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ぼくが男だったときは、ぼくを嫌ってた父と兄が、むしょうに優しいので気味が悪い。以前は特殊な男にしか効果なかった力が、今度は無条件で全人類の半分に効いてる感じ。可愛い服だっていっぱい買ってくれるし、前みたいにさらわれないよう、どこへ行くにもナイトよろしくついてきてくれる。まあ、ぼくも人間関係ゴチャゴチャするのめんどくさいから、てきとうに甘えまくってるんだけどさ。
それにしても、タクミに会えないのはつらい。ぼくはサイコメトリーで思いだしたふりして、タクミに会いたいと訴えた。エンパシーは他人の考えなどを映像的に見る力。サイコメトリーはその力が過去にまでおよぶ。ぼくはエンパシー、サイコメトリーのほか、
それで、そのとき、初めて知らされた。ぼくの監察官の役目を解かれたタクミは、以前どおりのホスピタル勤務に戻ってた。ぼくの代わりに別の女の子が、タクミの患者になって。
ぼくはショックで寝込んでしまいそう。だって、その子の目が言ってる。
——トウドウ先生は、わたしのものよ。
「何それ。ゆるせない。タクミ、なんとか言ってよ。タクミの患者は、ぼくだけだよね?」
すると、タクミは困ったような顔をして言った。
「ユーベル。君はもう僕の患者じゃないよ。そうだろ?」
「バカ。バカ。タクミのバカ!」
すねて走り去ったぼくの機嫌をとるために、タクミが家までやってきた。あっ、ホスピタルまで押しかけてたんだけど。
「ねえ、ユーベル。君は今でも僕の大切な、その……友達だよ。いつでも会えるんだから、いいじゃないか。君はもう充分、僕のサポートなしで社会生活を送れると思うんだ」
リビングのソファーで父と兄を両側につけたぼくを、タクミは所在なさげに体をちぢめて、なだめようとする。
「僕はさ。君にとって今の生活が一番、幸せだと思うんだよ。ごくふつうの家庭で、ふつうの女の子として暮らす。今の君にとって何より大切なことだ」
そうかもしれないけど、なんか、よそよそしいよ。タクミ。
「じゃあ、もう、ぼくのことはどうでもいいの? ぼくはタクミの保護対象じゃなくなったってこと?」
「うーん……」
ひとしきり、うなったあと、とうとつに、タクミは言いだした。
「それでね。いい機会だから、もっと交際の輪を広げてみたらどうかなと思うんだ。ほら、ルナ——今、僕が担当してる女の子だけど、症状が落ちついてるから、通院治療に切りかわるんだよ。で、その前にちょっとようす見ってことで、森に静養に行こうってことになったんだ。ついでと言っちゃなんだけど、以前から、僕らのコスプレでホログラフィックスのオリジナルカードを出さないかって、オファーが何件か来てるんだよね。どうせならダニーの会社から、マーティンの製作で出すことにしたんだ。それで、大勢で行ったほうが楽しいし、撮影をかねて、僕とエドとジャンと、女の子はエミリーとシェリルが来るよ。ミシェルとノーマは仕事の都合で来られないけど、休日には来るって。一ヶ月ほどコテージ借りるんだ。君も来ないかなぁと思って。ルナも同い年くらいの子がいたほうが喜ぶと思うんだ」
タクミはアニメオタクだ。
エドとかジャンとか、さっき言った人たちは、みんなタクミの前からのコスプレ仲間。ダニエルはホログラフィックスの製作会社に勤めてるカードマニアだし、マーティンは映像作家だ。
ぼくはタクミの真意をはかりかねた。けど、行かないはずがない。ライバルにばっかりチャンスを与えるもんか。それで、ぼくにはまだまだタクミが必要なんだとわかってもらわなくちゃ。
だけど、もしかしたら、それはとりかえしのつかない選択だったのかもしれない。今になって、そう思う。
ここは来てはいけない場所だった。
ぼくは今、けっこうな恐怖のなかで、これを書いてる。
どうか、お願いだから、タクミが気づいてくれますように。
でも、もし気づいてくれなかったら?
そのときは、ぼくに生きてる価値はないってことだ。
タクミがぼくのことなんて、なんとも思ってないってことだから……。
これは、ぼくの最後の賭け。
タクミが気づいてくれることを祈って、この手記をたくす。
ぼくがなぜ、こんなことになったのか。ぼくの身に何が起こってるのか。
書き記しておこう。
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