2—3


 ぼくはプイッとそっぽをむいて、自分の荷物を手に二階へあがった。


 八人用っていうけど、総勢は七人だから、どの部屋を使ってもいいかな。ミシェルたちが来たとき、どうするつもりか知らないけど。そのへんは大人たちが相談して決めるだろう。


 二階の間取りは階段あがって、まっすぐ中央に廊下。左右に四つずつの小部屋。

 ぼくは夜中に部屋の前をウロウロされるのがイヤだったので、階段から一番遠い部屋を選んだ。


 室内の家具はシングルベッドとクローゼットしかない。でも、窓からさしこむ光が明るく、見るからに心地よい。


 ぼくはとうを編んだ旅行鞄を入口に置くと、窓をあけて風が通っていくのを楽しんだ。


 二階の窓から見ると、となりの一号コテージの屋根がよく見える。でも、大学生たちはいるのかいないのか、物音は聞こえなかった。距離があるせいかもしれないけど、それ以上に、森の静寂がすべての音を吸いとっているかのようだ。


(気味が悪いくらい静か。生きてる人が誰もいないみたい)


 だからといって、予想してたような死者の声も聞こえない。


 森は埋葬の地。

 多くの死者が樹木の下に眠っている。静かな森に吸収されて、その一部になる。


 死者の残した無念の思いが、あちこちにこびりついているのかと思っていたけど、考えてみたら、彼らがここへ運ばれてきたときには、とっくに鼓動が停止している。どこかに生前の思いが残っているとしたら、息をひきとった病院か、事故現場とかだろう。


 ぼくはサイコメトラーなので、たまに、そういうもののしみついたイヤな場所にも遭遇する。でも、森のなかは安心してよさそうだ。


 窓辺を離れ、背負っていたペカチュウのリュックをおろして、ベッドの枕元に置いた。


 このトラジマの電気ネズミは、出会ってまもないころにタクミがぼくにくれたものだ。

 一人で寝るのはさみしいよと誘ったら、タクミはおバカにも自分の宝物を添い寝の相手にゆずってくれた。ぼくはタクミに添い寝してほしかったんだけど。


 この人、何をとぼけてんのと思ったけど、反面、すごくおどろいた。なんの見返りも求められずに、他人から物を貰ったのは初めてだった。


 この人はもしかしたら、ぼくの知ってるこれまでの男とはまったく違うタイプの人かもしれないと、少し不安になった。


 きっと、優しさにほだされて手なずけられてしまうのが怖かったんだ。すっかり懐柔されたあとになって、ほうりだされたら、ぼくは途方に暮れてしまうとわかっていたから。そう。今みたいに……。


(イヤだよ。タクミ。ぼくのこと、すてないで)


 ペカチュウを抱きしめていると、背後でカタリと物音がした。


「誰?」


 ふりかえっても誰もいない。

 タクミ? それともルナだろうか?

 返事がないので、ぼくはあけはなしのドアのところまで歩いていった。廊下に人影はない。


「なんだ。気のせいか」


 なんとなく誰かに見られているような感じがしたけど。

 ほっと息をついて背をむけた。そのとたん、何かが背後をよこぎった。思わず「きゃッ」と女の子みたいな(女なんだけどさ)悲鳴をあげて、ビクビクしながらふりかえる。すると、廊下にころがっていたのは、ボール型のお掃除ロボットだ。ボールの底や頭がひらいて、触手みたいなクリーナーが出てくるやつ。


「なんだ、おまえが犯人かぁ。ビックリさせるなよな」


 銀色のボールがころがってきて、機械音声で答える。


「お呼びですか。ご主人さま。キレイにいたしましょうか?」

「うん。じゃあ、二階の全室、キレイにしといて」

「かしこまりました」


 ぼくがペカチュウを置いて部屋を出ると、ボールはパカッと頭をひらいて部屋の掃除をしだす。さっきはなんとも言えない無気味なものがよぎっていったような気がしたけど、気のせいだったらしい。よかった。


 ぼくが階下へ行くと、エミリーとシェリルが来てた。


 タクミの女友達は油断ならない。たいていタクミに恋愛感情をいだいてるのだ。

 でも、エミリーは大丈夫。ナースの仕事を辞めて、三月に結婚したばかりだ。相手は超能力捜査官のダグレス。


 ぼくはダグレスのことはあんまり好きじゃない。その理由はあとでくわしく書くことにする。けど、ライバルを減らしてくれたことには感謝してる。


 シェリルのほうは、まだ予断をゆるさない。いったん、タクミをあきらめて、故郷のデメテルシティーに帰ったんだけど、たぶん、今回がラストチャンスと思ってるはずだ。デメテルからなら毎日でも、ここに遊びに来れるからね。


「わあ、ひさしぶり、タクミ。エミリーの結婚式以来ね」

「うん。元気そうだね。実家の暮らしはどう?」

「毎日、退屈よぉ。家の牧場、手伝ってるんだけど、あたしが継ぐわけじゃないんだもんね。早いとこ嫁ぎさき見つけなくちゃ。タクミが貰ってくれてもいいのよ?」


 ほらほら、やってるぞ。

 でも、ぼくが文句言うまでもなく、ルナがしゃしゃりでて、タクミの気をひいた。シェリルもイヤだけど、ルナはもっと腹立つなぁ。


 ぼくが二人のあいだに割りこもうとしたとき、ダニエルと彼の会社の社員が、撮影用の機材などを運びこんできた。


「タクミ。ご注文の品は用意したぞ。食料はフリーズドライも多いから、保存食にしてくれ。ところで、マーティンは?」


 ダニエルは崇拝するクリエイターの製作にかかわることができて興奮している。社員は荷物だけ届けて帰っていったのに、ずっとそのへんをウロウロしていた。


 ほどなく、マーティンやジャン、エドゥアルドも集まる。


 ジャンの本業はモデル。俳優もしてる。昨年十二月にミシェルと結婚してくれた、ありがたい人だ。美男美女カップルで、ならぶと目立つんだよね。


 エドはスペイン系のちょっとくどい顔してて、タクミと同じ筋金入りのアニメオタク。なんだけど、反重力装置のエンジニアというエリート職だ。おもに制御装置のプログラミングをしてる。


 ジャンもエドも職業柄、オフィス業より融通がきく。たまに仕事にぬけだしながら、ひと月はここで寝泊まりする予定だ。


 そのあと、ぼくらは部屋の割りふりを決めながら、撮影用衣装をひらいて、おおいに盛りあがった。


 楽しい合宿になるはずだったのに、どうして、あんなことになってしまったんだろう?

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