第10話 初めまして、虎太郎さん①
初めまして、虎太郎さん
ストーカー騒動が一段落し、ようやく日常が戻ってきた。季節は進み、この1年も終わりに近づいた。来春は最終学年。実習が忙しくなり、リュウと会える日もさらに少なくなる。もと子はヤキモキしていた。そんな中、しばらくお休みとなっていたリュウの家での料理教室が再開となった。12月の初め、もと子は久しぶりにリュウの部屋へ行った。入り口のベルを鳴らすと、ガチャリとドアが開いた。
「おう、久しぶり。元気やった?寒いで、早よ入り。」
懐かしい顔が笑って、手招きしてくれた。ドアの中に体を滑り込ませると、もと子も零れんばかりの笑みを浮かべた。
「こんにちは、お久しぶりです。お邪魔します。」
コートを部屋の隅に丸めて置くと、早速、手を洗いに行った。
「もとちゃん、ちょっと一服しいや。今日のメニューの説明もしたいし、コーヒー入れたから、ここ座ってな。」
リュウは慣れた手つきでペーパードリップで、もと子にコーヒーを入れた。テーブルにはクッキーとコーヒークリーム、砂糖は砂糖入れごと置いてある。もと子はリュウの向かいに座り、カップを両手で持った。
「熱いで。気をつけや。」
はい、とうなずくとふうふうと息を吹きかけて両手で持つカップに口をつけた。
「熱い!でも美味しいです。冷えた体が温まります。」
「大丈夫?舌、やけどしてないか?」
もと子は大丈夫です、と言うとリュウに、アカンベーをして見せた。
「大丈夫そうやな。今日は早めのクリスマスメニューでいこか。」
「え!クリスマスメニュー?」
もと子は思わず身を乗り出し、目をきらきら輝かせた。
「フフフ、食い付きええやんか。今日は唐揚げとポテトサラダ、普通のサラダも欲しいな。ピザもつけるか?」
「あの、ケーキは?…あ、あつかましいですよね。ゴメンなさい。」
もと子は恥ずかしそうに下を向きつつも上目遣いでリュウをチラリと見た。
プッと笑うとリュウはスマホをいじり、画面を見せた。画面には白いクリームでコーティングされ、上に可愛いサンタや文字の書かれたチョコプレートでトッピングされたロールケーキがあった。
「簡単なんしかできんけど、市販のロールケーキを使ったブッシュドノエルで良かったら作ろうかなと、もとちゃんに聞こうと思ってたんや。どうする?」
「作りたいです!」
目を輝かせ、もと子は何度もうなずいた。
「了解。やっぱり、女の子はスイーツが好きやな。じゃあ、ケーキもしよか。ロールケーキはバニラとかチョコとか種類あるから、もとちゃんが決めてな。」
「はい!バニラ以外もありましたね。楽しみです!」
もと子はワクワクを押さえきれない様子で目を輝かせた。
二人は買い物メモを持ち、川沿いの遊歩道を歩いてスーパーへと向かった。
「リュウさん、変わった鳥がいますね。」
もと子は手すりから少し身を乗り出して鳥を指さした。
「ああ、ほんまや。今までとは違う渡り鳥が来てるんやな。もう季節は進んでるねんな。」
リュウは立ち止まり、しみじみと言った。
「もとちゃん、来年は最終学年やな。実習も増えるんやろ?」
「はい。それに国試の勉強も大変になります。」
「忙しくなるなあ。料理教室ももう無理かなあ。」
「そ、そんなことないですよ!忙しくなるのは確かですけど、料理教室は、私、すごく楽しみなんです。だってリュウさんのご飯美味しいし,,,」
「もとちゃん、無理せんでもエエんやで。俺の飯より安くて美味しいものなんて山ほどあるやん。」
「でも、料理教室が無くなったら、リュウさんと会うこと無くなるし、淋しいです」
「アホやなあ。料理教室無くたって、いつでも呼んでくれたら会いに行くで。」
リュウは兄のように穏やかな眼差しで、もと子を見た。しばらく黙っていた、もと子はリュウの腕を掴むと下を向いたままボツりと呟いた。
「リュウさんの手料理は私にとって唯一の家庭料理なんです。家族がいたらこんな感じなのかなって。」
ああ。リュウは目をみはった。そして口を開いたものの声にならなかった。小さく息を吐くと、下を向いたままのもと子の頭をワシワシと撫でた。
「そうか。わかった、わかった。」
リュウは自分の腕からもと子の手を外すと、もと子の目の位置まで軽く屈んだ。
「そんなに楽しみにしてくれてたんや。ありがとう。なら、続けさせてもらうな。」
いつもの強面をフッと緩めて、柔らかく微笑んだ。
「来年は、もとちゃんにスタミナがつくもの作らななあ。」
リュウはニッコリ笑うと歩き始めた。
「あ、待って、待ってください!」
もと子は慌ててリュウを追いかけた。
スーパーに着くと、二人はサラダ用にじゃがいも、人参、キュウリ、トマト、レタス、ブロッコリーを買った。次に肉のコーナーに行った。
「今日は唐揚げなので鳥もも肉な。とり胸肉でもエエねんけど、ももの方が唐揚げは脂がのって旨いねん。」
リュウはそう説明すると唐揚げ用に鳥もも肉を買い物かごに入れた。
「リュウさん、今日はいつもより買う量が多いですね?」
「おう、そうやった。今日は弟も一緒に食べてエエか?アイツ、来年から東京に就職するから、家でクリスマスするのは今年が最後やねん。」
「え、そんな大切な日に私が同席していいんですか?」
「もちろんやで。虎には前からもとちゃんの話をしてるから、もとちゃんに会えるの楽しみにしてる。」
「本当に?嬉しいです。弟さん、虎さんというお名前なんですか?」
「なんでやねん。フーテンちゃうわ。お約束通りやんか。名前は虎太郎と書いて「こたろう」や。兄貴が龍太郎で弟が虎太郎。俺らの親、安易やろ?」
リュウは笑いながら次々と商品をかごに入れ、最後にロールケーキの前で立ち止まった。バニラ、チョコ、モカの三種類が並んでいる。もと子はああでもない、こうでもないとしばらく悩んでいたが、バニラを手に取った。
「バニラでエエねんな?」
「んー、やっぱりバニラですよね!あとはクリーム塗るんですよね?下が白でないと黒いの見えちゃったら良くないですもんね?。」
「いや、全然かめへんで。いっぱいクリーム塗ったらええやんか。」
なんで?とリュウの顔に書いてあった。
「俺は気にならんけど。もとちゃんはちょっとでも下地が見えたら嫌なんやな?」
「いえ、そんなことは無いです。じゃあチョコで。」
もと子は恥ずかしそうにバニラのロールケーキをチョコに交換した。
「クリーム、厚めに塗ったら大丈夫や。」
リュウは親指を立てた。続いてケーキの上にのせるフルーツ缶とサンタの飾りを買った。
「虎が帰ってくるまでちょっとお茶しよか。もとちゃん、カップ二つ出して。」
リュウは流しの汚れ物を手早く片付けるとコーヒーをセットした。冷蔵庫を開けると奥からカップに入った黒いものを出してきた。
「ん?なんですか?」
「コーヒーゼリーやで。コーヒーにコーヒーゼリー、ごめんな。今日、生クリーム余るんちゃうかと思って、昨日、作ってしもたわ。」
「美味しそう!」
「ホイップクリーム絞ってからコーヒー用のクリームかけてな。もとちゃん、ホイップクリーム乗っけてや。」
「はい!」
口金が入り、絞れるようにしたクリームを渡されたもと子はニコニコして受け取っり、早速ゼリーの上にキュッと絞った。するとホイップクリームはポトリと落ちた。もう一度トライした。再びポトリとホイップクリームが落ちた。もと子は困ったような顔をしてリュウを見上げた。
「あの、ちょこんとしたいんですけど、どうしたらいいんでしょう?」
「見ときや。」
リュウはフフと笑うとホイップクリームの口金をゼリーの表面にくっつけて、クリームを押し出した。
「わかった?俺や虎のんもやってな。」
じっとリュウの手元を見ていたもと子は驚いた顔をして、そうなんや!とつぶやいた。
リュウからホイップクリームを受けとると、もと子はいそいそと三個のゼリーをホイップクリームで飾っていった。まるで子供のようにワクワクしながら取り組む様子を微笑ましく見ていたリュウはコーヒークリームとスプーンをテーブルに出し、2つのカップにコーヒーを注いだ。
もと子がトッピングし終えたコーヒーゼリーを持って来た。
「出来ました!」
「お、かわいく出来たやん。さあ、食べよ。」
2人はもと子かトッピングしたコーヒーゼリーに舌鼓を打った。たわいもない話にひとしきり花を咲かせ、コーヒーを飲み終えた頃、
ガチャリ。アパートのドアが開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます