四話 予期せぬ来客、託された希望。

 ラディーニは鉄板を何かで叩く鋭い音で目が覚めた。

 ベッドから起きて窓の外を眺めると、兵士たちが城壁の方向へ向かって走って行くのが見える。

「何かあったのか……?」

 そう呟いた瞬間、勢いよく部屋のドアを開けてイエールが入ってきた。

「アニク、ついて来て! 敵よ!」

 言われるがままイエールについて行き、兵舎の中へ入ったラディーニはガンボールから敵の詳細を聞かされた。

「敵のゴブリン部隊は二組に分かれて国の城壁を登り、攻め込んできている。だがこれは兵士をそちらに割かせるための陽動だ。

 本命とみられるゴブリンメイガスを含む別動隊が地下水道から王国前のババツァミス通りの下へ進行しているという報告を先ほど受けた。

 そこで我々テーヴァ部隊はデラワファ魔術師隊と組みイェーシェスムン通りの地下水道を最終防衛線とし、ゴブリン軍団を食い止める。ここまではいいな?」

 その問いかけに兵士たちが威勢よく返事を返す。

「残りのテンタレット部隊とファルファルハ部隊はサンタルトクメーネ大聖堂でアニク・ラディーニの防衛にあたれ。おそらく今回の狙いは彼だ。気を引き締めて警護にあたれ。では、解散!」

 ガンボールがそう告げるとラディーニは手を引かれるまま、複数の兵士やイエールと共に大聖堂へと移動するために兵舎を出た。

 街の通りは既にゴブリン部隊の第一波による襲撃によって死体と血に塗れていた。

「――――」

「見ない方が良いわよ。しばらく何も食べられなくなるから」

 ラディーニはイエールの忠告を素直に聞き入れ、昼間に出店で肉串を焼いていた女性の死体から目を反らして進んだ。

 大聖堂の前までようやくたどり着くと、入り口に立っていた兵士が一人近づいてきた。

「こっちだ! 早く!」

 だが次の瞬間、彼は顔面に矢を受けて地面に倒れた。

 驚きを隠せないまま、ラディーニが矢の放たれた方向である自分の後ろを振り返ると、そこには弓を構えているイエールの姿があった。

「気をつけて、あれは人じゃないわ」

 そう言われて立ち上がる兵士のようななにかを見返すと、違和感に気がつく。男には影がないのだ。

「マサーンね。悪霊の一種よ」

 そう言ってイエールは喉から風の吹くような音を立てて呪文を唱えた。

 するとマサーンは白い光に拘束され、姿を消した。

「あれが大聖堂の前にいたってことはもう中は安全じゃないかもしれないな。一応中を確認してくる」

 そう言って兵士の一人がドアを開けた。

 すると中から出て来た大蛇に丸のみにされ、男は姿を消した。

「ナーガだ! 攻撃開始!」

 護衛の兵士達が剣で切りかかるも、そもそも刃が皮膚に通らずその鋭い牙によって噛み殺されていく。

「逃げて下さい! あなたは我々の希望です!」

「こっち!」

 イエールに手を引かれながら、ラディーニはただ見守ることしかできず、兵士を助ける力のない自身の無力さを強く恥じた。

(何が自分が何者か分からないだ、ただ単に俺は何者でもなかっただけじゃないか)

 そう、遅まきながらラディーニはようやく気がついたのだ。勇者と呼ばれる存在になっても、自身が変わろうとしない限りただの人であることに変わりないこと。

 そして彼らは、本気でラディーニが邪神を封じて世界を救ってくれると信じていることに。

 イエールと共に曲がり角を曲がった途端、道の先に白い布がはためくのが見えた。

「まさか……」

 ラディーニはその見覚えある羽衣を必死に追いかけ始めた。

「ちょっと、どこ行くの!」

 イエールは混乱しながらも背後から迫るナーガの地を這う音から逃げるためにも、ラディーニについて走る。

 何本目か分からないほどに進んだ路地裏を抜けると、ようやくその天女の姿を目にした。

 端正な顔立ちの天女は手招きをして、近くにある建物の中へと消えていった。

「イエール、ここは何の建物か知ってるか?」

「ええ、ここは五代目勇者ベルゴリオの墓所よ」

「ここには何かがある、感じるんだ。行こう」

 そう言うと恐ろしいほどの静けさに包まれた墓所の中、ラディーニはその感覚の正体を見つけた。

 そこに飾られていたのはきれいな模様の細工の施された弓と矢、そしてサーベルだった。鏃は大きく、どこか魔的なものを退治することに特化している雰囲気を感じ取ったラディーニは、それらを壁から外し、サーベルを腰に携え、弓を張った。

「まさかそれを使ってナーガを退治する気? 無茶よ、そもそもあなた弓を射ったことはあるの?」

「少しだけ経験があるが、こんなに重い弓矢は初めてだ」

 そう言うと、ラディーニは矢をつがえ、弓を構えて鏃を墓所の入り口に向けた。

 ナーガへの反撃開始だ。

 墓所の入り口から、振るわれた鞭のように素早い動きで頭を突っ込んできたナーガに対して、ラディーニは気持ちを落ち着けてギリギリまで引き寄せてから矢を放った。

 矢はナーガの顔に空いた二つの鼻の穴の間を見事に捕らえ、深く突き刺さる。

 ラディーニは油断することなくナーガの横に回り込むと、頭をサーベルで切り落とす。

 ナーガの頭が冷たい石畳の墓所の上に落ち、鮮やかな深紅の血が切断面から噴き出して、二人の腕や顔にかかった。

 瞬間、ラディーニの体が強い痺れに蝕まれる。

(麻痺毒か!?)

 彼が慌ててイエールの方を見ると、彼女の症状はより酷く、石畳の上に倒れ込んでけいれんを起こしていた。

「イエール、しっかりするんだ。イエール!」

 ラディーニは必死に声をかけるが、彼女は返事を返せる状態ではない。

「ああ、クソッ!」

 ラディーニは彼女を背負うと、痺れる体に鞭を打ち、勇者ベルゴリオの墓所を後にした。

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