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 なるほど。ピッタリ。

 精密で高価な宇宙船をいちいち分解整備するより、ギャラハド一人に特殊技能手当て払って、ここはダメ、ここも交換って言ってもらったほうがコストダウンできるだろうね。二十二世紀の騎士は、機械の鳥を乗りこなすんだ。


「へぇ、そうなんだ。ぼくのお兄さんも航空会社に勤めてるんだよ。月、スペースコロニー間の定期便のパイロットなんだ」


 ボソボソ声はうっとうしかったけど、おもしろい能力なので、ぼくは話しかけた。

 すると、ギャラハドは十字を切って、あとずさった。

 この人、もしかして、本気でランスロットの息子になりきってるんじゃないの? 罪深き者、なんじの名は女——とか言って。あれはハムレットだったっけ?


 ぼくがふくれっつらをしてると、よこから手が伸びてきた。ヨアヒムだ。ぼくの肩を抱きよせる。


「ユーベルちゃん。そんなロボットの親戚、ほっといて、私に興味持ってくれないかな。君になら、なんでも教えてあげるよ。はい、ジュース」


 今度はタクミの手が伸びて、ぼくの手からコップをとりあげた。


「ユーベル! これ、お酒。こんなの飲んじゃダメだよ」

「オレンジジュースじゃないの?」

「オレンジリキュールだよ。コンラッドさん、未成年にお酒をすすめないでください」


 ハハハとヨアヒムは白い歯を見せる。


「いやぁ、子猫ちゃんがあんまり可愛いから。しかし、タクミは君のことばっかり、かまいすぎじゃないか? ねえ、ユーベル」

「そ、そりゃかまいますよ。悪い大人の魔手から守ってあげるのは当然のことだし……」


 ふうん。タクミとヨアヒム、仲いいのか悪いのか。なんか言いあってるけど、妙に親しげな感じもする。こんなにタクミがムキになるのも珍しい。


 タクミは僕の肩をつかんで、ヨアヒムを無視するように学生たちのほうにむきなおった。


「学生も忙しいんだね。僕は日本で国立大学を出たあと、セラピスト協会の短期訓練を受けて、サイコセラピストの国家試験を受けたんだ。だから、サイコセラピストって言っても、超能力を専門に学んだわけじゃないんだよね。サイキック科の卒業論文って、どんなこと書くの?」


 ニコラはタクミの経歴を聞いて、一瞬、優越感に満ちた表情を浮かべた。やっぱり、こいつ、イヤなヤツ。


「僕らの班はサイキックイブの研究です。ミトコンドリアイブって知ってますか? トウドウさん」


 タクミをバカにするな。ミトコンドリアイブくらい、タクミは知ってるぞ。たぶん。


「母親から娘にだけ受け継がれるミトコンドリアのなかにある遺伝情報をさかのぼっていくとたどりつく、人類の母のことだよね。アフリカの人だったみたいですね」


 ほらほら。


「そうです。それの超能力者版を作ろうって話ですよ。ネオUSAが極秘におこなってた遺伝子組み換え実験で、人工的に造られたのが超能力者だって、近年、明るみになったじゃないですか」


 ぼくの顔は少しこわばってたかもしれない。

 その事件については、ぼくとタクミは当事者だ。へたすると、ネオUSAに暗殺されてた。


 あの事件が公表されるきっかけになったのは、ぼくが起こした崩落事故だ。今年の六月であの事故から丸三年になる。


 崩落事故のあと、ぼくは『エンデュミオン』っていう異常人格に感応して、憑依されたようになってしまった。すごく強烈な個性の人格だったからだ。


 その人格の謎をさぐるうちに、エンデュミオンがネオUSAの秘密研究所から逃げだした実験体だとわかった。

 百年前、地球を人間の住めない星にした魔の病ヘルが、人の手で作られた病気だったこととか。


 ヘルは人体を生きながら腐らせ、奇形化させ、最後にはほとんどの患者を死にいたらしめる恐ろしい病なんだけど、生きのびると、超能力を得ることができる。


 その力を利用して、より強いエスパーを造る実験がされてた。

 このあたりのミューテーション酵素のバクテリオファージ化がどうとか、劇的変異残余がどうとか、キャリアからノンキャリアへの変異遺伝の法則とか、ぼくにはよくわからなかった。前に、タクミが説明してくれたんだけど。


 とにかく、ヘルの奇形化を利用して、実験に実験を重ね、強い力を持つエスパーが造られた。サリーやぼくみたいなトリプルAが、ついに生まれるところまで来たんだ。


 サリーはネオUSAの実験を世間に暴露したあと、身の安全のために行方をくらまし、ぼくはほんとの力を隠してる。

 今は秘密研究所は閉鎖された。人類にトリプルAのエスパーが誕生することは、もうない。


 ぼくが思うに、これから超能力者は少しずつ減少してくんじゃないかな。超能力者の数は全人口の二割ほどだから、その血はだんだんに薄れて消えていく。


 それがあるべき姿なんだと思う。これまでは月に移住して、苦しいテラフォーミングのために必要だった力だけど、もうそんな力がなくなっても暮らしていける。不自然に造られた存在は自然のなかに還っていくんだ。きっと。


 そりゃ、ぼくは自分の力のおかげで一回死んで、また蘇ったけど、今の状況を考えると、それでよかったのかどうか。


 タクミはもしかして、女の子になったぼくに会いたくなかったのかな?

 一生、不幸なまま十七歳で死んだ少年でいたほうが、同情をひいたのかも。タクミのなかでキレイな思い出として残って。


 だからって、今さら生き返ってしまったものは、どうにもできないんだけどさ。

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