9—3


 あ、この人、サリーと同じだ。そういえば、ふんいきも少し似てるかも。

 そう思うと、急に親近感がわいてくる。


「そうなんだ。ヨアヒムって、けっこう楽しい人だね」

「やっと気づいてくれた?」

「うん。フレークおかわりくれたら、もっと好きになるかも」


 その日は一日、ヨアヒムにひっついてた。

 ヨアヒムは朝夕の敷地内の巡回と、樹木の育成状況の調査以外は自由なので、いっしょに人造湖で釣りをしたり、釣った魚で作ったランチをご馳走になったりして、のんびりすごした。料理は絶品だし、それになんだか知らないけど、この人といると、ちょっと落ちつくんだよね。やっぱり、サリーに似てるからかな。


「お姫様。そろそろ夕方だけど、自分のコテージに帰らなくてもいいの?」

「いいよ。ぼく、帰りたくない。こっちに泊まったらダメ?」

「そりゃ君みたいに可愛い子に言われたら断れないさ。ま、君の彼氏には、いい薬になったんじゃないかな。いちおう電話で知らせておこう」


 ぼくはそのまま、ヨアヒムのコテージに泊まりこんだ。ヨアヒムは今さら、すごく紳士。ぼくを空室になってる寝室につれていった。


「ぼく、夜中にさみしくなったら、そっちのベッドに行くからね」

「それはよしたほうがいいんじゃない? おれは花嫁さんには結婚するまで手をつけないタイプなんだ。古風だろ?」

「ウソつき。じゃあ、この前のことは?」


 ヨアヒムはニヤニヤ笑いだす。

 そこ、笑うとこかな?


「まあ、修行がたりなかったってことで」


 ヨアヒムのシャツをパジャマがわりに借りて、ぼくは真新しいシーツにとりかえたばかりのベッドによこたわった。寝られるか心配だったけど、いつのまにか眠っていた。


「さっさと出ろ。十四号」


 とつぜん、冷たい声で命じられる。

 ぼくは自分がどこにいるのか、一瞬、わからなかった。

 合金の壁でかこまれた、せまい牢獄のなか。この前の夢の続きを見ているのだと、やっとわかった。


 牢獄の外から見おろしてるのは、気密服みたいなものを着た二人の男。レーザーの照準をピタリとぼくにあわせている。

 ぼくはこみあげてくる恐怖を、そのまま言葉にして吐きだした。


「イヤだ! 死にたくないッ。来ないで。ぼくを殺さないで!」


 ぼくは体を伸ばして眠ることもできないスペースで、できるかぎり奥へ逃げこんだ。男たちは舌打ちして顔を見あわせると、一方がもう一方にアゴをしゃくった。一人は銃をおろして、先端に輪のついた棒のようなものを身構えた。


 それがなんなのか、ぼくは知っていた。誰かがわめいたり、命令に逆らったときに首につけられる枷だ。言うことをきかないと、容赦なく電流が流される。


「イヤだ! 助けてッ。殺さないで!」


 ぼくは必死になって首をふった。だけど、取り乱した囚人のあつかいに、男たちはなれている。抵抗もむなしく首枷をつけられ、電気を流された。自分の口から人間のものとは思えない悲鳴があがるのを、ぼくはどこか遠くのほうで聞いている気がした。


 もうろうとするぼくを、看守は首枷についた棒を持って独房からつれだす。そのまま、犬のように廊下をひきずられていった。


 廊下のさきには厳重に電子ロックされたハッチがかまえている。ハッチは何重にもなっていて、あいだの殺菌室を通りすぎると、そのさきにあるのはラボだ。ぼくもこれまで何度もそこへつれだされ、さまざまな苦痛をともなう実験や検査をされた。


 だが、今回はいつもと違うことを、ぼくはすでに知っていた。今度こそ、ぼくはアレをやられてしまうのだ。もうおしまいだ。ぼくも、これまで死んだ多くの仲間と同様、ついに恐ろしい研究の実験台となって命を落とすんだ。


(たった一度でいい。青い空をこの目で見たかった。ぼくがもし、ふつうに生まれてきた子どもだったなら……)


 ここを逃げだしたい。それが叶わないなら、せめて、あの夢の続きを見たい。幸福な、あの夢……。


 ハッチが次々にひらいていく。目の前にラボの白い光が広がった。


 ぼくは即座に手術台に固定された。気密服を着た研究員が数人、ぼくをとりかこんでいた。ぼくの脳波や血圧などの数値を見ながらうなずく。


「始めよう」


 くぐもった声が、ぼくの死刑を宣告した。


 研究員の一人がガラスのピストルみたいな形の注射器をとりだす。内部におさまったアンプルの液体が、淡いピンク色にゆれている。以前、ぼくの目の前で死んだ仲間から聞いたのと同じ薬……。


「イヤだ! まだ死にたくない。あんな……あんな死にかたしたくない!」


 ぼくは叫んだ。だが、すぐに舌をかまないための器具をはめられた。


「血圧、上昇しています」

「脳波、危険域」

「十四号の超能力レベルは?」

「装置の処理内です。問題ありません」

「よし。注入だ」


 早口の言葉が、ぼくの上をとびかう。

 ぼくの腕に注射器が押しつけられた。死の液体は、ゆっくりと、ぼくのなかに侵入してきた。

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