2—1



 時刻は午後四時すぎ。

 彼は眠っているようだ。だが、僕がコテージに近づいていく気配を察知して起きてきた。おたがいにAランクのエンパシストなので——というより、別のある理由で、ほかの人間より脳波を感知しやすいのだ。


 ユーベルの勘がするどいというのは、こういうところだ。僕とあの人の類似点なんて、よく気づいたな。僕らは子どものころから似てるなんて言われたことは一度もないし、容姿だけでなく性格もまったく違う。オマケに今はあの人のほうが変装してるので、友人たちも誰一人、彼と僕の関係に気づいていないのに。


 僕が関係を隠しているのには、わけがある。その人の素性を知られてはいけないからだ。その人の職業上の問題で。


 森に来た初日、その人の脳波を感じた僕はずいぶん驚いた。できれば、こんなところではなく、正月に自宅の畳の上ででも再会したかった。


 僕がコテージの前に立つと、ドアをノックする前から、その人があけて迎え入れてくれる。


「なんだよ。こんな時間に」

「うん。ちょっと話したくて」


 彼は神経質にドアの外をうかがう。Aランクの僕らが二人いれば、不審人物の気配に気づかないわけがないのだが、これはこの人の性分だ。慎重でもあるんだろうけど、ちょっと猜疑心が強いんじゃないだろうか。同じ家で育って、どうしてこうも違うのか。


「兄ちゃん。いいかげん、なか入れてよ」

「ああ。入れよ」


 ヨアヒム・コンラッド——というのは偽名だ。本名、東堂泉。僕の三番めの兄である。職業は刑事。それも、インターポール所属特殊部隊ISGの隊員だ。


 ISGは二千六十三年にインターポールに新設された部署で、正式名称はインターポール・スペシャル・ガーディアン。超能力者の出現によって、多様化した凶悪犯罪に対抗するため、各都市の制約を越えて、独自に捜査するインターポールの実働隊として組織された。火星の独立戦争のころには、要人のガードやスパイとして暗躍した。暗殺も請け負ってたんじゃないかってウワサがある。


 今でもISG隊員は各種の過酷な訓練を受け、射撃、体術はもちろん、アストロノーツや医師免許も取得している超人集団だ。ESP能力を有することが望まれるので、世界一厳しい資格試験と呼ばれている。


 僕の兄弟は全員、数種の武道で有段者だが、なかでも泉の強さは群をぬいていた。それはもう子どものころからだ。ISG隊員になれるとしたら、泉しかいないと兄弟全員が認めていた。


 だからって、ISGでも、ことに危険な任務の多いフリーランスにならなくてもいいだろうに。


 いや、まあ、兄の破滅型傾向を匂わせる性格は、弟としては心配だが、このさい事件とは無関係だ。


 兄は今、なんらかの任務の遂行中だが、その仕事の内容は確実に国家機密だ。家族にも教えてもらえるわけがない。それは理解しているが、その任務がユーベルの逮捕ではないということだけでも知りたいところだ。


 もちろん、ユーベルがトリプルAランクだってことは泉にも秘密だ。だが、泉の情報源は国家なので、知っていても不思議はない。


「それで、話って?」と、兄はさぐるように聞いてくる。


「えーと、つまりその、ユーベルが殺人犯にまた襲われないように、カメラで監視することにしたんだよ。それで居場所がわかるように、発信機つけておきたいんだよね。イズ兄なら持ってるだろうと思って。わけてくれないかなぁ?」


 我ながら感心してしまうほど高度なウソだ。これならユーベルのためにもなるし、もしも泉がユーベルを逮捕するために来てるなら、この段階で発信機やカメラをつけてるはずだ。カメラ同士の位置で、自分のしてることが僕にばれてしまう可能性がある。即座に断るだろう。


 僕が心のなかで自分に拍手していると、兄はあっけなく承諾してくれた。


「ああ。いいよ」


 早い。早すぎる。あまりに反応が素直だ。この人が素直なのは何かを企んでるときだ。


 僕の考えが読まれたんだろうか? イズミはAランクのエンパシーとBランクのサイコキネシスが使える。エンパシー面では互角だ。そうそう思考を盗み読みはされないはずなんだが。


「ほらよ」


 兄はシール型の超小型発信機をわけてくれた。だが、そのあと急に、ニヤリとイヤな笑いかたをした。ほら来た。


「ところで、タクミ。おれに隠しごとしてないか?」

「えッ? 別に、してないよ」

「ふうん」


 かるくにらまれて、ビビる。

 ダメだ。ダメだ。このくらいでヘコタレててどうする。だから、ユーベルにヘタレなんて言われてしまうんだ。


「隠してることなんてないよ。それより、兄ちゃんこそ、この前、襲われたの、自分の仕事が関係してると思う? 兄ちゃんの任務と殺人事件が無関係なのかどうかくらい、教えてくれてもいいんじゃないの?」

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