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 そういうイヤな記憶のある事件について、ニコラが言いだしたので、ぼくが硬直したのは当然だ。

 サリーの助手としてこの件にかかわっていたタクミも同様のはずだけど、見ためではわからない。あいかわらず、ふわふわ笑ってる。ヘタレに見えて、案外、策士だったりする。


「うん。あったね。あのときはおどろいたよ。あの有名なジャリマ先生から緊急のエンパシーニュースがあるから、マインドブロック解いとけって、セラピスト仲間から連絡がまわってきてさ」


 何言ってんの。セラピストに連絡まわしたの、あんただろ?


「いやぁ、そしたら、あの内容でビックリしたけど、でも僕は感動もしたんだよ。ESPは悪いほうに使うと、とんでもない災禍を招くけど、いいほうに使えば、どんな力より強い救済になりうる。エンパシストからエンパシストへ、全世界をつないでいったコミュニケーションの輪。あのとき世界中の人と心がつながってるのが感じられて、感無量だったよ。あんなことは、たぶん、あれが最初で最後なんだろうな。ジャリマ先生の力と名声があったからこそできたんだ」


 ESPランクに特別なこだわりを持ってるニコラは、サリーの偉業を恍惚として聞いていた。宇宙で唯一のトリプルAランク者。ちなみにエンパシー以外の分野では、いまだトリプルAは現れてない、ことになってる。くどいようだけど、ぼくのことはナイショ。


「ああ、サリー・ジャリマ。今どこにいるんだろう? 生きているのなら、ぜひ会いたい。僕が女だったら、なんとしても彼と結婚したのに」


 どうだかなぁ。

 サリーは王者みたいな威厳があって、すごい美形だし、魅力的な人だったけど、そっちの趣味はちょっと変わってたみたい。好きな子はイジメたくなるタイプ。ニコラみたいに支配欲の強い人は衝突しちゃうんじゃないかな。まあ、サリーが相手にするとは思えない。


「ぼくは制御ピアスしてたから、そのエンパシー受けてないんだよ。残念。ぼくも感じてみたかった」


 ぼくが言うと、ニコラは黙れBランクの下郎が、って目でにらんできた。

 この人、ほんと失礼だ。ぼくがエンデュミオン事件の張本人だと知ったら、泡ふいて倒れるんじゃないの?


「そうですね。あのときは、ほんとに感動的でした。あれはAランクの僕にはマネできない。あれほどの力を持つことができたら、人生はさぞ素晴らしいでしょうね」


 そう言って、ウットリしながら、ニコラは続ける。この人、しゃべりだしたら長いタイプだ。演説するのが好きなんだろうな。


「そういう崇敬の意味もこめて、僕らは超能力者の系譜を集めることにしたんです。超能力者はネオUSAの実験から生まれた。研究所で造った優良なエスパーの遺伝子を、人工子宮で育つ月市民のDNAに組みこんで、エスパーを増やした。

 ならば、エスパーの血筋をたどっていけば、サンプルとして使われたオリジナル遺伝子がわかる。もちろん、その実験体じたいは、とっくに処分されているだろうが。サンプルが何体いたのかはわからないが、そう多くはないでしょう。ほとんどは奇形化して死んだようだから、完成したのは十数体とか、そんなものじゃないですか?

 つまり、現今、月の市民のなかにいるエスパーは、戸籍上は他人でも、遺伝的には同一サンプルから複製された兄弟のような関係があるわけです。エスパーたちのDNAを比較研究すれば、もとになったサンプルの塩基配列もわかる。

 我々はとくに力の強いAランクのエスパーのみに対象をしぼり、その共通する遺伝情報から、イブとなったサンプルの塩基配列を逆に構築してみようと試みているんです。

 そして、サンプルやエスパーの共通因子を調べれば、人類に超能力を有させるのがどの部分なのか、謎の解明の一端となるんじゃないかと考えています。どうです? おもしろいでしょ?」


 たぶん、この超能力者選民思想の青年は、ぼくと同じように、このままだとエスパーが衰退していくと考えたんだろうな。放置しておくことはできないと。エスパーがいなくなったほうが収まりがいいと思ったぼくとは反対に、滅びの運命に抗うべきと考えたんだ。


 タクミはいつもみたいに、のんびり笑ってるけどさ。


「へえ。そりゃスゴイ論文になるねぇ。ぜひ完成させてほしいな」

「ありがとう」


 自慢し終えたニコラは満足げに、ぼくらの前から離れた。婚約者だっていうメリンダって女のほうへ歩いていった。DNAデザインされた容貌のキレイな月市民にしては、あまり恵まれてない容姿の女だ。えらが張って、目つきもイジワルそう。なんで、あの女がいいんだろう? でも、そういえば紹介されたとき、入試試験の成績が主席だったとか言ってたっけ。ルックスより能力ってわけね。

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