第23話 彼女になりたい③

 もと子が見えなくなるまで見送った後、リュウはキップスに直接帰らず、瀬戸のいる事務所に立ち寄った。ドアを開けると瀬戸はパソコンを前にコーヒーを啜っていた。

「なんや、リュウ。どうした?」

リュウはポケットからもと子をさらおうとした男のスマホを取りだし、瀬戸の目の前に置いた。スマホをながめた後、片方の眉を上げ瀬戸はリュウを見た。

「さっき、もとちゃんが沼津さんの探してる奴にさらわれそうになってたんで、そいつボコってきました。スマホで仲間を呼びそうになったんで、取り上げたんです。」

「そいつのスマホか?」

「ええ。そいつは沼津さんにくれてやったんですけど、スマホは使いようがあると思うんで瀬戸さんにお渡ししようと持ってきました。」

「ほう、いろいろ使えそうやな。」

瀬戸は男のスマホを手に取ると嬉しそうに眺めた。

「それにしてもそいつを沼津にやるなんて、いつものお前なら逃がしてやりそうなものやろに。」

「もとちゃんを離せば見逃すって言ったんですけど、もとちゃんにナイフ突きつけて手放す気なかったんですよ。なんでそいつの望み通りにしてやりました。」

暗い目をしたリュウを瀬戸は珍しいと思った。

「で、もと子は大丈夫やったんか?」

「はい、さっき駅まで送ってきました。」

「そら、良かった。ご苦労やったな。もう、店戻ってええで。」

瀬戸の言葉に軽く会釈するとリュウは部屋を後にした。瀬戸は男のスマホをいじりながら呟いた。

「さあて、どうするかなあ。」

楽しそうに笑みを浮かべた。


 リュウともと子が付き合うようになってから数日後、もと子はピンクを訪れた。

よく磨かれた飴色の木製のドアを開けるとカラオケで盛り上がっている賑やかな歓声が聞こえてきた。カウンターの中でグラスをキュッキュッと音をたてて拭いているママが振り向いた。

「あら、いらっしゃい。」

「ママさん、今日は報告とお礼に来ました。」

カウンター席をすすめられ、もと子はママからもらったお手拭きで手を拭いた。

「お礼って、あの作戦うまくいったのね。」

「はい!ありがとうございます。」

もと子は満面の笑みでお礼を言うとママの手を両手で包んだ。ママはカウンターから出てくると両手を広げた。もと子はママの腕の中に飛び込んだ。

「おめでとう!やっと想いが通じたのね。良かった。」

「ママさんのアドバイスのお陰です。ママさんのアドバイスがなかったら私なんか絶対に相手にしてもらえなかったです。本当にありがとうございます。」

もと子はママにギュッーとハグをした。

「なに言ってんの。もと子がいい女だってようやく、あの鈍感が気がついたんよ。」

ママもお返しにもと子の頬っぺたにキスをした。もと子は小さくキャアと言うと恥ずかしそうに首をすくめて顔をほころばせた。

もと子は椅子に座り直し、リュウに告白した日の話をした。

「リュウさんから止められてたんですけど、作ったチョコをどうしても直接渡して告りたくって、お店の近くまで探しに行ったんです。そしたら女の子を連れ去る怖い人に騙されて捕まってしまって、そこへ偶然リュウさんが来てくれて助けてくれたんです。」

「もと子、大丈夫だったの?怖かったわね。」

「ナイフを突きつけられたときは腰が抜けそうでした。」

「ナイフ?あんた怪我してない?」

「はい、リュウさんがその人をやっつけてくれたので。」

「あら、リュウったらナイフ男にも果敢に向かって行ったのね。リュウ、格好良かった?」

「,,,はい、めちゃくちゃ。」

もと子は耳まで赤く染めて、これ以上ないほどモジモジして下を向いた。

「もう、もと子ったら可愛いんだから!」

ママはもと子の頬を両手で挟むと上を向かせた。

「あんた達、ホントお似合いなのよ。リュウは見た目は派手だけど中身は地味な男なの。もと子みたいに地に足つけた女がぴったりなの。だから頑張んなさいよ。」

もと子はこの上ない笑顔で力強くうなずいた。

    

数日後、リュウがピンクにやって来た。カウンターの中にいるママの前に座った。リュウはソワソワして落ち着かない。

「なんなのよ、リュウ。落ち着かないわねえ。」

ママはニヤニヤしながらリュウにおしぼりを渡した。おしぼりで手を拭いたリュウはおしぼりをキレイにたたみ、手元に置き、居ずまいを正した。

「ママ、あー、実はもとちゃんと付き合うことになったんや。」

「なによ、あんた、もと子は妹ってあんなにしつこく言ってたじゃない。妹に手を出したわけ?悪い兄貴よねえ。」

「あ、や、あーでも血が繋がってるわけちゃうし…もう、イジメんといてや。頼むわ。」

リュウはしどろもどろになり頭を掻いた。

「なに照れてんのよ。あんたがもと子と付き合うように、もと子に知恵つけたのアタシなのよ。ハートに隠れるクマのスタンプ、アタシが押したんだから。」

ママはリュウにビールを渡すとおつまみを用意する手を止めて、クスクス笑った。リュウは目をむいて驚いたが、フッと力を抜いた。。

「なんや、もう。あのスタンプでビビったのが始まりなんやで。でも、もとちゃんに知恵つけてもろてよかったわ。ママ、ありがとう。」

「フフ、もと子を大事にしてやってよ。あんたと付き合えるようになって大喜びしてたわよ。ありがとうってあたしに抱きついてきたのよ。思わずキスしちゃったわよ。」

「え、え、キス?どこに?」

バイのママがもと子にキス!?リュウは飲もうとしたビールのグラスをもつ手が止まった。リュウの様子を見てママはコロコロと笑った。

「バカねえ。ずっとあんたの事しか見てない子なんだから、ほっぺたに決まってるでしょ。でも、あんたが泣かせたらあたしがもらうから。大事にしてやってよ。」

リュウはハアと大きくため息をつくとビールを美味しそうに一口飲んだ。

「うん、それは大丈夫。ママにもとちゃん、とられたら嫌やもん。」

口の端にビールの泡をつけたまま、おつまみの柿ピーをつまんだ。

「そうよ。頼んだわよ。あんた、ナイフ男からもと子を守ったんだって?もと子、メロメロよ。」

「,,,あ、あ、うん。」

リュウは言い淀むと視線をママから外した。ママは少し心配そうな顔をした。

「あら、この話まずかった?」

「うーん、沼津さんの関係だからね。」

「沼津ね、アイツ、うちにも人を訪ねて来たことあるわ。もと子、これから、大丈夫なの?」

「うん、それは大丈夫。」

「それだけわかればいいわ。この話はこれで終わり。」

ママはニッコリと微笑んだ。

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