第43話 帰ってきたリリコ②

リュウの姿が見えなくなるとラウンジの片隅に目立たなく座っていた金髪に青い瞳の男がリュウの座っていたイスに腰掛けた。

「だから無理だって言ったろ。リリコ、もう諦めなよ。」

「嫌よ、アンリ。あの子をいい男にしたのはアタシなんよ。」

「違うよ。いろんな女が育てたんだよ。リリコだけじゃない。」

「リュウの香り、アタシが教えたんよ。他の女の香りに包まれる前にアタシの香りに染めたかった。つけ直す度にアタシのこと思い出すやろ?今もリュウはアタシが送った香りを使ってくれてる。リュウはまだアタシへの気持ちがあるはずやねん。でないと、リュウを迎えに行くことを励みに今まで頑張って来た甲斐ないやん。」

リリコはアンリと目も合わさずグラスを傾けた。すると隣のテーブルのイスをリリコの隣に持ってきて男が腰掛けた。リリコとアンリが同時に男を見た。


「久しぶりやな、リリコ。出世して、ますますいい女になったな。」

「…誰?ん?田尾先生?」

「覚えててくれたんや。光栄やな。」

田尾はいかにも嬉しそうに笑った。

「お久しぶり。どうしたんです?」

「うん、お前に話があってな。その前にこの男、誰?」

めんどくさげなリリコの手を田尾は握って、アンリを下から舐め上げて見た。

「彼はマネージャー。」

「なんやマネージャーか。お前、もうええから帰れ。」

田尾はシッシッと手を振った。アンリはムッとして田尾を睨みつけた。

「アンリはここにいて。」

リリコは田尾に握られた手をするりと抜くとアンリの手を掴んだ。

「冷たいなあ、リリコ。まあええわ。俺な、別れてからずっとお前のこと忘れられんかった。」

田尾はアンリを無視して熱い眼差しでリリコを見た。

「だからな昔みたいに俺の女に戻ってくれへんか?」

リリコはこの上なく甘い笑顔をした。

「ウフフ、アタシ、出世してね、もう好きでもない男と寝なくて良くなったんですよ。今、すごく幸せ。」

笑顔のリリコは笑ってない目を田尾の目としっかり合わせた。

「先生、アタシのこと愛してくださったの?本当に?レッスン料の代わりでしょ?アタシは一度も先生や仕事関係の男達のこと、愛したことなんてなかった。お互いギブアンドテークでしょ。先生の女?バカバカしい。今更おかしいよ。」

リリコはあざけるような笑顔を田尾に向けると立ち上がった。アンリに声をかけると蒼白な田尾を残してリリコはラウンジを後にした。


リリコにチケットを返した後、数日後、仕事帰りに久しぶりリュウはピンクに寄った。

「リュウ、いらっしゃい。」

長いまつげの下からあだっぽく笑う。相変わらずママは色っぽい。

「アンタ、リリコが来たんだって?」

ママはカウンター席に座ったリュウにおしぼりを渡しながら聞いた。

「そうそう、ビックリしたわ。いきなりチケット渡されて一緒にパリに行こう、暮らそうって。」

「え?そんでアンタどうすんの?」

おしぼりで手を拭くリュウを心配そうにママが見ながら、リュウの好きな柿ピーを出してきた。

「行くわけないやん。あんなことあって、俺にとって、どれだけもとちゃんが大切か思いしったんやで。」

リュウは柿の種をつまみながら苦笑いで答えた。

「本当に大丈夫?アンタ、リリコにメチャクチャ惚れてたじゃない。リリコがいなくなって、しばらくの間ものすごくへこんでたじゃない。」

「うーん、そりゃリリが迎えに来てくれて嬉しくないと言えば嘘になる。もし、もとちゃんと結婚してなかったら俺、リリのとこ行ってたかも。でももとちゃんと身の丈に合う暮らしをするのが俺の幸せってわかったから、もう迷わんで。」

リュウはフフと笑った。ママから目線を外し、ふと遠くを見るような表情をした。

「それにしても人生ってスゴいなあ。もとちゃんとあんなことあって災難やと思ってたけど、あれがなかったらもとちゃんと別れてたんかもな。」

「そういうもんよ。アンタの心が決まってて良かったわ。」

ママはリュウが頼んでもいないのにビールの入ったグラスをリュウの前に置いた。

「?」

「ごほうび。アンタがやっとしっかりしてくれたから。もうもと子泣かすんじゃないわよ。」

ママはニッコリと微笑んだ。


リリコにチケットを返して、もう終わったとリュウは思っていた。ところがチケットは書留で自宅に送られてきた。もと子の目にも触れてしまい、リリコの存在をもと子に知られることになった。

「元カノのリリコさんがリュウさんをパリから迎えに来たの?」

「黙っててごめん。最後のキップスの夜にチケットをポケットにねじ込まれてん。それでリリの泊まってるホテルに返しに行ってきたんや。」

「ホテル,,,」

「もとちゃん、勘違いしたらアカン。ホテルのラウンジでチケットを返してきた。部屋でなんかしたわけじゃないから信じてくれ!」

悲しげにうつむくもと子の肩を両手でつかむと必死に訴えた。

「穏便にチケットを受け取ってもらえるよう話したんや。チケットを渡したから、あっちがまた送り返してきよったんやな。もし、もとちゃんにやましいことしてたら、チケットは俺の手元にあって送り返してけえへんやろ?だからなんもしてないで。」

もと子は小さくうなずいた。

「これも返してくる。今度はフロントに預けて来る。もう会わへんからな。」

目尻を濡らしながらも少し笑顔を見せたもと子の頭を撫でてご機嫌をとり、リュウはリリコに流されまいと気を引き閉めた。

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