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タクミは頭上から石をなげつけられて、泡をふいたカニみたいになった。日本の昔話ね。前に、タクミといっしょにアニメで見た。
「あ、あ、あの、早くあけてください。友達が来る前に、なかの掃除しときたいんで」
ヨアヒムから隠すように、ぼくの前に立った。
ヨアヒムは肩をすくめて、トカゲみたいな、しなやかな動きでコテージの扉をあける。ドアの鍵は都市の電子ロックとは違って、すごく旧式な鉄製だった。ヨアヒムはロックを外すと、その鍵をタクミに渡す。
「どのコテージもソーラー発電機がとりつけてあるから、日常生活に困らない電化製品はあるよ。しかし、使いすぎると電力落ちます。各戸に一台お掃除ロボット完備。トウドウさんたちは一ヶ月の長期滞在でしたね。食料品についてはご自身で町まで買いだしに行く。またはデメテルの農家と契約して、ここまで届けてもらうかしてください。あと、これだけは絶対に気をつけてもらいたいのだが、火は厳禁です。火器を使いたいなら私に許可をとってからにしてください。私が立ち会いでなら、キャンプファイヤーくらいはオッケーします。まあ、君たちは高校生じゃないから、そんなことはしないだろうが」
タクミを見て高校生じゃないって、よくわかったな。お肌つるつる童顔のタクミは、ヨーロッパ人から見るとティーンエイジャーだ——と思ったけど、そうか、ダニエルの会社名義で借りてるんだもんね。
「それと、これは森に入る人には必ず守ってもらう決まりなので、悪く思わないでほしい。持ち込みの荷物は、一回、すべてチェックさせてもらいます。女の子の持ちものを調べるのは心苦しいが、これも仕事なんでね。ゆるしてほしい」と言って、ぼくにむかって、バチンとウィンクしてくる。この人、イタリア人の血も入ってるかもしれない。
「はいはい。荷物検査ね。どうぞ、やってください」
友達集めが趣味なくせに、タクミはヨアヒムにはそっけない。
ヨアヒムはタクミに鞄をつきつけられて、巻き舌の宇宙人語を発しながら笑った。おどろいたことに、タクミまで巻き舌宇宙人になって、ペラペラやりかえした。
こう見えて、タクミは頭いいんだ。スポーツだって万能で、剣道、柔道、空手、日本の武道はたいてい有段者。そういうときのタクミは、掛け値なしでカッコいい。ただのオタクと思ってなめてると、ときどき思わぬ特技をひろうしてくれる。
「タクミ。ナイショ話なの?」
「あ、いや、なんでもないよ。コンラッドさん。あのとなりに見えるコテージは、ここと同じ八人用ですよね? 誰か泊まってるんですか?」
二人とも巻き舌ではなくなって、フランス語を話しはじめる。ディアナ周辺の公用語はフランス語だ。
「アテネシティーの大学生が半月前から泊まってるよ。研究のためだと言ってるけど、ほんとのところはわからない。男四人の女四人。いさかいは起こさないでくれ」
「大丈夫です。そういうのは僕、得意です。じゃあ、あとはいいので」
ヨアヒムの荷物検査が終わると、タクミはすぐに追いだしにかかる。ヨアヒムは笑いながら、もう一回、ぼくにウィンクして去っていった。
ぼくとタクミはなんとなく気まずい思いで、つっ立っていた。同時に口をひらきかけて、よけいに気まずくなる。
「何?」
「ああ、いや、君から……」
マンガでお約束の会話のあと、タクミは何か言いかけた。でも急に気が変わったように窓のほうへかけていく。
「あそこに誰かいるよ。声かけてみようか」
ふりかえると、樹陰の暗闇を誰かがよぎっていった。遠くて見えにくかったけど、服の色がかすかに見えた。となりの学生かな? タクミがガラス窓をあけて「おーい」と呼びかけたときには、人影は木立ちのなかにまぎれてしまっていた。
「残念。警戒させたかなぁ」
「タクミがなれなれしすぎるんだよ。みんながタクミみたいに友達集めが趣味なわけじゃないんだからね」
「がーん。僕って、そんなふうに思われてるんだ?」
肩を落として消沈する。
ちょっといじめすぎたか。
かわいそうになってきて、ぼくはタクミの日本人形みたいな黒髪をなでてあげる。
「よしよし。言いすぎた。ごめん、ごめん」
「年下になぐさめられる僕って……」
「気にすることないよ。タクミがヘタレなのは今に始まったことじゃないからね」
「うッ。ヘタレ……ヘタレなんだ。僕って……」
以前の僕たちに戻ったみたいで嬉しい。じゃれあっていると、玄関ドアがひらいて、ルナが入ってくる。遺伝子操作で造った、目の痛くなるようなチカチカする紫色の髪を、アニメキャラチックなツインテールにしてる。すごい迫力だ。髪が鳥の羽みたい。
ふんだ。負けないぞ。ぼくのこの巻毛のロングヘアを見ろ。タクミはアニメキャラのなかでも清楚系美少女が好きなんだ。
ぼくとルナが静かににらみあっていることに気づかないのか、タクミは爽やかスマイルで、あらためてその子を紹介した。
「ユーベル。この子はルナ。去年、映画デビューした新人女優なんだ。先月、撮影中に機材が倒れてきて、頭部を打撲してしまってね。脳に異常はないんだけど、記憶障害がある。でも、事故のことだけだから日常生活はできるよ。仲よくしてあげてね」
今度はぼくのことを紹介する。ツインテールの魔女っ子っぽいものは、当然のような顔して、タクミの腕に自分の腕をからめた。しかも、そのあと、ぼくを無視してコテージ中、タクミをひっぱりまわす。
「こっちは広いのね。やっぱり、ルナもこっちにしようかな。ねえ、トウドウ先生。ルナ、先生といっしょがいいな」
新人女優はスキャンダルをさけて、ママと二人用のコテージを借りてるのだ。
(こいつ、自分をルナ呼びだ。もしかして、タクミのアニメ趣味にあわせてる?)
髪型と言い、仕草といい、妙にアニメっぽい。それに新人とは言え女優というだけはあって、いちおう顔立ちも可愛い。人目をひきつけるコツをつかんでるというか、なんとなく目立つ。スター性があるなんて悔しいから絶対、言ってやらないけど。
ぼくがムカムカしてると、やんわりとタクミは断った。ザマミロ。
「ダメだよ。君は大事なときだ。売り出し中だからね。お母さんは?」
「ルナの荷物ひろげてる。ねえ、先生。散歩しようよ。むこうに一本だけ、すごく背の高い木があるでしょ? 近くで見てみたい」
「あれね。憩いの広場にあるセコイア杉だね。ここのホームページにも載ってた。あとで、みんなで見に行こう」
タクミめ。腕を組まれて、ニヤけすぎだぞ。
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