五話 余命宣告、旅の始まり。

 荒い呼吸を繰り返しながら、ラディーニはイエールを背負って昼間の記憶を頼りに大通りで死体を弄んでいるゴブリンを無視して走った。目指す先はラザニエの魔法薬店だ。

 あそこなら解毒剤の一つや二つあるだろうという読みであった。

 しかし、店に辿り着いてラディーニは絶望した。店の扉は壊され、中に入ると棚に綺麗に並べられていた薬瓶は無残にも地面に転がり砕け散っていた。

「誰か! 誰かいないか!」

 ラディーニが奥の工房へ繋がる扉を開けると、そこには月明かりに照らされた、顔の皮を剝がされたラザニエであろう少年の死体が転がっていた。

「そんな……」

 ラディーニは酷くショックを受けよろめくも、イエールを助ける次の方法を模索しなければ、と考え始めた。

 が、工房の扉を閉めて壁にもたれかけるように座らせていたイエールの姿はいつの間にか消えていた。

「イエール!」

 ラディーニがそう叫んで魔法薬の店の敷地を出た瞬間、上空に浮かぶ人影に気がついた途端、頭の中で反響する声が聞こえてきた。

 ――各国の勇猛果敢な兵士達よ、無駄な抵抗はやめよ。

  貴様達の抵抗は称賛に値する。

  よって、一時的に我がしもべ達に攻撃の手を止めるよう指示を出した。

  勇者候補を差し出せば、王国には手を出さない。

  勇者候補を差し出せば、死んだ者に再び会わせてやる。

  そして勇者候補の者達よ、北の果てにある我が領地まで足を運ぶがいい。

  断れば東大陸の王国を残らず消し去ろう。

  二週間後の夜明けまで待ってやる――

 そう言い終えるや否や頭の中の声は嘘のようにその気配を消した。

 先の宣言通り、ゴブリン達が撤退した後の酷い惨状の街中を、ラディーニは悲しみと怒り、そして自身の無力さを感じながら兵舎への道を歩いていく。

 兵舎の中は野戦病棟のような有り様だった。

 負傷した兵士たちが床に横に並べられ、魔術師達が懸命に重症者に治癒魔法をかけて回っている。

「ラディーニさん、ご無事でしたか。私はヴィゴ。テーヴァ部隊の副部隊長でした」

「でした……?」

 ラディーニが聞き返すと、ヴィゴは少し安堵の浮かんでいた顔から、一気に真面目な顔つきに変わる。

「ええ、今夜の戦いの中でガンボール部隊長が命を落とされたため、臨時で私が部隊長を務めています」

 ガンボールが亡くなった、という事実にラディーニは心を酷くかき乱された。

 異世界に来て、共に苦難を乗り越えるはずだった旅の仲間たちが軒並み死んでいくという現実に、頭では理解していても心がついては行かなかった。

「ところで同伴していたイエールさんはどちらに?」

「……彼女は死んだ。ナーガにやられて」

「ナーガが街中に? それは……残念です。彼女は腕の立つエルフだったのに……」

 それから上り始めた朝日の日差しが兵舎の窓から差し込み始めるころには、生き残っていた宮廷魔術師のファラスが兵舎にやってきて、国王の命をラディーニに伝えた。

「邪神の与えてくれた時間を最大限に活用するためにラディーニさんには今日から王国を出て邪神の領地に向かってもらいます」

「でもメンバーはどうする? 一人で二週間旅するのは流石に厳しいと思うが」

「大丈夫です。こちらも話し合った結果、前例のない秘策を実行しますので」

 ファラスはそう言うと、ラディーニを少しでも安心させようと微笑んだ。


 夜明けから数時間後、ラディーニは袋に入った金貨や借りた勇者ベルゴリオの弓矢とサーベルを携え、馬車に揺られていた。

 王国に残ったファラスの話によれば、ラディーニの組むことになるパーティーメンバーは他国から派遣された人らしい。

 しかしそれを聞いてもラディーニは失った三人や、数多くの兵士や市民のことを考えると、安心して楽観的な冒険ができるわけがなかった。

 ――もしもこの世界で死んでしまったら、今度こそ完全に亡き者になってしまうのだろう。

 その思いが彼の頭の中をぐるぐると回っていた。

「ラディーニさん、あっしが送るよう言われたのはここまでです。もうお仲間さんたちも着いているみたいですよ? 頑張って下せえよ!」

 馭者のエラットにお礼を告げると、ラディーニは重い腰を上げて馬車を降り、目の前に立つ三人の男女の前に降り立った。

「お、俺たち日本人の他にようやく外国人っぽい人が来たな」

「私達の言葉……通じるんですかね?」

「せ、拙者達の言葉がこの世界の人に通じる時点で外国人にも伝わるだろ常考」

 今の会話内容から、ラディーニは三人が日本からやってきた若者であることを理解した。

「じゃ、これで全員みたいだしとりあえず自己紹介から始めますか!」

 そう初めに喋った青年が立ち上がって挨拶を始める。

「俺は山本一(はじめ)。日本の東京で仕事帰りにトラックにはねられて気がついたらこの世界にいた感じだ。持ってる特殊技能は『獄炎火』『鋼鉄体』だ。よろしくな」

 彼は挨拶を終えると隣の少女に視線を送った。

「えっと……私は宮木しずるです。一さんと同じで日本から来まして、図書室にいた時に地震に遭って、本棚に押しつぶされてこの世界に来ました……特殊技能は『詠唱破棄』『瞬間記憶』です。よろしくお願いします」

 宮木はそう言うと深く頭を下げた。

「次は拙者の番でござるな! 拙者は滝七蔵。自宅警備をしていたらタンクローリーが突っ込んできて文字通り爆死した哀れなオタクでござる。あ、ここ草生やす場面でござるよ~?」

 滝は元気よく立ち上がってそう言うも、口調のせいかそれを笑うものは誰もいない。

「あっ……以上でござる」

 滝はバツの悪そうな顔をして大人しく座ると、みんなの視線がラディーニに集まる。ラディーニは心を落ち着けて口を開いた。

「俺はアニク・ラディーニ。インディアで映画の撮影中に象にはねられてここにやってきた。

 特殊技能は――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。象にはねられたのか?」

 山本がそう言って片手で制すと、彼の自己紹介に思わず口を挟む。

「ああ、馬鹿な俺を笑ってくれ」

「ラディーニさんの世界では普通にあること……ってわけじゃないよな?」

 山本が念のため確認すると、ラディーニは疲れた顔で微笑む。

「流石に珍しいと思う。撮影に本当の象を使うことはそこまで珍しいことじゃないけどな」

「特殊技能は何なんですか?」

 そう宮木が尋ねるとラディーニは話を戻す。

「そうだった、俺の特殊技能は三つあって、『複数射』『シヴァ様の加護』『天女の導き』だったはずだ」

「特殊技能が三つ……でござるか」

 そこで滝が顎に手を当て表情を曇らせる。

「なんだ?技能は多い方がいいんじゃないのか?」

「これは私が召喚されたときに聞いた話なんだけど、特殊技能は数が少ない方が一個の能力が強い傾向にあるらしいですよ」

「そうなのか!?」

 宮木の情報を聞いたラディーニは、自分の特殊技能が一番弱い可能性のある現実に打ちのめされた。

「そういえば滝、だったよな? あんたの特殊技能だけ聞いてないけど、なんか言えない理由があるのか?」

 山本が滝にそう尋ねて、滝はトイレを我慢しているかのようにモジモジすると、恥ずかしげにこう言った。

「いや、その……名前が子供っぽくてですな……」

「言ってみないと分からないこともあるし情報共有は大切だ。聞かせてくれ」

 ラディーニがそう言うと、滝は諦めたように渋々口を開いた。

「拙者の特殊技能は……『だるまさんがころんだ』で、ござる」

「「へー」」

 馬鹿にされるかと身構えていた滝は、思っていたよりも薄い反応に肩をなでおろした。

「と、ついつい話し過ぎたな。そろそろ歩き始めるか。

 続きは移動しながら話そう。時間は有限なんだしな」

 山本の意見に三人は同意すると、旅の一歩を踏み出した。

 こうして邪神封印のため、四人の物語がようやく幕を開けた。

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