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 大女優に見込まれたせいで、ぼくの生活はさわがしくなってしまった。


 毎日みたいに女優がやってきて、演技テストにつれだされたり、お茶にさそわれたり、お化粧のしかたを教えてもらったり、おしゃべりにつきあわされたりした。

 それだけでも、うっとうしいのに、あの視線がどこへ行っても身辺にまとわりついてくる。


 おまけに、あからさまな嫌がらせまで受けるようになってしまった。洗濯したばっかりのぼくの服がどろかだらけになってたり、下着が軒下でさらしものになってたり(そんなのぜんぜん、へっちゃらだけど)、演技テスト用の台本がやぶられてたり、お茶に虫が入ってたり。


 くだらない子どものイジメみたいなものなんだけど、ただ、そこにこもってる怨念はけっこう強い。そのうち、もっとエスカレートしてくる気がする。


 まあ、誰がやってるかは、だいたい見当がついてるけど。ぼくに主役の座を奪いとられて、あわてふためいてる誰かさんに違いない。


「タクミ。ルナが嫌がらせするよ。やめさせて」


 ぼくが言うと、タクミは難しい顔つきになり、いつも同じ叱責をする。


「ルナはそんなことする子じゃないよ。ユーベル。自分がキライだからって、証拠もないのに人を疑うのはよくないよ」

「じゃあ、なんで、ぼくのブラジャーが玄関にぶらさがってるの? ぼくのサンダルのヒールが折れやすくしてあったのは? あれなんか、ぼく、もう少しで大ケガするとこだったよ」

「ああ、うん。たしかに、あれは変だよね。でも、ルナがやったんじゃないと思うよ。あのね、ユーベル……」

「今だって、トイレに閉じこめられたけど? ぼくが自分で外からドアをふさいだって言うの?」


 ぼくが抗議すると、タクミはますます厳しい顔になった。何か言いかけたけど、けっきょく何も言わなかった。


「いや、いいよ。僕も注意して、誰がこんなことしてるのかつきとめるから。それより、ユーベル。君、ほんとに映画に出るつもりなの?」

「どうして?」

「どうしてって……やめたほうがよくない?」


 タクミはぼくが映画に出ることに反対だ。ぼくだって本気で出る気なんてないけど、タクミがルナの肩ばっかり持つから、つい心にもないことを言ってしまう。


「タクミはぼくがルナの役とっちゃうことがゆるせないんでしょ。ぼくが断って、ルナに役を返してあげればいいって思ってるんだ。知らないよ。ぼくは、ぼくのやりたいようにやるんだから」


 なんとも悲しそうな目で、タクミはぼくを見る。


「じゃあ、君はほんとに女優になりたいの?」

「そんなのタクミに関係ない」


 タクミは違うって言うけど、ルナ以外に誰がそんなことするっていうんだろう。証拠に、嫌がらせは昼間しか起こらない。ルナが自分のコテージに帰っていく夜は平穏だ。


 もっとも、ぼくがイライラしてたのは、イジメが原因じゃない。ぼくはオリジナルのとき、こんなの比じゃないヒドイことをされてきた。イジメなんて、なんとも思わない。でも……。


 あれは何日前のことだったかな。ぼくが演技指導を受けて、グッタリして二号コテージに帰ったとき。


「——ほら、ルナって映画で見たほうが可愛いじゃない。ふだんがコスプレっぽいのは、タクミ的にはポイント高いけど。それにしても、あの子、初めて見たときビックリした。あれじゃ勝ちめないなぁ」


 キッチンで野菜をきざむ音がして、エミリーとシェリルが話していた。シェリルが涙ぐんでいたのは、玉ねぎが目にしみたからではないみたいだ。


「そうね。あのままフィギュアになりそうだもんね」

「それよぉ。タクミの理想そのものじゃない? 悔しいけど、あたし、あきらめるわ。あなたは早めにいい人、見つけて、正解だったわね。ダグレス、ちょっと根暗そうだけど、エミリーのこと、すごく大事にしてるし」


 ぼくは二人の声を聞きながら、そっとコテージから出ていった。


 やっぱり、ルナってタクミの好みなんだ。誰が見ても、そうなんだ。だから、タクミはルナの肩ばっかり持つのかな。


 ほんとに海の泡になって消えてしまいたい気分。


 あのことが起こったのは、ちょうどそういうころのことだ。正確な日付は四月十五日。


 トイレに閉じこめられた翌日、ぼくは早朝に目がさめてしまった。やっぱり連日の嫌がらせやタクミとの不和で、緊張してたのかもしれない。

 ぱたりとむかいのドアが開閉する、かすかな音を聞いた。そのあと、足音を忍ばせて歩いていく。階段をおりていくようだ。


 むかいの部屋はタクミだ。こんな時間に、どこへ行くんだろう?


 窓の外を見ると、夜は明けていたものの、濃霧が風にただよって、森は白一色の世界。

 これじゃ、散歩といっても、あちこちにおでこをぶつけて、コブだらけになっちゃうよ。こんな霧のなかをわざわざ出ていくのって、ちょっと怪しい。


 そう言えば、タクミは以前にも真夜中に、こそこそ出ていったっけ。

 まさか、ルナと早朝デートしてる? そんなの、ゆるさないぞ。


 近ごろのタクミの態度は釈然としない。

 ぼくは急いでフリフリのパジャマをぬぎすてた。Tシャツとショートパンツに着替える。動きやすい服もいるかと思って、持ってきといてよかった。


 玄関を出て、タクミのあとを急いで追っていったんだけど……甘かった。霧のせいで、なんにも見えない。


(こんなことで、あきらめないぞ)

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