10—2
ぼくは二人に説明を求められて、目がさめてからのことを語った。警察を呼ぶ必要もなく、ぼくがタクミに発したテレパシーを感知して、ダグレスがやってきた。デメテルシティポリスに応援が要請され、ぼくはそのとき初めて死体を見た。
ダグレスがたずねる。
「君を襲ったのは、この人か?」
死体の顔を見て、ぼくは瞬間、言葉を失った。
(ウソ。なんで、この人が……)
その人がぼくを襲ったのか、それとも、たまたま通りかかり、ぼくを助けようとして犯人の返り討ちにあってしまったのかはわからない。
ぼくは後者であってほしかった。親切にされたから、この人のことは好きだった。
あのナタみたいな凶器で頭を割られてたのは、役者のアルフレッド・ウォーレンだった。
「ひどい。誰がこんなことを……」
ぼくが涙ぐむのを、ダグレスは冷めた目でながめる。
「彼が襲ってきたのではないのか?」
「わからないよ。ぼくは透視能力者じゃないんだから」
ダグレスは自分の透視能力にコンプレックスを持ってた。怖い顔で、ぼくをにらむ。
ぼくはヨアヒムにひっついた。ほんとは、タクミにひっつきたいけど、それをしちゃいけないってくらいの理性はあった。
「まあまあ、刑事さん。あの霧じゃ、しかたありません。それより今回の事件は、この前の二件とは手口が違う。同一犯の犯行だろうか?」と、ヨアヒムがかばってくれる。
「さあ、どうでしょう。今の段階ではわかりません。さきほどのユーベルの証言が事実なら、少なくとも犯人はエスパーだということになる。それは前回の二件と同じだ」
素人が捜査に口出ししないでくれとでも言うのかと思ったのに、ダグレスは案外、丁寧に答えてる。もしかしたら、ぼくを疑って、あてこすりを言ったのかもしれない。
森には非常線が張られたけど、今回も犯人は捕まらなかった。同一犯かどうかはともかく、やっぱり犯人は宿泊客のなかにいるようだ。じゃないと、こんなにあっさり、非常線をかいくぐって町へ逃亡することはできない。
ぼくとタクミとヨアヒムは、刑事の質問がとぎれたところで、近くのヨアヒムのコテージに待機しに行った。
「コーヒーでも淹れようか?」
ヨアヒムは言ってくれたけど、タクミと顔をあわせてるのは気まずい。ぼくは首をふった。
「疲れたから、寝室で休んでる」
逃げだして、一人でベッドによこたわってるうちに、ほんとにウトウトしていた。あの怖い夢の続きを見そうで、睡魔に抗ってたせいか、ぼくの意識は、半分さめて、半分眠ってるような状態だ。タクミとヨアヒムがリビングで話す声が聞こえる。でも、何を話してるのか、内容までは聞きとれない。水のなかに響く音のよう。
「…………は、いっつもそうだよね。僕が封も切らずにとっといた大切なオモチャにかぎって、とってくんだ」
「今回のことは、おまえが悪いんだぞ。かわいそうじゃないか」
「わかってるよ。僕だって。だけど、しょうがないじゃないか。上の……なんだから」
そんな声がだんだん遠くなっていく。
かわりに、ぼくは自分にそそがれる誰かの視線を感じた。
窓の外に人がいて、ぼくをのぞいてる。ギョッとしたのは、ふつうの態度じゃなかったからだ。窓の端から頭の一部と片目だけ出して、ぼくを凝視してる。
その目に殺意とも怨念ともつかない情念を宿していて、ぼくはすくみあがった。叫ぼうとするのに声が出ない。ぼくは金縛りにかかっていた。
窓の外のそいつは、ぼくが動けないとわかると、不自然な態勢のまま腕を伸ばしてきた。窓をあけようとしてる。
でも、大丈夫。窓には鍵がかかってる。かんたんな掛け金式だけど、外からはあけられない。ガラスは強化製だし、めったなことでは割れない。割れたとしても、その音を聞きつけて、タクミたちがやってくる。
すると、そいつは、ぼくの考えを読んだように、ニヤッと笑った。
その瞬間、カチッと小さな音がした。見ると、掛け金が外れてる。
ぼくは悲鳴をあげた。やっと金縛りがとけた。
「ユーベル! どうしたの?」
タクミとヨアヒムがかけつけてきた。そのときには、あいつの姿はとっくに見えなくなっていた。
「やっぱり狙われてるんだ! 誰かがぼくを殺そうとしてる!」
朝から怖いことばかり続いたので、ぼくは半狂乱だ。泣いたりわめいたりして、二人になだめられた。
「大丈夫だよ。ユーベル。それは夢だよ」
「だけど、ほんとにいたんだよ。その窓の鍵をあけて、なかへ入ってこようとした」
ぼくの言いぶんを聞いて、タクミとヨアヒムは変な顔をする。
「なら、夢だ。ユーベル。ほら、ちゃんと鍵かかってる」
さっき、たしかにひらいたと思ったのに、鍵はかかっていた。
ぼくは気抜けして黙りこんだ。
それじゃ、さっきのあれはなんだったんだろう?
怖い怖いという思いが生んだ幻だったとでも?
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