5—2
ぼくは熟知しているタクミの脳波をエンパシーで追跡した。あんまり、それに集中してたから、ほんとに何度も木にぶつかりそうになった。
そんなに必死になってたのに、やっぱり、タクミは武術家なんだな。だんだん引き離されて、気配は遠くなっていく。ぼくは困ってしまった。
「ばふぅ」
あわててたので、ほんとにぶつかった。でも、木の幹じゃなかった。杉の木みたいにノッポだけど、二本足がついてる。人間だ。ヤダな。ばふぅ、とか言っちゃった。
「ああ、ごめん。霧で見えなかった。今の声、ユーベルかい? ケガはない?」
紳士的に助け起こしてくれたのは、大女優がお気に入りの二枚目俳優だ。なんで、こんなとこにいるんだろう? 霧だし、早朝だよ? と思ってたら、逆に問いつめられてしまった。
「女の子がこんな時間に、一人で何してるんだ?」
ああ、そうだよね。他人から見たら、ぼくだって怪しいよね。
「タクミと散歩してたんだけど、はぐれちゃって。ウォーレンさんこそ、何してるの?」
「僕も散歩さ。しかし、迷子の女の子をほっとけないな。いっしょに君の彼氏を探してあげるよ」
ぼくが安心して即席ナイトを頼んだのは、この人が送り狼になるはずがないことを知ってたからだ。
たぶん、職業柄、自分の性癖を隠してるんだろうけど、ぼくにはわかってる。この人のタクミを見る目。あれはゲイの目だ。
かわいそうに、タクミは自分が男からそんなふうに見られてるとは気づいてないみたいだけどね。
まあ、そのおかげで、ぼくにとって、この人は人畜無害な羊にすぎない。
ゲイのなかには女を敵視する人もいるけど、彼は女嫌いなわけじゃないらしく、ひたすら紳士的だ。イヴォンヌはそういうとこを気に入ってるんだろうな。ただ、イヴォンヌとは男の趣味がかぶっちゃうかもだけど。
「ありがとう。この霧だから困ってたんだ。タクミはあっちのほうにいるみたい」
「ああ、君はエンパシストだったっけね」
「うん。Bランク。ウォーレンさんもエンパシストなんじゃないの?」
「へえ。よくわかったなぁ。僕はCランクだから、ふだんの役には立たないけどね。まあ、相手のエンパシーが強ければ、受けることくらいはできるよ」
ぼくは女の子にとって、すごく便利な番犬を得て、ハツラツと森のなかを歩きだした。
アルフレッドは光線の角度によって色の変わって見える、メタリックカラーのブラックブラウンの(つまり、黒と茶の二色に見える)髪をかきあげながら微笑する。スクリーンのなかで女性ファンを悩殺する笑顔だ。
「君って容姿はすごく女の子らしいのに、ときどき男の子みたいに見えるよね。仕草や、その口調のせいかな」
あ、やっぱり、ゲイだからかな。するどい。
「ぼく、ちょっと前まで男だったから」
「性転換したの?」
「そうじゃなくて、ぼくのオリジナル、死んだから。ぼく、クローン体なんだ」
「クローンになるとき性別を変えたのか。でも、それなら以前の記憶はないんじゃないのかな」
「ぼく、サイコメトラーだから、部分的に思いだしたんだ。変?」
「変じゃないけどね。性別不明の妖精みたいで、チャーミングだよ」
あれっ。マズイ? 無害な羊じゃなかった?
「ダメだよ。ぼく、最初はタクミにあげるって決めてるんだからね」
映画俳優は上品に笑った。
「女の子がそんなこと言うもんじゃないね。誘惑だと思う男もいるよ。君は魅力的だから」
ふつうの男なら口説き文句なんだけど、アルフレッドは違うと、エンパシーでわかった。純然たる危惧だと。
ぼくは他人に気遣われたことがあまりないので、けっこう感激した。この人、本物の紳士だ。
「……ありがとう」
アルフレッドは親切にもぼくの手をひいて、霧の森のなかを歩いてくれた。
「しかし、この霧で人探しは難しいな」
「うん。タクミの気配、どっかで止まってるけど、何してるんだろう」
霧のせいで、自分がどこにむかって歩いてるのか、さっぱりわからない。さっきからずっとタクミの気配は一点で止まったままだ。でも、話してるうちに、また動きだした。それも、こっちに近づいてるみたい。
「タクミ、こっちに来てる。ぼくに気づいたのかな。なんか、もう一人いるみたいな?」
「ほんとだね」
二人ぶんの脳波が霧のむこうから近づいてきて、まもなく、タクミとヨアヒムの姿が視界に現れた。ヨアヒムは一人乗りの反重力カーにまたがってる。昔の映像で見たバイクみたいなやつだ。
「あれー、ユーベル。何してるの? こんなところで」
「タクミこそ」
「僕は散歩がてら月重力で遊んでたんだぁ。体がなまるから。そこで巡回中のコンラッドさんに会った」
ヨアヒムが補足するように続ける。
「この時間帯は不法侵入しやすいからね。毎朝パトロールだよ。じゃあ、失礼して私は行くよ」
そう言うと、ちっちゃな反重力カーを走らせて、ヨアヒムは去る。霧もだいぶ薄らいで、木々のならびが見えるせいか、けっこうなスピードだ。あとで知ったけど、赤外線カメラがヘルメットについてるんだって。
「彼氏に会えてよかったね。じゃ、僕はこれで」
アルフレッドも片手をあげて歩いていく。
送ってくれて、ありがとね。ぼく、ウォーレンさんの映画、もっと見るよ。
タクミはなんだか、ムッツリしてる。
「ウォーレンさんと、何を話してたの?」
「いろいろ」
もしかして、タクミはぼくが尾行してたことに気づいたのかもしれない。急に怒ったような顔になった。
「ユーベルはもっと女の子だっていう自覚を持ったほうがいいと思うな」
頭ごなしに言われて、ぼくもムッとする。
「ぼくだって考えてるよ。なんだよ。このごろ、タクミ、怒ってばっかり。いいもん。ぼく、ほんとに女優になっちゃうから。イヴォンヌみたいな大女優になって、タクミなんか手の届かない高嶺の花になっちゃうからね」
あっ。しまった——とは思ったけど、売り言葉に買い言葉なので、今さら、とり消せない。
ぼくはタクミを残して走りだした。でも、ほとんど進まないうちに転んでしまった。木の根っこみたいなものがあったんだよ。霧で足元が見えなかった。痛いなぁ、もう。
「ユーベル。大丈夫かい?」
けっきょく、タクミに起こされて、なさけないったら。
「こんなの痛くないもん」
エンパシスト同士だからね。タクミは苦笑いした。僕の痛みを感じているんだ。
やつあたりぎみに、ぼくは木の根をけりとばした。
えいっ。おまえが悪いんだ。こんなとこに根っこ張って。
だけど、その瞬間に思わぬ反撃にあって、ぼくは悲鳴をあげる。
それは木の根じゃなかった。人間だった。もちろん、二度もけられて文句一つ言わないのは、それが生きてる人じゃないからだ。全身から血を流して、両目をみひらいた死体だ。
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