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でも、魔の十三号だなんて聞くと、ぼくらの心中はおだやかじゃない。
シェリルなんて悲鳴をあげて周囲を見まわしてから(たぶん、タクミに抱きついてやろうとしたんだと思う)、あきらめたように両手をにぎりしめた。
「呪い? ヤダ、怖い。そんなことあるの?」
答えたのは、やっぱり、ヨアヒム。
「いや、そのウワサは間違ってるね。若い連中がおもしろがって、そんなこと言いふらしてるみたいだが、真相はもっと現実的だ」
ニコラたちも仲間同士で顔を見あわせる。
「よくある肝試し用の怪談だと思ってたけど、違うんですか? ウワサのもとになる事件でもあったとか?」
否定してくれればいいのに、ヨアヒムは肯定した。
「私も前任者から聞いただけだが。五十年前、この森で殺人事件があった。連続殺人事件だ。若く美しい女が夜な夜な何者かに襲われて死んだ。死体には外傷はないのに、全身の穴という穴から血を流した、むごたらしいありさまだったとか。犯人は今もって捕まっていない。当時、誰も宿泊していないはずの十三号付近で不審者が目撃されていた。そのせいで、誰からともなく、十三号棟に魔物が取り憑いていると言うようになった——まあ、私はただの変質者による殺人事件が、好奇の目で見られ、ウワサ話になるうちに怪奇味を帯びてきたんだと思ってるがね」
ニコラは顔をしかめつつ、
「そうか。そんなことがあったから、十三号は借り手がないんですね」とつぶやく。
でも、それもヨアヒムが否定した。
「いや。十三号はずいぶん前から、ある企業の保養所として貸し切りなんだ。年間契約が毎年更新されてる。ウワサなんて意にも介さない人たちがいるってことだな」
「へえ。物好きもいるもんだなぁ。でも、犯人が捕まってないなんて怖いね。五十年前なら、犯人はまだ生きてるだろうしね。メリンダ、気をつけるんだよ」
ニコラは真剣な顔で自分の恋人に言ってるけど、あんたの彼女が襲われることはないと思う。美人が殺されるんだって、ヨアヒムが言ってたじゃない。人の話はちゃんと聞こうよ。
「うちはチャーミングな女の子ばっかりだから、用心しなけりゃな」というジャンの言葉には素直にうなずく。
ミシェルが一番ゴージャスな美人だけど、こっちの四人はみんな水準以上。殺人犯に殺されたら寝覚めが悪いから、ぼくも不審者には注意しとかなくちゃ——と思ってたら、エミリーにポンっと肩をたたかれた。
「ユーベルも一人になっちゃダメ。いつも、わたしたちといっしょにいるのよ」
あっ……そうか。もしかして、ぼくもターゲットに入っちゃうのか。女になったと頭ではわかってても、ときどき忘れちゃうんだよね。
「女って、不便だね」
ぼくがため息をつくと、ヨアヒムが笑いだした。
「五十年も前の話だ。とっくに犯人は逃げだして、どこかに行ってるさ。それ以降、この森で殺人事件は起こっていないんだから。君たちがあんまり可愛いから、ちょっと怖がらせてみたくなったんだ。悪い、悪い。悪趣味だったね」
そのあと雑談が続いた。
そのうちにタクミが帰ってくる。
「ルナを寝かせてきたよ。どうも事件当時のことを思いだそうとすると、障害が起こるんだよね。と言って、サイコダイブしても、とくに悪いところはないし。どうも変なんだ」
ルナは憎たらしいけど、早く治ってくれないと、いつまでもタクミにまとわりついてる。難しいところだ。
そのころには、大人たちはだいぶお酒が入っていた。大学生は自分より五つも六つも若く見えるタクミに、おもしろがってビールをがぶ飲みさせていたけど、残念でした。ああ見えて、タクミはウワバミだ。ビール一杯で赤くなるから、みんな勘違いするけど、じつは底なし。タクミがいい気持ちそうにアニソンを歌いだしたころには、大学生は全員、つぶれてた。
「あれっ、みんな、もう飲まないの? つまんないなぁ」
鬼のようなタクミの「飲もうよ、遊ぼうよ」攻撃をふりきって、大学生たちが一号コテージに帰っていったのは、日付けが変わる十二時ごろのこと。
社会人チームにも、タクミについていける人はいなくなって、みんなゲフゲフ言いながら二階にあがっていった。
いつのまにか、ヨアヒムの姿は見えなくなってたけど、もしも伝説の殺人鬼が現れても、彼は男だ。襲われる心配はないだろう。
「うーん。みんな、だらしないな。今日はビールだから、あんまり飲んだ気がしないや」
リビングのすみで大人たちの醜態を観察してたぼくのほうへ、タクミは立ち歩きし始めたばかりの赤ん坊みたいな愛くるしい笑顔でやってきた。ニコニコ笑いながら、ぼくの頭をなでるんだけど、息はかなりお酒くさいぞ、タクミ。
「大人になったら、いっしょに飲もうね」
「それは、ぼくが大人になるまで交際があるって前提だよね?」
「うん。もう少し待ってね」
「何を待つの?」
タクミは小首をかしげて、えへへと笑う。
「ナイショ」
照れてるらしいんだけど、もともと酔ってるから、イマイチ顔色がわからない。
「ね? ルナとも仲よくしてね。じゃないと、僕、困るんだ」
あ、こいつめ。せっかく可愛いからゆるしてやろうと思ってたのに。また、ルナのことなんて。
「知らない。酔っぱらい」
ぼくは怒って二階へあがった。うしろでタクミがベソベソ泣いてたみたいだけど、無視して自分の部屋に入った。
その直後、コテージ中の電気をつけっぱなしにしてたバチがあたって、ぼくらの二号コテージは電力切れになった。シャワーあびたかったのにな。しかたない。
ぼくは暗闇のなかでパジャマに着替えて布団にもぐりこんだ。階段をあがってきた足音は、タクミだろう。ぼくの部屋の前まで来てとまる。
ゆっくりドアノブがまわったから、泣いて謝ってくるのかなと思ったけど、そのあと、なんの反応もなかった。細めにドアがひらいて、なんとなく
ヤダなぁ。いくらヘタレだからって、タクミ、それはちょっとキモいよ。
ぼくは緊張して、思わずベッドに起きあがった。息をつめていると、むかいのドアがひらく音がしたので、ホッとした。やっぱり、タクミか。
自分の部屋に入ったらしい。ところが、そのあとすぐ、もう一度ドアのひらく音がした。この暗闇のなかでシャワーでも浴びるつもりだろうか?
酔っぱらってヘラヘラしてるとき、しかも停電中にシャワーを浴びようとするなんて、タクミはそこまでキレイ好きじゃない。
さっき、あんな怪談なんか聞いちゃったせいか、妙に心臓がドキドキした。
タクミは(ほんとにタクミだよね?)足音を殺して廊下を歩き、階下へおりていく。しばらくして玄関のドアがパタンと音を立てた。
ぼくはベッドをおりて、カーテンのすきまから外をのぞいた。となりの一号コテージの明かりは消えてる。
夜の森は星明かりのもとで、黒い巨人が無数に整列してるみたい。知らないあいだに昼間の森とは別世界へつれてこられたようで気味が悪い。
もし、眼下に十三号棟の怪人みたいなものを見てしまったら、ぼくは悲鳴をあげたかもしれない。でも、いつまでたっても人影は現れなかった。
ぼくはあきらめてベッドに戻った。
そのうち、眠りのなかで、タクミが帰ってきて、むかいの寝室に入る音を、かすかに聞いたような気がした。
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