7—1



 前もって断っとく。

 ぼくにはちょっと変わった能力がある。

 ぼくのエンパシーはもともとトリプルAなのに、睡眠中にはその力がさらに強くなる。

 以前、エンデュミオンの夢をばらまいて、月や火星の人まで神経症にしてしまったのは、この力のせいだ。


 ぼくは自分が眠ってるとき、別の睡眠中の人の夢をエンパシーでキャッチして、その他大勢の人にその夢を見せることができる。


 最近はコントロールができるようになって、むやみに夢をくばることはなくなった。


 でも、まだ他人の夢に感染する力は完全に制御できない。ぼくが不安な気持ちになってるときや、まわりに深い悩みをかかえてる人がいるときなど、光に吸いよせられていく蛾みたいに、ぼくの意識はフラフラと他人の夢の世界に迷いこんでしまう。


 その夢を見たとたん、ぼくは感じた。いつも他人の夢に感応したときの捕らわれたような感覚だ。


 冷たい合金製の壁が周囲をかこんでいた。それはほとんど立っているのが精一杯くらいのせまい空間だ。

 壁の一面だけが強化ガラスでできていた。廊下からの薄明かりが室内を照らしている。廊下をはさんで似たような小部屋が、ずらりとならんでいるのが見える。小部屋のなかには白い服を着た人間が一人ずつ、うずくまっていた。


 まるで牢獄だ。いや、まるで、ではないのかもしれない。そこは刑務所のなかじゃないかと、ぼくは思った。


 イヤな夢を見てるなと考えていると、廊下に足音が響いた。高く、冷たい金属的な音。やがて、白づくめの男が二人、現れる。


 なぜかはわからないけど、その二人の足音は、ぼくの心臓を苦しくさせた。たのむから通りすぎてくれと、そればかりを願っていた。廊下の二人は機械的に一室ずつの番号をたしかめながら進んでくる。ぼくの心臓は耳鳴りのように、頭の奥で激しい鼓動を乱打させた。


 ぼくではありませんように。

 ぼくではありませんように。


 それは、ここから出されることが、電気椅子の前につれだされるときだと知っている、死刑囚の気持ち。

 だが、願いは虚しく、足音はぼくの前で止まった。


「十四号、出ろ」


 ぼくは恐怖のあまり、めまいを感じ、そのまま意識を失った。


 気がつけば、健康的な朝の日差しが窓からさしこんでいた。わけはわからないけど、涙が出るほど嬉しかった。


 よかった。こっちが現実なんだよね。怖い夢見ちゃった。


 ぼくは急いでパジャマをぬぎすてて、可愛いワンピに着替えた。階下へおりると、リビングの時計は十時前を示していた。


 みんな、とっくに起きているはずなのに、コテージのなかには人の気配がない。怖い夢のせいで不安な気分になりそう。


 でも、よく見ると、窓の外で、みんなが庭にテーブルを持ちだして食事のセッティングしている。それも仮装した姿でだ。きっと、マーティンの提案だろう。園遊会のティータイムっぽくしたいんじゃないかな。


 ほっとして、ぼくは顔を洗いにサニタリールームへ入った。お肌のお手入れは入念にしとかなくちゃね。

 ぼくが洗面台でいっしょうけんめい鏡にむかってると、玄関のひらく音がして誰かが入ってきた。タクミとマーティンの声だ。


「ミシェルとノーマはどうすんの? いないけど」

「そこはそれ。ちゃんと前に全員で飲んだときの映像が撮ってある。合成すれば行けるだろ」

「うわぁ。ちゃっかりしてるなぁ。いつのまにそんなもの。ぜんぜん気づかなかった」


 声は話しながら移動している。階段へむかってるみたいだ。ぼくを起こしに行くつもりかな。


「ユーベル、いつまで寝てるんだろうな。昨日、ようすが変だったからなぁ。僕、見てくるよ」


 もう起きてるよと言おうとしたとき、マーティンがタクミを呼びとめた。口調が深刻だ。ぼくは二人の前に出そこねてしまう。


「なあ、タクミ。前に話したことあったよな。蝶を盗んで処刑された幼なじみのこと」

「ああ、うん。どうしたの? 急に」

「いや、別にどうってわけじゃないけどな。サイキックイブの話がちょっと気になって」


 ああ、ニコラたちの研究のことか。

 マーティンは続ける。


「考えたんだけど、マヌエラって超能力者だったんだよ。おれはエンパシーだけで、それもBランクだ。しかし、あいつはエンパシーとサイコキネシスが使えた。蝶を盗んだのも、その力を使ってやったんだ。ガキのころからセラピスト協会からスカウトに来てた。ちゃんと訓練したら、将来はすげえエスパーになるだろうってね」


「マヌエラって、ユーベルにそっくりだったって子だよね?」

「ああ。どっちかが、どっちかのクローンじゃないかってくらい似てた」

「つまり、二人はニコラたちの言う遺伝子上の兄弟じゃないかってこと?」

「そう考えると納得できる。やつらの研究は、まんざらデタラメじゃないみたいだな」

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