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学生たちはとくに迷惑そうではなかったが、さりとて大歓迎というわけでもなかった。ああ、来たの、勝手にやってよといった調子だ。学生だからと言って遊んでるわけじゃないからね。変な衣装や小道具が山積みの僕らの部屋とは違い、全員、個別のコンピューターにむかい、黙々と作業を続けている。
とつぜん、やってきた僕とユーベルを見て、浮かれたのはニコラだけだ。
「いらっしゃい。なんですか? 僕たちの研究に興味がわいてきましたか?」
「思ってたより本格的にやってるんだねぇ」
僕はリビングのまんなかに映しだされた数百人の人名からなる系譜を感心してながめた。あちこちの壁にホログラムや図表が映写されている。共同作業用の資料だろう。
僕の感嘆を聞いて、ニコラが自慢げな視線を送ってよこしてきた。僕は思わず苦笑する。ユーベルの書いていたとおり、ニコラは僕に対して優越感を持ってるらしい。
「まあね。ここまでたどりつくのに大変な労力をついやしました。遺伝情報の権利はウルサイですからね。しかし、おかげで、エスパーに共通する塩基配列パターンを、何通りか割りだしました。ネオUSAの実験体のデータと照合し、サイキックイブを確認できたものもあります」
「へえ。すごいね。これ全部、ネオUSAの研究資料か。よくこんなに集めたなぁ。あれって国際機関の検閲で一般公開をさしとめられてるものも多いだろう?」
僕がジーンなんとかっていう女の子の肩越しにモニターをのぞくと、女子大生にとてつもなくイヤそうな顔をされた。モテない東洋人のセクハラだと思われただろうか。それとも、みんなで飲んだときに嫌われるようなことでもしたとか? 変だな。
「そうです。ほとんどの情報はトップシークレットですからね。まあ、開示されてる資料は全部集めました。それでできあがったのが、このエスパーの系図です。なんなら、あなたがた二人のイブも調べてあげましょうか? 遺伝子を提供してもらえば、どのパターンにあたるかはすぐにわかる。今わかってるのはパターンAからGまでだけど、東洋人はパターンFが多いんだ」と、ニコラが言う。
「いや、僕は別にいいよ。それに、ユーベルは未成年だから、そういう話は両親の許可がないと」
さっきと同じ言いわけで逃げる。ユーベルの遺伝情報なんか見せたら、トリプルAだってバレるじゃないか。でなくても、ニコラは急に途中から、ユーベルに興味を持ちだして……。
(あれ——?)
なんだか、閃いた。
そうなんだ。なぜ、ニコラはとつぜん、ユーベルに関心を持ったんだろう?
たとえ、ユーベルが世の中の九十パーセントの男をふりむかせる美少女だとしても、エスパー選民思想に凝りかたまったニコラの気をひくはずがない。ユーベルのことをBランクだと思ってるかぎりは。
(まさか……知ってる? ユーベルがトリプルAだってこと)
いや、そんなはずはない。
それは僕とユーベル自身しか知らないことだ。試験官だって知らない。ニコラは僕と同じAランクだから、僕やユーベルからその情報を読みとることはできない。エンパシーは自分より能力の強い相手に強引に侵入することはできない。ニコラがそれをできる相手は、Bランク以下——
(Bランク……そうか。ダグレスだ!)
ダグレスのエンパシーはBランクだ。ふだんはAランクに近いらしいが、感情が乱れると制御できなくなる。だから、捜査以外のときには制御ピアスをつけてる。
ということは、逆に言えば、捜査中ならピアスをつけず、マインドブロックも解いていることになる。ダグレスが事情聴取をするたびに、悪意のある相手なら思考を読むことができた。しかも、ユーベルの手記によれば、ダグレスはユーベルの正体を知っていた。
(ダグレスの思考を読んで、ユーベルの秘密を知ったんだ。だから、ニコラは第一の殺人の直後から、急にユーベルに関心を持った。メリンダと別れたのも、そのせいか)
そう考えれば、ニコラの態度の急変には納得がいく。
今だって、ユーベルがBランクだと思っているなら、遺伝情報を提供してくれなんて言わなかっただろう。
というより、さっきのは僕じゃなく、ユーベルのDNAが欲しかったから言いだしたに違いない。ユーベルがなびきそうもないから、遺伝子を手に入れ、悪用するつもりだったのではないだろうか。ここまで来ると、さすがにクレイジーなものを感じる。
案の定、ニコラは一瞬、すごく怖い目つきで僕をにらんだ。
「そう……まあ、そうだね。未成年だもんね」
ぷいっと背をむけるので、メリンダの話を聞くどころではなくなってしまった。どうも思うように調査が進まない。
「忙しそうだから帰るよ。ジャマしたね」
僕はユーベルの手をひいて退散する。
すると、僕らのあとを追いかけるように、一人の学生がコテージから出てきた。ユーベルが手記にモアイみたいと書いていたジョナサンだ。
「やあ、研究はいいの?」と聞くと、ジョナサンはニカッと笑った。湖のほうへ親指をむける。
「少し歩かない?」
どうやら、僕らと話したいらしい。
「ナイショ話ってことか」
「ま、そんなとこ」
内部告発めいたふんいきを感じて、僕はワクワクした。が、しばらく歩いたのち、ジョナサンが切りだしたのは、重厚な法廷物というより、中学生日記の内容だった。
「ニコラって、やなヤツだろ?」
「へ?」
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