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 初動捜査でわかったことは、被害者の死亡推定時刻と死因。


 ぼくらが見つけたとき、霧にぬれて冷たかったから、死んでからかなり時間が経ってるのかと思ったけど、じつは意外と微妙な時間帯だった。


 正確には午前五時四十分すぎ。

 これは、ぼくらが死体を発見する十五分前のこと。ぼくで言うなら、アルフレッドと会う直前くらい。ちょうど、ぼくらがバラバラで歩きまわってたころみたいだ。つまり、おたがいにアリバイがない。


 もちろん、コテージのなかで寝てた人たちだって、あの霧だと、人知れず外に出て犯行におよぶことはできた。

 だから、それだけで、ぼくたちの容疑が決まるってほどではないんだけど、被害者が殺害された時間に確実に外にいたことがわかってるぶん、ほかの泊まり客にくらべて、やや嫌疑が濃厚。


 ちなみに、死体をいちべつして去っていった怪しい男は、十二号コテージを借りてる工芸家のロミオ・アレグロだとわかった。ロミオだのギャラハドだの、感傷的な名前の人が多いなぁ。


 ジュリエットが死んだと勘違いして、墓場を徘徊してるようなロミオは、十年以上も前から十二号コテージを借りきって、森に住みついてるらしい。十年も森にこもって、何を造ってるんだろう? やっぱり芸術家って変わった人が多い。


 ところで、ぼくがもっと困ったのは死因のほうだ。

 じつはこういう情報は、ダグレスから得た。刑事の彼が容疑者圏内にいるぼくらに内部情報をもらすのには、わけがある。それはエミリーの配偶者だからでも、タクミの友人だからでもない。たぶん、そういう話題をふって、ぼくの反応を見てたんだと思う。


 夜になり、死体発見現場はまだ立ち入り禁止のままだけど、シティポリスはデメテルにひきあげていった。遺体もとっくに解剖にまわされている。


 まだ殺人犯が森のなかにとどまってる公算が高いので、特別警戒態勢ってことで、空室の六人用四号コテージに数人の警官が泊まりこんでる。そのうちの一人がダグレスってわけ。


 ダグレスは夕方になると、今は刑事ではなく個人だからと断って、ぼくらのコテージにやってきた。エミリーに会いたいだけだったのかもしれないけどね。


 ダグレスとエミリーは人前でイチャついたりはしないものの、二人のあいだに濃密に行きかう思念は感じとれる。

 エミリーはダグレスが危険の多い殺人課の刑事をしてることが心配なようだ。以前みたいに税関の荷物検査に戻ってほしいと考えてる。ダグレスの透視能力を百パーセント活かすなら、ぼくもそっちのほうがむいてると思う。


「ダグレス。殺人事件なんですってね。わたしは見に行かなかったけど、残酷な死体だったって聞いたわ」

「あんなもの見なくて正解だ。食事ができなくなる」


 たしかに、すごい死体ではあった。ぼくは小さいころから、ああいうの見なれてるけど、ふつうの人なら気絶してるかも。

 全身がグッショリぬれて、血の海ってのは、あのことだよね。どこが致命傷なのかわからないほど、耳から鼻から口から、血がふきだしてた。


 死体の話が出たせいで、食卓の話題は殺人事件一択。

 そりゃまあ、みんな気になるよね。誰が犯人かもわからないし。死亡推定時刻や死因については、このとき、ダグレスが語った。


「気にかかってるんだけど、フィッシャーさんってどうやって殺されたの? ああ、情報漏洩かな? 言えないんならいいんだ」


 タクミが遠慮がちに問いかける。ダグレスは何やら考える目つきになった。


「内臓破裂による失血と心肺停止。ただし、外傷はない」


 それで、なんで、ぼくのほうを見るのかなって思ったら、翌日。


 前日に付き人が殺されるなんてことがあったので、その日、三号コテージの住人はなりをひそめていた。もしかしたら、葬式に行ってたのかもね。


 お茶に来いなんて言われなくて、ぼくは平穏な一日をすごした。あいかわらずルナは押しかけてきたけど、さすがに気がひけるのか、嫌がらせもされなかった。


 タクミたちはやっと本来の目的の撮影だ。朝から何度も衣装をとっかえひっかえ、本格的にとりくむ。マーティンに言われるがままにポーズをとるタクミを見て、ぼくも幸せ。こういうときのタクミはカッコイイ。


「タクミは武道やってるから動きにキレがあるよな。あんなアクションやれって言われても、おれらじゃムリだ」


 肩をすくめるジャンたちを、マーティンは画像チェックしながら笑う。


「ふつうのやつに空中三回転やれなんて言わないさ。大丈夫。そう思って、ここをロケ地にしたんだ。午後から外に出よう。月重力ならいろいろできるだろ」


 なるほど。月重力なら二、三メートルのジャンプくらい、ちょろいよね。そういう目的で、ここを選んだのか。マーティンって意外と計算してるんだ。


 で、そのマーティンが言った。

「それと、アニメのコスプレもいいけど、一個くらいオリジナルも作ろう。民族衣装なんかいい。ジャンはミシェルとロココ調貴族ファッション。エドは闘牛士な。見ための釣りあいがいいから、ノーマがカルメン。エミリーはどうにか旦那ひっぱりこんで、いっしょに不思議の国のアリスやってくれ。シェリルはマリリン・モンロー。化粧濃いめでキュートなパロディっぽく」


 マーティンの案をみんな、おもしろがった。


「いいね。それ」

「でも、ダグレスがなんて言うかな。あの人、人前に出るようなこと嫌うから」

「ねぇ、マリリン・モンローって民族衣装じゃないんだけど?」


 みんながキャアキャア言うなかで、ご指名のないタクミは首をかしげてる。どうしてタクミって、やることなすこと可愛いんだろうなぁ。もう、ハグしちゃうぞ。


「マーティン。僕は何したらいいの?」

「タクミは東洋人だから、アジアの衣装がいいな。オイランとか」

「はあッ? 花魁おいらんって女装だよ? カンベンしてェッ!」


 ぼくはタクミのオイランも見たかったけどね。マーティンはタクミをからかってただけみたい。お腹かかえて笑いだす。


「ウソだよ。チャイナ服とかいいかな。デカデカと竜の刺繍ししゅうがあって、青龍刀か? 中国の刀持って、ワイヤーアクションっぽくさ。カンフーの動きもできるだろ?」

「遊びでトリッキングもやってるから、できると思うよ。マーシャルアーツの技を人に見せるために派手にした競技なんだけど」


 打ちあわせのあと、午後から大人たちは外へ出ていく。もちろん、ぼくもついていった。


 ルナがいるのはシャクだけど、撮影は楽しかった。イヴォンヌのとこより、ホームメイドで和気あいあいして、ぼくはやっぱり、こっちのほうがいいなぁ。


 ぼくたちがあんまり愉快にやってるせいか、一号コテージの大学生が見学に来たのが三時くらい。

 気になるギャラハドはいない。エセ好青年のニコラと彼女のメリンダだ。もしかしたら、撮影よりも昨日の殺人事件について、情報収集に来たのかもしれない。

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