ユーベルの手記

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https://kakuyomu.jp/users/kaoru-todo/news/16817330669199342475(表紙)



 あのとき、たしかに、ぼくは死んだ。

 十七歳の夏の終わり。

 逃げ場のない炎のなかで、炭みたいに焼かれて燃えつきた。


 ぼくの生涯を聞けば、たいていの人は薄幸と言うに違いない。

 ユーベル・ラ=デュランヴィリエ。それがぼくに与えられた名だ。この名を負ってわずか二年後に、幼児を虐待する変質者にさらわれた。あまりに幼いころなので、具体的な責め苦の数々は思いだせないが、とにかくその男が恐ろしくて、毎日が苦痛の連続だったことだけは感覚に深く刻まれている。


 あっちょっと待って。

 そんなの知ってるよじゃないんだよ。こんなの書きだしたのにはちゃんと理由があるんだから、最後までしっかり読んでほしい。


 ぼくは今すごく困ったことになっている。殺人者の影におびえている。というよりも、もっと説明のつかないイヤな予感に……。


 だから、そこにたどりつくまでのことを、誰かに知っておいてほしいんだ。


 さらわれたあと、その男が殺されるかどうかして、ぼくの主人はたびたび代わった。でも、苦難の毎日であることだけは変わらなかった。


 何度かは生命の危機にさらされた。

 あの事故が起こったのは、そんなときだ。あれはぼくにとっても大事件だったけど、社会的にも、まれに見る惨事になってしまった。

 ぼくが十五のときだ。男に殺されそうになったぼくは、潜在していた超能力を暴走させてしまった。高層ビルと地下都市が崩落し、がれきの山と化した。


 西暦二千百三十三年。

 現在、人類の多くは月とその周辺のスペースコロニーに暮らしている。約百年前に人類を突然変異させるおかしな病気が流行って、地球は人間の住めない星になってしまったからだ。


 で、今の総人口は二十億。

 そのうちの二十パーセントがエスパーだ。過酷な入植時代、月の環境に適応するため、ゲノム編集のクローンを再生し続けた結果だ。


 ぼくはこのなかでも最高ランク。宇宙でたった二人だけ。一人めはぼくを助けてくれたサリー・ジャリマ先生。ぼくを救出して保護してくれた。


 サリーは公式に認定されてる唯一のトリプルAランク者だ。ぼくは大事件起こしちゃったから、ナイショにされてる。ほんとのこと世間に知られると、報復されるかもしれないんで。


 それで、サリーの助手としてやってきたのが、タクミ。サリーと同じサイコセラピストだ。Aランクのエンパシストで、ぼくが退院してからは、担当医として監察官になった。ぼくはタクミに指導されて、社会復帰のために超能力探偵をしてた。


 ぼくが焼き殺されたのも、その事務所であつかった事件だ。少年を狙う連続殺人事件。犯人に追いつめられ、殺された。ふつうなら、そこでぼくの人生は終わるはずだった。二歳でさらわれ、十五歳まで虐待され、十七歳で殺害される。我ながら、つまらない人生だったと思う。


 だけど、ぼくは生き返った。

 ぼくがトリプルAだからだ。じつは事件にまきこまれる以前から、女性体に脳移植するためにクローンを再生してあった。

 犯人に捕まり、炎のなかで意識をとりもどしたとき、僕は死を受け入れるかわりに、それまでの記憶をエンパシーでクローン体に複写した。


 それが、今のぼくだ。

 体は十三歳。もうすぐ、六月になれば十四歳になる。

 ぼくがトリプルAだってことは、両親にもナイショだ。ということは、記憶の全複写なんてダブルAでもできないことを、表向きBランクのぼくがやってのけるなんてありえない。だから、が残ってることも、やっぱり、ぼくとタクミだけの秘密。


 そのせいで、ぼくとタクミの関係は今、微妙なことになってる。


 ぼくが死亡したことで、タクミは担当医を外された。ぼくは保護監察を続けるかどうか審議中。まだ決定はくだされてない。セラピスト協会のおえらがたが半年も議論してるらしい。


 ぼくは彼らにしてみれば、人工子宮の強制睡眠を原因不明でやぶった変なクローン体だ。覚醒時がオリジナルの死亡時間に一致してる。その後の検査で、オリジナルと同じESPも持ってることが判明した。もし、また大事故を起こしたら困るってわけ。


 ぼくとしては新しい体はまだ十三歳で、今すぐタクミと結婚できるわけじゃない。あと二年ばかし保護監察にしてもらったほうが助かる。


 せっかくタクミ好みの可愛い女の子になったのに、これじゃ宝の持ちぐされだ。女の子になったらバンバン迫るぞと思ったのに、ぼくはタクミから引き離されて、今は両親のうちで暮らしている。

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