7—3


 およっ。タクミの声だ。

 タクミ、この前あんなことあったのに、まだ朝の散歩続けてるのか。

 答えたのは、ニコラのようだ。


「それが、メリンダがコテージにいないんです。外にいるとしか思えなくて」


「あんたが、あんなこと言うからだよ」と言うその声は、大学生の一人で、なんて名前だったかなぁ。前のときはギャラハドばっかり気になってたから。顔はおぼえてる。イースター島のモアイみたいに、おでこが広いんだ。


 会話は続いてる。


「それはまあ、一方的に婚約破棄したのは悪かった。だけど、愛がさめたのに心を偽って結婚することはできないよ。メリンダも納得してくれてると思ったんだがなぁ」


 昨日あたりから、とつぜん、ぼくの機嫌をとりだしたニコラは、ついにフィアンセと破局したらしい。あの言いかただと、強引にふったって感じだ。それで失恋したメリンダは、ショックで行方をくらましたのか。


「いつから姿が見えないんですか?」と、タクミ。

「寝室はみんな別々だから、よくわからないんだが、昨夜の零時くらいまでは、みんなが順番にシャワー使ったりしてた。だから、そのあとかな」

「みんなが眠ってるあいだに、一人でアテネの自宅に帰ったってことはないの?」

「部屋に荷物が残ってる」

「じゃあ、森のなかにいるわけか。手分けして探そう」


 ぼくは話を聞きながら、大あわてで着替えた。よかった。なんとか、まにあった。おとついと同じショートパンツのジッパーをあげながら、窓から首をつきだす。


「待ってぇ。タクミ。ぼくも行くよ」


 君はコテージで待っててとかなんとか、タクミが言うのには、もう聞こえないふりだ。階段をかけおりると、その音で何人か目をさましたみたいだけど、ごめん。ゆるして。


 タクミはしょうがなさそうに玄関さきで待ってた。ぼくが一人で追いかけてくるよりマシと考えたんだろう。賢明な判断だ。


 ぼくは小鹿のようにジャンプして、タクミの首に抱きつく。

 そのうしろに、ニコラたち四人の男子学生がそろってた。ギャラハドは霧のなかで、ますます青白い。ぼくを見て、口のなかでブツブツ言いながら顔をそむけたよ。あいかわらず、失礼だなぁ。


「じゃあ、二人ずつ組みになって探そう。何かあったらテレパシーで連絡とりあうことにして」


 タクミの言葉にみんな、うなずく。ニコラだけは神妙な顔つきでモゴモゴ言う。


「さっきから、エンパシーでメリンダを探してるんですが……」


 ハッキリ言わないのは、すでに予感があったのかもしれない。元恋人の脳波を、Aランクのエンパシストが探しあてられないなんて、ふつうじゃない。メリンダの脳波が停止しているとでもいうんじゃないかぎり……。


「僕はあんまり、その人のこと知らないから、脳波では探せないけど、とりあえず、コンラッドさんに連絡入れてみる。あの人も見まわりの時間だから、巡回しながら探してくれると思う」

「じゃあ、トウドウさんたちは裏手のほうお願いします。僕とギイで東、ジョナサンたち西へ行ってくれ」


 ニコラがふりわけて、それぞれの方角にちらばった。

 しつこいニコラがぼくらについてくるんじゃないかと心配してたんだけど、そうだよね。いくらなんでも自分がふった彼女が行方不明ってときに、つきまとったりしないよね。


「タクミ。怖いよ。手、つないで。離しちゃイヤだよ?」


 ぼくはガツンと甘えてやった。ほんとは怖いわけじゃないんだけど、タクミはしっかり、ぼくの手をにぎりしめる。あいかわらず、すぐだまされるなぁ。ほくほくしながら、タクミとコテージの裏手にまわっていく。


「うーん。ほんとだな。メリンダらしい脳波は感じられないや。コテージのなかに眠ってる人の脳波があるだけ。あの高速で移動してるのが、小型反重力カーで移動してるコンラッドさんだな」


 タクミは言いながらカードパソコンをとりだした。ヨアヒムに連絡したあと、また歩きだす。


「刑事には知らせなくていいの?」

「ヨアヒムが知らせてくれるよ。それにしても……」


 タクミは途中でやめるけど、何が言いたいのかはわかる。ぼくもメリンダはもう無事じゃないだろうと思っていた。


「この前の犯人かな? タクミ」

「まだ殺されたと決まったわけじゃないけどね。気になるんだよ。この前のフィッシャーさんの遺体、なんか似てるだろ? 前にヨアヒムが話してた、五十年前の殺人事件の被害者と」


 全身の穴という穴から血を流した凄惨な死体。

 まさか、十三号棟の怪人の仕業だとでも言うのだろうか?

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