第21話 彼女になりたい①
彼女になりたい
棚橋の件が一段落した頃、街中は南瓜やお化けのハロウィンの飾りが姿を消し、雪だるまや色とりどりの飾りをつけたクリスマスツリーが目につくようになった。久しぶりに休みが合い、リュウはもと子を部屋に呼んで料理教室をすることになった。リュウは今回のメニューのリクエストを聞こうともと子にラインをした。休憩時間、スマホを見るともと子からの返信が来ていた。
「ご連絡ありがとうございました。
年末は忙しくてクリスマスどころではなさそうなので、メニューは少し早めですがクリスマスっぽいものがいいです。やっぱりチキンでしょうか?それと、来年の話なんですが、本気でチョコを贈りたい人がいるのでチョコ作りを教えてください。」
リュウは目をむいた。チョコを贈りたいヤツ?おお、もとちゃんにも恋の季節か!と微笑ましい気持ちになった。が、それも束の間、男慣れしていないもと子が女好きのイケメンにチョコなんか渡したらどうなる?
それ、カモがネギ背負ってやって来るパターンやん!リュウは心配になってきた。
「もとちゃんもいい人おるねんな。ええよ、一緒にチョコ作ろ。どんなヤツなんかなあ?チョコ作りながら話、聞かせてな。」
すると、クマがハートの後ろで顔を赤らめて恥ずかしがっているスタンプが返ってきた。
これ、どういう意味やねん?もとちゃん、メロメロ?リュウはますます心配になってきた。
クリスマスの料理を習おうと、もと子が久しぶりにリュウの部屋にやって来た。
「いらっしゃい。」
ドアを開けるとナチュラルメイクにいつもより濃いピンクのルージュをしたもと子が立っていた。お邪魔します、と軽く会釈すると勝手知ったるリュウの部屋に上がった。
「まずは一服しいや。今日のメニュー説明するわ。」
リュウはもと子にテーブルの椅子に座るよう促すとコーヒーをカップに注いだ。
「クリスマスやろ?チキンのトマト煮、サラダ、ホウレンのパスタ、ポタージュ。どうかな?固める時間が要るから食べる前にチョコ作ろっか?チョコは作るの難しくないってことで生チョコ、ナッツ入れたチョコとか考えたんやけどどう?」
ネットにあった生チョコとナッツ入りチョコのレシピをプリントアウトしたものをもと子の前に示しながら、リュウが話始めた。すると、もと子は目を見張り、みるみるワクワクし始めた。
「はい!それでお願いします。わあ、楽しみです!」
「よし、ほなこれでいこ。もとちゃん、コーヒー飲み終わったら買い物行こうか。チョコ用の型は百均にあると思う。それも買おう。」
もと子は満面の笑みでうなずいた。
買い物を終え、チョコ関係以外の食材を冷蔵庫にしまった。手を洗うとまずはチョコを作ることにした。もと子は用意したチョコを刻み、湯煎で溶かす。半分は生チョコ用に生クリームと混ぜ、ラップを敷いたバットに流し、冷蔵庫へ。残り半分はいくつかのハート型に流し、チョコの上からアーモンドをのせ、冷蔵庫へ入れた。
「チョコが固まる間に他のメニュー作ろっか。」
リュウは鳥もも肉を一口大に切り、ポリ袋に入れるように言うと、キッチンばさみと肉をもと子に渡した。もと子が肉を切っている間にほうれん草を洗って茹で、牛乳、塩胡椒とともにフードプロセッサーに入れ、パスタソースを作った。もと子は肉をポリ袋に入れると、酒と塩胡椒を入れ、袋の口を結んで冷蔵庫に入れた。次にリュウの指示の下、もと子は玉ねぎを切り、オリーブオイルでよく炒めたところにトマトの水煮缶とコンソメキューブ、ローリエの葉を入れて煮込み、トマトソースを作った。リュウはパスタソースを作るとブロッコリー、人参、カリフラワー、ジャガイモを茹で、温サラダを作った。トマトソースが出来上がったところで、チキンを投入し、煮込んでいく。チキンの様子を見ながらパスタを茹で、ほうれん草ソースと絡めてツリーに見えるよう高く盛り付け、星形に抜いたチーズをいくつも飾り付けた。ポタージュは市販品を使うが、スープの上に星型に抜いて焼いた食パンをクルトンの代わりにのせた。
全ての料理を皿に盛り付けてテーブルに運ぶ。もと子の目がキラキラと輝いた。
「もとちゃん、チョコは食べ終わってから最後の仕上げしよ。まずはペコペコのお腹をどうにかせんとな。」
「はい!私も我慢の限界です。」
早速、もと子はテーブルについた。リュウは流しの下から赤ワインの小さなボトルを取り出した。
「ちょっとだけいく?」
「もちろんです!」
グラスも二つ用意し、2人は乾杯した。
リュウはもと子の分のチキンを取り分けながらさりげなく聞いた。
「なあ、もとちゃんの好きな奴ってどんな奴なん?」
「えー、いきなりですね。すごくステキな人ですよ。」
もと子はパスタを取り分けると、嬉しそうに頬をほんのりピンクに染めた。
「そらそうやろ。イケメンなんやろ?病院の医者か?」
「病院のドクターじゃないですよ。イケメンは超イケメンです。でもステキなのは外見だけじゃなくて、私が困ってると必ず助けに来てくれる人なんです。もうヒーローです。」
「…ふうん、ヒーローね。で、既婚者じゃないやんな?」
リュウはパスタをフォークに絡めようとするが、なかなかうまく絡められない。
「既婚者じゃないです。独身なんです。ただ彼女がいてる可能性は大ですけど。」
「イケメンでこまめに気のつく奴なら彼女いてもおかしくないわなあ。」
「そうなんです。彼女がいない時はないみたいです。何人も彼女いたらしいです。」
ようやくフォークに絡めたパスタを口に入れようとしてリュウは止まった。
「それ、何なん?」
来る女、来る女をつまんで捨てる、ただの女好きちゃうんか?それとも二股、三股?もっと?
「え、なんかダメですか?」
みるみるもと子の顔に不安が広がる。
「あ、や、そんな事ないで。そいつどこに勤めてるん?」
リュウはもと子の好きな男をこっそり調べようと思った。
「え、なんでそんな事を聞くんです?」
ますますもと子の顔に不安が広がり、フォークを握ったまま固まってしまった。
「いや、どんな奴かなあって、心配になって。」
「心配してくださってるんですか?ありがとうございます。でも、大丈夫です。その人、リュウさんの知ってる人ですよ。」
「う、俺の知ってる奴?え、誰?」
「もう、やだ、リュウさん恥ずかしい。内緒です。」
もと子の顔からは不安が消え、嬉しそうに頬を緩めた。それからはリュウが誰なのか聞き出そうとしても恥ずかしいと言うだけでもと子は答えようとしなかった。
食べ終わり、2人はチョコの仕上げにかかった。
まず、冷蔵庫から生チョコを出した。リュウは茶こしにココアパウダーを入れたものを用意した。
「もとちゃん、生チョコを温めた包丁で四角に切って、その上に茶こし振るってココアパウダーを乗せていって出来上がりや。」
もと子は真剣な眼差しで生チョコを切り、茶こしを細かく振って一様にココアパウダーを振りまいた。もと子が作業をしている間にリュウはナッツ入りのチョコを冷蔵庫から出した。こちらは厚みのあるアルミの型で、型に入れたままプレゼントできる。白いパン皿の半分にナッツ入りのチョコを並べ、残りの半分に生チョコを並べた。初めてにしてはなかなか美味しそうな出来になった。試食も兼ねてコーヒーと共にデザートにした。コーヒーをカップに注ぎ、もと子の目の前に置いた。もと子は添えられた爪楊枝を生チョコの一つに刺し、落とさないよう口に入れた。
んー!もと子は目を瞑り顔をクシャクシャにした。
「どないや、もとちゃん?アカンか?」
「至福です!美味しい!」
もと子は爪楊枝を生チョコの一つに刺し、リュウに勧めた。そしてリュウも口に入れてみた。
「オオッ、結構イケるやん。ナッツのはどうや?」
「こちらもいけますよ。」
「これ、アーモンド以外もいけるんちゃうか?」
2人はナッツ入りのチョコを型から外してつまんだ。
「もとちゃん、美味いわ。いけるでコレ。」
リュウに褒められてもと子は満面の笑みを浮かべた。手作りチョコも結構美味しいものだとリュウもコーヒーを啜りながらチョコをつまみ、ご機嫌であった。
「これだったら、彼も食べてくれますね。リュウさん、ありがとうございます。」
もと子の言葉にリュウのコーヒーを持つ手が止まった。リュウはじっともと子の目を見つめた。
「もとちゃんの好きな奴って、まさか虎太郎ちゃうやんな?」
「それはないです。美和さんの彼ですもん。」
「良かった。じゃあそいつ、どんな風にカッコいいんや?」
「え、聞きたいですか?んー、じゃあちょっとだけですよ。背はリュウさんぐらいで筋肉質って感じです。」
もと子は恥ずかしそうに髪をいじり始めた。
「年上で、髪は茶髪じゃないです。目元がクールで、パッと見は冷たい感じかな。」
彼を思い出しながら話すせいか、もと子はだんだん顔が赤くなり、とうとうこれ以上は無理と言うと両手で顔を隠してしまった。
俺と同じぐらいの背で?筋肉質ってボディビルダーみたいな感じ?目元がクールって目が細いんか?冷たいけど優しいってツンデレ?いろんな情報が交錯してリュウの頭はぐるぐる回った。でも誰だか絞りきれない。あらぬ方向を見て難しい顔をしているリュウを心配してもと子が声をかけた。
「リュウさん、心配してくださってありがとうございます。あの、もし告白して付き合ってもらえたら一緒にご飯に行きませんか?ダメだったらヤケ酒に付き合って下さい。」
「あ、うん、もちろんええよ。3人でメシ行くんなら出来るだけ早くに行こな。もとちゃんをよろしくって言いたいからな。」
「リュウさん、ありがとうございます。リュウさん…」
もと子は目元を緩ませて、次の言葉を告げることが出来なかった。
食事が終わるとチョコをタッパに入れてもらい、大事そうに抱えてもと子は立ち上がった。駅まで送るからとリュウも上着を羽織り、2人で部屋を後にした。駅までの道すがら、さりげなくもと子の好きな男の情報を聞き出そうとするも、いいところまでいくと、必ず恥ずかしがってもと子は口を閉じてしまう。
「好きな人のことを伝えるって、その人の事を細かいところまで頭の中で想像するじゃないですか。もうその人にじっと見られてるみたいですごく恥ずかしいですね。」
頬をピンクに染めながら話す、そんなもと子の様子を見てリュウは思った。しょうもない奴やったら、もとちゃんを二度とたぶらかしたくなくなるように俺がしめたるからな、安心しいや。リュウは優しい眼差しでもと子を見やりながら拳を握りしめた。
数日後、仕事帰りにリュウは久しぶりにピンクに現れた。
「あら、お久しぶりじゃない。元気だったの?」
ニコニコするママの前には梶原のおばちゃんが座っていた。
「え?おばちゃん?元気になったんか?」
「リュウちゃん、心配かけてごめんよ。もと子ちゃんが困ってる時に何もしてやれんでごめんな。」
梶原のおばちゃんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「それはどうにかなったからもうええねん。もとちゃん、無事看護師なれて、バリバリ働いてるで。おばちゃんこそ体はもうええんか?無理したらあかんで。今日は何でここにおるん?」
「今、お世話してる人の関係でママさんに話を聞きに来たんよ。リュウちゃんこそどしたん?」
リュウはおばちゃんの隣のカウンター席にドッカと座ると周りの席をぐるりと見渡した。そしてヒソヒソ声でママと梶原のおばちゃんに聞いた。
「もとちゃんの好きな奴、知ってる?俺の知り合いらしいねんけど、全然見当つかん。」
「なあに面白そうな話しね。詳しく話しなさいよ。」
リュウはもと子から聞いた好きな男の話をママと梶原のおばちゃんにした。
「リュウ、アンタ、聞き出せなかったの?」
「ムリムリ。聞き出そうとしても少し話すと恥ずかしがって口閉じるねん。もうメロメロやで。」
「そんなに?」
「そやで、これ見て。」
リュウはもと子がラインにのせた、クマがハートの後ろで顔を赤らめて恥ずかしがっているスタンプを2人に見せた。ママは仕方ないわねえと苦笑いを、梶原のおばちゃんは乙女やねえとつぶやいた。
「で、アンタの知り合いの方を探してるわけね。条件に合う男ねえ?もと子と2人で来た時、誰もアンタに声かけなかったわよね。」
ママは小首をかしげて思い出そうとしたが、首を振った。
「そやろ。居酒屋とか他の店でメシ食った時も誰も声なんかかけて来んかった。誰や?わからん!」
リュウはガリガリと頭をかいた。
「アンタってちょっとはここいらで顔が売れてるから、アンタの知らないところでアンタの知り合いみたいなフリして近づいて来たのかもよ。アンタには黙っといてな、とか言ってさ。」
「ええ!それ絶対悪い奴やんか!」
思わず大きな声になり、リュウはママにシッーとたしなめられた。
「もとこはアンタひとすじだったのにアンタがほったらかしにしてるから、他の奴が手を出して来たのよ。アンタ、ホント何やってんの。もと子みたいな男に対する免疫のない子、そんな奴の毒牙にかかったら何されるか心配。」
「そやね、あの子、おぼこいから、悪い男に引っかかったら目、当てられへんで。」
ママはグラスを拭きながらリュウを横目で睨みつけ、梶原のおばちゃんはため息をついた。
「マジか…」
リュウはうなだれた。
「もし、もと子が来たらどんな奴か探り入れとくわよ。バレンタインまでは何もしないようにアンタからうまく連絡しときなさい。」
「わかった。もし、もとちゃんがなんか動き見せたら俺にラインしてな。」
もちろんよ、ママは大きくうなずいた。
「リュウちゃん、あの子守ってあげてよ。」
梶原のおばちゃんも真剣にリュウの目を見つめた。
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