5—3


「た……タクミーッ!」

「わッ。死体だ」


 ぼくたちは抱きあったまま、恐る恐る死体をのぞきこんだ。


 死体は知ってる顔だった。イヴォンヌの付き人だ。たしか、レマ・フィッシャーとか言ったっけ。ぱっと見は若いんだけど、よく見ると目の下に深いしわがある。わりと年なのかも。イヴォンヌのわがままに寡黙かもくにつきあってあげてる印象しかないけど、見間違えじゃない。


「死んでるよぉ。タクミ」

「け、警察呼ばなくちゃ。いや、その前にヨアヒムかな」


 うろたえてるところに、背後から近づいてくる者があった。


「悲鳴が聞こえたね」


 今度は誰——と思ってふりかえる。

 初めて見る男が立っていた。鷲鼻のハンサムで、目つきが怪しい。するどいくせに、どこを見てるのかわからない。なんだか、ほかの人には見えないものを、この人だけが見てるみたい。それも、ただ見てるっていうより、凝視してる。


「ああ、死体か。森に死体はつきものだ。そのうち自然に還る」


 そう言って、ふらりと立ち去ってしまった。

 なんなんだ。この人。怖い。


「今の人、変だよ。あいつが殺したんじゃないの?」

「うーん。常軌を逸してたなぁ」


 とにかく、タクミの携帯でヨアヒムを呼んで、最終的には警察に来てもらうことになった。デメテルのシティポリスだけど、なかに一人だけ知った人がまじってる。エミリーの結婚相手、ダグレスだ。

 超能力捜査官の数は少ないので、しばしば複数の都市の事件にかりださせる。もっとも、今回は事件現場の場所を聞いて、新妻の身を案じたダグレスが、自ら志願してきたのかもしれない。


 ダグレスは事情聴取を受けるぼくとタクミを見て、ため息をついた。


「君たちは信じられない確率で、殺人事件に遭遇するんだな」


 そんなこと言われたって、ぼくだって好きで死体につまずいたわけじゃないよ。


「やっぱり殺されたんですか? あの人」


 タクミがたずねると、そばで聞いてた警官がにらんだ。

 ダグレスがかるく手をあげて請け負う。


「彼らはいいんだ。以前にも、殺人事件の解決に協力してもらったことがある」


 まあ、協力はした。

 でも、この人、ぼくのこと嫌ってるんだよね。原因がよくわからないんだけど、どうも当人が透視能力を持ってるせいみたい。


 霧が晴れて、みんなが起きだす時間になっていた。警察の張ったキープアウトのテープのむこうに野次馬が集まってる。となりの一号の女子大生や、二人組みの若い旅行客の女とかが、黒髪に青い瞳のダグレスを見て、ため息をついてる。たしかに顔だけなら、ジャンやアルフレッドに負けてない。


 ダグレスはそのまま、僕らの聴取を始める。それが超能力捜査官の仕事だからだ。関係者の証言の真偽の判定を、エンパシーでおこなう。


 ちなみに、ダグレスはBランクのエンパシーとAランクの透視能力が使える。


 ぼくやタクミはAランク以上のエンパシストだから、他人に脳内をのぞかれないよう、マインドブロックをかけることができる。ダグレスのエンパシーでは侵入することができないんだけど、表向きBランクってことにしてるぼくは、ふだん、超能力制御ピアスをつけてごまかしてた。これさえつけておけば、ランクに関係なく、外からのESPを遮断できる。


 でも、今日はタクミを追いかけるために、あわてて出てきたから、ピアスをつける時間がなかったんだよね。殺人事件に遭遇するなんて思ってもみなかったし。


 ダグレスはぼくの耳にピアスがないことをめざとく認めた。ぼくのほうにエンパシーを送ってきて、思考に干渉しようとする。


 困ったな。どうしようかな。

 ぼくがほんとにBランクなら、同じBランクのダグレスの念波をさえぎることはできない。同じランク内でも個人差があるんだけど、ダグレスはほぼAランクに近いって話だし。それだと、ぼくが拒めるのはなおさらおかしい。


 でも、こっちは他人に知られちゃいけない秘密がいっぱいあるんだよね。ぼくがエンデュミオンだったこととか、崩落事故を起こしたこととか、何より、オリジナルの記憶を九十パーセント以上保有してることとか。


 読まれるわけにはいかないので、ぼくはかるくガードを張った。あくまで、かるくのつもりだったんだけど、そのとたんに、ダグレスのハンサムな顔が険しくなった。妙な目つきで、ぼくをにらむ。


 やだなぁ。やっぱり苦手だよ。


 ぼくはタクミの背中に張りついて隠れた。なおも、ダグレスの思念がまとわりついて、さぐりを入れてくる。


 しょうがなくガードをひらいて、ぼくはわざと今朝からのことを思いだしていた。彼が早く納得してくれるのを待ちながらガマン。


 だけど、事件とは関係ない、ぼくの意識の奥深くへ、どんどん入ってこようとする。ぼくは思わず、えいやッとダグレスの意識をふりはらった。


 ダグレスは「あッ」と声をあげて、ぐらりと上体をゆらした。そのまま失神してしまう。


「ダグレス!」


 タクミが抱きとめたからケガはなかったけど……そんなに強い力じゃなかったのに、人間相手にPKを使うのは難しいね。失敗。失敗。


「ダグレス、どうしたの?」


 タクミが呼びかけると、すぐに、ダグレスは意識をとりもどした。


「ダグレス、大丈夫? 救急車呼ぼうか?」


 タクミはぼくのサイコキネシスが原因だと気づいてないらしい。よかった。いや、よくないのか。ぼくのESP制御が不完全だと思ってもらえたら、またタクミがぼくの先生になってくれる。


 ぼくが言いわけしようとしたとき、ダグレスが自力で立ちあがった。


「うかつに電気クラゲにふれて刺されてしまった」


 なにそれ。電気クラゲは失礼じゃない?


「ダグレス、ほんとにいいの?」


 不安そうなタクミを手で制して、ダグレスは何事もなく聴取を再開した。


「第一発見者はディアナ在住、タクミ・トウドウとユーベル・ラ=デュランヴィリエの両名。散歩中、口論となり、ユーベルが走りだしたところ、遺体に接触した。これに間違いありませんね?」


 当然、受け答えはタクミ。


「うん。霧がすごくて足元がぜんぜん見えなくてね。だから、いつからそこに死体があったかわからないんだ。ただ、死体発見前後、僕らのほかに、少なくとも二人が現場付近にいた。一人はユーベルを送ってくれた俳優のウォーレンさん。もう一人は僕も名前知らないんだけど、宿泊客の一人なんだと思う」


 森に死体はつきものって言ってた、無気味な男ね。

 ぼくは気になって口をはさんだ。


「違うよ。タクミ。もう一人いたよね。ぼくたちが出会ったとき、タクミは管理人といっしょだった」


 なぜか、タクミはすごく意表をつかれたような顔をした。


「……ああ。そうだったね。管理人のコンラッドさん。うっかり忘れてた」


 うっかり……? それって大事なことだと思うけど。

 やっぱり、なんか変だよ。タクミ。

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