7—2
そのあと、二人はカード製作の話を始めたので、ぼくは何も聞いてないふりして、サニタリールームから出ていった。別に聞こえたからって悪い内容じゃないと思うけど、マーティンにとってマヌエラのことは、人前では打ちあけにくい苦い思い出みたいだから。
それにしても、今の話で、ぼくはとんでもないことを思いついてしまった。
この世界のどこかには、ほかにも、ぼくと同じ遺伝子を持つ人間がいるかもしれない。たとえ戸籍上は赤の他人でも、姿形は違っても、ぼくと同ていどの超能力を使える兄弟が。
そういうなかの一人が常軌を逸して殺人犯になっていないと、どうして言いきれるだろう?
ぼくだって、あんな事故を起こした張本人だ。似たようなことをしでかしたやつがいるかもしれない。
昨夜の刑務所のなかみたいな夢を思いだして、ぼくは背筋が寒くなった。
もしかして、あの夢はそういうこと?
ぼくの兄弟のなかに、すでに殺人を犯して、いつ処刑されるかわからない死刑囚がいるって?
「ユーベル。ぐあい悪いの?」
急にタクミの声がして、我に返る。
「ちょっと、怖い夢見たから……」
「どんな夢?」
聞かれたけど、ぼくは答える気分じゃなかった。ムッツリしてると、マーティンがぼくの背中に衣装を一式、押しつけてきた。
「おまえ、それ着て、タクミのとなりに立ってろ」
言うだけ言って外へ出ていく。あいかわらず強引な人だ。でも、それはマーティンなりの気遣いだったのかもしれない。
コスプレはミニスカのメイド服だった。定番のスタイルだけど、それをながめたタクミの顔を見て、ぼくは心からマーティンに感謝した。
おかげで撮影のあいだじゅう、あーんしてあげたり、ナプキンで口ふいてあげたり、タクミにベッタリできて、いつのまにか、不安な気持ちなんて忘れていた。
そう言えば、無気味なくらいなごやかだと思ったら、ルナがいないせいだ。いつもなら、こんなとき必ずジャマに入ってくるのに。
不審に思って、こっそり耳打ちで聞いてみる。お返しに、タクミも両手で自分の口をかこって、ぼくの耳にあてがった。
「今朝、マネージャーさんが来て、話しあってるんだよ。静養のはずが殺人事件なんて起こったから、気が休まらないんじゃないかって」
しめしめ。そのままマネージャーにつれもどされちゃえばいいのに。
とは言っても、宿泊客は全員、容疑者だ。刑事がすんなり帰してくれないだろうな。今だって、森から出るときは刑事を監視につけると言われてるのに。
刑事と言えば、今日はまだダグレスも見かけない。かわりに昨日に引き続き、となりのニコラが見物に来た。
この人、もしかして研究が
「その服も似合うね。ユーベルちゃん。君みたいに可愛いメイドさんに、僕も給仕してもらいたいなぁ」
うるさいなぁ。ぼくが給仕してあげたいのは、タクミだけなんだけど。ほっといてよ——って言えればいいんだけど、ぼくは知らない人と話すのが苦手だ。なので、ぶっきらぼうに一言だけ返す。
「彼女が心配してるよ」
ニコラはチラリと、うしろに立ってる恋人をかえりみた。青ざめてひきつった顔つきはゴブリンの置物みたい。
ニコラは肩をすくめるばかりだ。
「別に僕らは結婚してるわけじゃない。誰か一人に縛られることはないさ」
でも、あんた、以前、フィアンセだって紹介してなかったっけ? それって結婚を約束してるって意味だよ? わかってんの?
ぼくはニコラを無視して、タクミにひっついていた。ニコラは途中であきらめて自分たちのコテージに帰っていったけど、最後にタクミのこと、スゴイ目でにらんでたなぁ。
「ぼくがBランクだからって鼻で笑ってたのに、今さら手のひら返されたってね。なつくわけないよ」
「うーん。もしかしたら、彼、コスプレマニアなのかも。メイドとかナースとか婦警さんのカッコが好きなんだよ」
「タクミねぇ。自分といっしょにしないの」
「はい。すいません。妄想でした」
そんなこと話してるうちに昼前になった。ぼくらは舞台セットを片づける。撮影をかねて、みんながたらふくお茶を飲んだので、お昼ご飯はぬくことになった。
毎日がこんなふうにのんびりしてたらいいのになぁ。
でも、それは叶わぬ願いだった。
翌朝の霧のなかで、またもや事件は起こった。
おーい、おーいと呼ぶかすかな声で、ぼくは目をさました。ねぼけながら外を見ると、霧のなかにうっすらと人影が見える。こんなとき透視ができたら便利なのに。窓をあけて目をこらしてみても、姿はよく見えない。ただ、声は聞こえた。
「どうかしたんですか?」
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