第24話 問題発生!?①

 今日は付き合い始めて初めてのデート。

本当はリュウとどこかに出かけたかった、もと子は勉強しなければならないことや調べたいことが山積みで仕事帰りに一緒に晩御飯を食べる時間を取るのが精一杯だった。駅の改札前で待ち合わせ。待ち合わせ時間に間に合わず、30分も遅刻。ベビーピンクのセーターに濃いブラウンのスカート、黒のコートに黒のローヒールを履いたもと子は走って改札を抜けた。キョロキョロと辺りを見回すがリュウの姿が見えない。

「,,,リュウさん、帰っちゃった。」

もと子は呆然として、立ちつくした。

「もとちゃん、誰探してんの?」

肩を叩かれ振り向くと、黒のビジネスコートの下にダークブルーのスーツ、爽やかな緑と青、白のストライプのネクタイがよく似合う銀縁眼鏡、短い髪の長身の男が笑いを噛み殺して立っていた。

「え、え、あの、もしかして?」

「髪切っちゃったから、わかんなかった?」

「うん、それに銀縁眼鏡。いつもの黒縁のだて眼鏡と違うから。ごめんなさい、遅くなりました。待っててくれてありがとうございます。」

もと子は深く頭を下げた。

「大丈夫、大丈夫。次からはどっかお店の中で待ち合わせしよう。早くついた方はなんかつまんでたらエエやん。お互い気を使わんでエエから。」

優しく言うとリュウは、もと子の頭を上げさせ、するりと自然に手を繋いだ。もと子は耳まで赤く染め、恥ずかしさのあまり下を向いたまま歩いた。

「もとちゃん、お腹減ったやろ?この店、たまに来るねんけど、なかなか旨いねん。ここ入ってエエか?」

もと子は顔を赤くしたまま、上目遣いで首を縦に振った。

入った店は小さな居酒屋。カウンター席の隅に二人は並んで座った。ボッーとして欲しいものを聞かれてももと子はウーロン茶しか決められず、あとはリュウに任せた。もと子がドキドキしている間にリュウは唐揚げ、ポテト、揚げ出し豆腐、焼きホッケ等数品を頼んだ。すぐに付きだしとリュウのチューハイ、もと子のウーロン茶が来た。

「お疲れ様。乾杯!」

「か、乾杯。」

リュウが美味しそうにのどをならしてチューハイを飲む。その姿を横目でチラチラ見ながらもと子はウーロン茶に口をつけた。

「もとちゃん、仕事大変なんやなあ。」

「あ、すみません、今、どこかの勉強会に属すよう言われて、いろいろな勉強会にお試しで行ってるところなんです。」

「勉強会?」

「えっと、ガンの患者さんのケアとか。」

「いろいろ勉強しなくちゃいけないことあるねんな。」

リュウは真面目な顔をして話を聞いていた。

「…本当は実習明けたらもっと時間できて、リュウさんに会えるかと思って楽しみにしてたのに残念です。」

「仕事が忙しい時はあるよ。もとちゃんは看護師さんとして、今勉強せなアカン時期やからそれは頑張らないとアカンで。俺の事は気にせんでエエよ。」

唇を尖らせたもと子にリュウは柔らかく微笑んだ。そして運ばれてきた唐揚げをもと子の前に置いてやり、自分はホッケに箸をつけた。

「まあ、食べよ。このホッケ、脂のっててやっぱり美味いわ。唐揚げもジューシー。いけるで。」

リュウがなんとも美味しそうな顔でパクパクとホッケや唐揚げを食べていくのを見て、もと子も唐揚げを口にした。さっきまでは初デートに照れてご飯どころではなかったがひと口食べると緊張が解け、体は正直、お腹がグーと鳴った。お腹がペコペコなのを思い出し、リュウに負けずにもと子はパクパクと食べ始めた。いつもより硬い表情をしていたもと子が元気に食べる様子にリュウは安心した。


 食事を終えて居酒屋を出た。リュウが腕時計を見るとまだ8時。

「もとちゃん、今8時なんやけど、駅まで行くのにちょっと散歩せえへんか?」

もと子は嬉しそうにうなずいた。リュウはもと子の手を取り、2人は歩き出した。

 たわいのないおしゃべりをしながらリュウはもと子を近くのビルの高層階にある展望コーナーに連れて行った。展望コーナーはカップルが何組も並んでおり、リュウともと子はコーナーの隅っこに陣取った。柱側にもと子、隣のカップルとの間にリュウが立った。ガラス越しに見える夜景はキラキラとガラス玉を散りばめたように美しかった。

「スゴイ綺麗…街の夜景ってこんなに綺麗なんですね。知らなかったたです。」

もと子はガラスに張り付いて夜景を眺めた。そして光の連なるところや風景の気になるところを指差し、リュウに尋ねた。

「気に入った?」

さりげなくリュウはもと子の肩を抱き寄せ、人からもと子の顔が見えない位置にもと子を寄せた。もと子は下からリュウを見上げた。と、その時、リュウの顔が近づきもと子の唇に唇が触れた。

「…え?」

リュウは微笑むと、もと子の頭を自分の胸にもたれさせた。もと子は頬をピンクに染め、腕をリュウの背中にまわした。


 今日は久しぶりにリュウの部屋で会う。

付き合い始めたものの、もと子は業務後も学ばねばならないこと、自習しておかねばならないことに忙しく、就職してからはたまに仕事帰りの居酒屋でリュウと一緒にご飯を食べ、少し散歩して解散というデートしか出来なかった。それでも駅までの道すがら手を繋いで歩いたり、人の少ない所でリュウがもと子の肩を抱いたり、背後から、さりげなくハグやキスを重ねる度にもと子は幸せをかみしめていた。

そして付き合い始めて三ヶ月の今日、ようやく時間が取れて久しぶりに晩御飯を一緒に作ってリュウの部屋で食べようということになった。昼下がり、リュウの部屋の最寄駅の改札前で待ち合わせ。もと子は黒のコートの下にブラウンのフレアスカートと卵色のセーターを身につけて、トートを持って立っていた。

「ゴメン、待たせた?」

もと子が振り向くと、黒のジャケットに黒のシェフパンツ、濃いベージュのセーター姿のリュウが手を振ってやって来た。

「いいえ、今来たところです。」

顔を綻ばせてもと子も駆け寄った。リュウはもと子と手を繋ぐと、よく行くスーパーへと歩き出した。

「もとちゃん、食べたいもん、考えてきた?」

「ウフ、もちろんです!この1週間、仕事頑張れたのは今日があったからですよー」

もと子は嬉しそうに口元を緩め、リュウをのぞき込んだ。

「そうか、そんなに楽しみにしてくれたんか。そら、一生懸命作らなアカンなあ。」

リュウも嬉しそうに目を細めた。スーパーでもと子のリクエストに基づき晩ご飯の食材を買い、次にケーキ屋でリュウが食べたいケーキを選んだ。リュウが晩ご飯の食材が入ったエコバッグを肩にかけ、もと子がケーキを持った。リュウの家に居候していた時によく通った道を2人で思い出話をしながらリュウの部屋へと帰って行った。

リュウが部屋の鍵をまわし、ガチャリと音がしてドアが開いた。

部屋の隅にバッグを置いたもと子をテーブルの椅子に座らせ、リュウは買ったものを手早く冷蔵庫になおし、早速お茶の用意を始めた。

「一服しよ。何飲む?いつものやつか?」

「はい、いつもので。でも、今日は手土産にフルーツの香りがする紅茶を持ってきたんです。これ、試してみませんか?」

「ほお、美味そうやな。それしよ。」

リュウはもと子と自分のマグカップにそれぞれフルーツのフレーバーがするティーパックを入れ、熱湯を注いだ。3分蒸らしてカップの上に置いた小皿を取ると、フワリとフルーティな香りが立ち上ってきた。

「あー、エエ匂い。こんなオシャレなんどこで買ったん?」

「これ、寮に知ってる先輩がいて、先輩の部屋に遊びに行った時に飲ませてもらって、美味しい!って感激したら分けてくれたんです。」

「そうなんや。その先輩、親切な人でよかった。俺もゴチやわ。」

もと子がもらった紅茶は大きなスーパーなら売ってそうな気軽なもの。でもそんなことより、もと子と仲良くしてくれる人が寮にいることを知り、リュウは安心した。2人はスーパーで買ったチョコをつまみながら紅茶とおしゃべりを楽しんだ。


「ウーン、そろそろ作りますか?」

高かった日が落ちて、あたりは夕焼け色に染まっていた。

ニコリとしてうなずくともと子はバッグからエプロンを取り出して身につけた。もと子が寮に移る前、料理教室として2人で並んでよくご飯の用意をした。その時と同じようにリュウの指示の下、連携して用意した今日の晩ご飯は、もと子のリクエストのリュウの唐揚げ。これは外せない。それとトマトがたくさんのったサラダ。納豆、ジャコ、梅干しをのせた湯豆腐。カボチャの煮付け、キャベツたっぷりの回鍋肉。大根と油揚げの味噌汁である。それを白ご飯のお供にいただく。テーブルの上に並べられた所狭しと並ぶおかずを目の前にしてもと子は相好を崩した。2人は両手を合わせた。いただきますの言葉を発すると早速箸が伸びた。もと子は唐揚げ、リュウは回鍋肉。リュウの唐揚げは虎太郎絶賛のフワフワ、ジューシーな中に生姜とニンニクがパンチを効かす。回鍋肉は市販のタレを絡めただけだが、何品かある市販のタレの中からリュウと虎太郎おすすめの一品、コクのあるタレが確実に旨い。納豆、ジャコ、梅干しのせの湯豆腐は以前2人で行った居酒屋でもと子がハマったものである。めんつゆをかけると梅肉のさっぱりした中にジャコと納豆の味がよく合う。カボチャの煮付けは甘辛く、ホコホコして、箸が止まらない。久しぶりの2人で囲む食卓だが食事中はあまりおしゃべりもせず、2人ともご飯に集中した。

 ご飯を食べ終わり、料理がのっていた皿を流しに運び、2人のマグカップにリュウはコーヒーを用意した。次にリュウが選んだザッハトルテをテーブルに運んだ。

「めっちゃ食ったなあ。久しぶりもとちゃんと作った飯、やっぱり美味いわ。」

「ホント、美味しかったです。あんなに食べてケーキも食べられるかなあ?」

「お、要らんのやったらもとちゃんの分も食うで。俺、甘いもんは超別腹。」

「ダメダメ!ちょっと言ってみただけです!全然食べられますから。私のチョコケーキ食べないでー!」

リュウがふざけて手を伸ばすと、もと子は焦ってザッハトルテの皿を手で覆い隠そうとする。

「小学生か?」

唇を尖らせるもと子を見てリュウは声を上げて笑った。


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