第45話 帰ってきたリリコ④
手術は成功したもののリュウはまだ目覚めない。津田は病室のドアを開けようとドアに手をかけて、立ち止まった。もと子が涙声でつぶやくのがきこえてきた。
「リュウさん、お願い目をあけて。死なないで。…もうあの人のところに、行ってもいいから、目をあけて。」
津田は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、軽く頭を振り、病室のドアを開けた。
「どうやリュウは?」
「あ、津田さん。リュウさん、まだ起きないんです。」
振り返ったもと子は津田の顔を見て、また目を潤ませた。
「なんや、もと子、泣き腫らした顔して。お前、めっちゃブサイクやぞ。」
「もう、なんですか…」
津田はもと子の隣に座り、リュウの様子を見た。青ざめた顔に目は固く閉じられている。
津田は顔を歪めると、もと子の頭をクシャクシャと撫でた。
「しっかりせいや、リュウはお前をおいて行かへんやろ。」
「でも、でも…」
もと子は涙をこぼしながら両手で顔を覆った。津田はもと子の肩を抱くと軽く揺すった。
「元気出せ。俺もついとる。」
「…」
うつむくもと子をしばらく見つめていた津田が急に素っ頓狂な声を上げた。
「あ、そういやお前さっき、リュウが目が覚めたらあの女にリュウをくれてやるって言うとったな。ということはリュウが起きたらもと子はリュウの嫁じゃなくなるってことやな。目が覚めんかったらリュウはお前の面倒見れんし。ほな、お前のことは俺がもろとくわ。」
「え、それどういう理屈ですか?」
もと子は涙目のまま困惑した。
「まあ、深く考えんとほら行くで。」
津田はもと子の肩を抱いたまま立たせて連れ出そうとした。
「あ、やめて、やめて下さい。リュウさん、リュウさん助けて。」
もと子は両手で津田の腕の中から出ようともがいた。
「…あ、アカン。…も、もとちゃん行くな。」
津田ともと子の動きが止まった。2人はリュウを見た。リュウはゆっくりと目を開け、もと子へと片手を伸ばした。
「リュウさん!」
「リュウ!」
もと子はリュウにしがみついて泣いた。
「リュウ、なんやもと子が惜しくなったんか?サッサと起きろや。ボケナス。」
津田は顔を歪めて目頭を押さえた。
「…も、もとちゃん。俺を捨てんといてや。誰かにやらんとってや。」
リュウはしがみついたまま離れないもと子と見つめあった。
「うん、誰にもあげません。」
リュウは微笑みながら津田を見上げ、小さな声で話しかけた。
「つ、津田さん、もとちゃんはあげません。」
「リュウ、頑張って起きんでも良かったのに。残念やの。」
津田はフフと苦笑いしながらドアを開け、通りかかった看護師にリュウが目覚めたことを伝えた。
目が覚めたと知った主治医の診察が済み、津田ともと子はリュウの病室に戻った。
「もとちゃん、心配かけてゴメン。」
リュウの手を握り、もと子は半泣きの笑みを浮かべてリュウと見つめ合っている。
「いいんです。リュウさん。早く元気になって。うちに帰ってきてください。」
「そやぞ、のんびりしてたら俺がさらってくからな。」
津田がもと子の肩を抱くと、もと子はその手を軽くてつねった。
「お前、冷たいのお。」
3人は顔を見合わせて笑いあった。そしてしばらくするとリュウは安心したのか眠ってしまった。
コンコン。
ノックの後、すぐ病室のドアが開いた。
「リュウ、大丈夫なの?」
マネージャーのアンリを連れたリリコが病室に入ってきた。リリコはリュウを見るなり、もと子を押しのけてリュウに抱きついた。
「目が覚めたんやってね。心配したんよ。」
いきなりリュウに抱きつくリリコにもと子と津田は驚いて思わず口をアングリと開けてしまった。リュウの頬を優しく撫でた後、リリコはもと子を一瞥した。
「アンタはもうエエ、帰り。あとはアタシがついてる。」
「え?」
もと子は訳が分からず呆然とした。
「お前、誰やねん。コイツはリュウの嫁や。帰るのはお前らやろ。部外者は帰れ。」
「アタシはリリコ。リュウは愛するアタシを命がけで守って怪我したんよ。」
「はあ?お前、リリコか!今頃、何しにきてん?お前のせいでリュウは大怪我してんぞ。どの面下げて、ここに来れんねん。厚かましいのも程があるわ。」
津田は立ち上がり、リリコに思いっきりメンチを切った。リリコを気遣ったアンリが津田から守るようにリリコの前に立ちはだかり、両者が睨み合った。
「この人がリリコ…」
華やかで美しく、エネルギッシュなリリコの姿にもと子は気後れした。
そこへ看護師がノックと同時に病室に入ってきた。睨み合う3人にギョッとしたものの割って入り、きつく言い放った。
「病人の前で喧嘩はやめて下さい。今後の治療方針を主治医が説明したいのでご家族の方はこちらにおいで下さい。」
もと子が立ち上がろうとすると先にリリコが看護師について行こうとした。
「待てや。リュウの家族はもと子や。お前は他人やろ。」
津田がリリコの進路に立ちはだかった。
「退きなさいよ。リュウはもうすぐこの女と別れてアタシと一緒になるの。アタシが聞くべきやわ。」
「何、勝手なこと抜かす!」
リリコの言葉にもと子は顔色をなくして立ちすくんでしまった。またもや揉め始めた津田とリリコにもと子の先輩看護師が怒った。
「今、実際に家族の方をお呼びしています。棚橋さん、早く行くよ!」
看護師はもと子の腕を掴んで部屋を出ようとした。
「あ、あ、津田さんも来てください!」
うなずく津田も部屋を出て、リリコとアンリだけが部屋に残った。すると、もと子の腕を掴んだまま看護師が再び病室に顔をのぞかせた。
「病人が疲れていますので、今日はお引き取りください!」
憎々しげに看護師を睨むとリリコはクルリとリュウの方を振り返った。
「リュウ、また明日来るわ。早く良くなって。一緒にパリに行きましょ。」
リュウの頬に軽くキスしてアンリと共に病室を出て行った。その後ろ姿を見送り、リュウの病室にやってきた先輩看護師はもと子のこれからを思い、ため息をついた。
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