がぎこちない。きっとまだユーベルへの疑いが濃厚だからなんだろう。

 せっかく友人になれたのに、こんなことで疎遠になるのはつまらない。とは言え、ユーベルが犯人ではないと、僕にも言いきれない。ダグレスを説得する力が今のところなかった。


「じつは頼みがあって来たんだよ」

「頼み? どんな?」

「ここ数年のあいだに、ジョナサンが事故にまきこまれてないか調べてほしいんだ。もしかしたら、今度の事件に関係があるかもしれない」

「一号コテージのジョナサン・ダンパーだね。彼が何か?」

「いや、彼が怪しいわけじゃないんだ。ただ、ちょっと気になることがあって」


 僕はダグレスの信頼をとりもどすために、正直にさっきのジョナサンの話をうちあけた。


「——というわけなんだ」

「なるほど。仲間内で反目の種があったのか。調べてみよう」

「ありがとう。あの——」


 と言いかけて、自分でも何を言えばいいのかわからなくなり、僕は口ごもった。謝るのも変だし、ダグレスの疑念を知っているとも言えない。

 ガラス細工みたいな青い瞳に見つめられて、僕はあわてて手をふった。


「なんでもない。事件が解決したら、また飲もうよ」


 そうなんだ。事件がなければ、ダグレスもゲストとして僕らのコテージに招待してるはずだった。ふつうに休暇を楽しみたかったと、そのとき僕はしみじみ思った。


 僕が立ち去ろうとすると、ダグレスがひきとめた。

「タクミ」


 おたがいエンパシストだから、僕の気持ちが通じたんだろう。ダグレスもユーベルがいい子だって、早くわかってくれたらいいのに。


「うん。何?」

「管理人室の記録からわかったことなんだが、メリンダが殺害された時刻に、一時的にこのあたりの磁場が狂っている。何か気づいたことはないか?」


 チェッ。兄ちゃんめ。教えてくれてもいいのに。

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