夏×E

徳野壮一

第1話

 この世は様々な確率で溢れている。 

 例えば、サイコロの出る目の確率は6分の1。

 例えば、自動販売機の下にお金が落ちてる確率は10分の1。

 例えば、「お客様の中にお医者様はいらっしゃいますか?」と機内アナウンスし、実際に医者がいる確率は約10分の7である。


 では、人が雷に打たれる確率は?


 答えは、1000万分の1だ。

 これはジャンボ宝くじの一等当選とほぼ同じ確率と言われている。

 同じ確率なのに前者は全然嬉しくない。

 日本の人口は約1億2557万人としたら、およそ12.6人が雷のあったことがある計算になる。さらに、雷に打たれた時の死亡率は70%ということを考慮すると雷に打たれたら約3.8の人しか生き残らないこととなる。


 しかし、あなたはこんなセリフを聞いたことはないだろうか?

「俺、3回も雷に打たれたことあるんだぜ(笑)」

 このセリフを聞いて、あなたは嘘だと思うだろうか?

 1000万分の1の確率なのに、たった一人の人間にそんなに雷が落ちるのだろうかと。


 たとえお酒を飲んで酩酊していた男が言ったとしても、その話が真実だという可能性は十分にある。

 実際、ギネスブックには雷に7回も打たれたことがある人が載っている。


 確率はあくまで確率でしかなく、現実は確率より奇なりだ。

 定義や条件によって確率は変わってくるのだ。

 その場所がよく雷が落ちる場所だったら?

 その人が避雷針の先に括り付けられていたら?

 生死は別にして確実に3回は当たるのが容易に想像できる。

 

 でもいたって普通の天候で、普通の片田舎の街で、まだ中学生の少年が何度も何十回も雷に打たれていたら?


 古来より雷は神と関連づけられることが多かった。そのため、雷に打たれた人は罰が当たった、なんて言われたりしたが、何回も雷に当たる人は罰とかそんな話ではなく、ただ単純に神に嫌われているか好かれているかのどちらかだと思う。


 それとは別にこんな考え方はできないだろうか。

 何度も雷に打たれる少年は、他の人が雷に当たらないようにあえて人柱になっているのではないかと。

 1000万分の1の確率を己に収束し、他人を守る英雄的行動だと。

 

 長いことグダグダと言ってきたがつまるところ——


 ——俺、そんな英雄だから、なんかちょっとぐらい見返りがあって良くね。具体的いうと補——」

「はよ学校行かんかい、愚息」


 富突率道とみつきよりみちは背後から衝撃を受けリビングの床に倒れた。


「痛い!背中蹴ることはないだろ母さん」

「ぐちぐち五月蝿いのよ。テレビの音聞こえないでしょうが!」


 率道が振り向き、抗議するも逆に母親に一喝された。


「でもさ、ほら、さっきテレビで警備員が殺され、研究施設から致死性の高いウイルスが奪われたっていってたし……天気予報でもここら辺雷警報でただじゃん。危険だって。空ゴロゴロいってるし、絶対雷落ちるって!俺、雷に打たれるのもう嫌なんだけど!」

「……率道。あんた今までどれくらい雷に当たったんだっけ?」


 率道は指を折りながら数えた。


「えっと……33回かな?」

「そんなだけ打たれても生きてるだから、大丈夫よ。この際、男らしく100……いや1000回目指しなさい」

「いやいやいや!男らしくとか意味わかんないから!」


 それはもうヤケクソと言うべきだろうと、率道は思った。

 

「母さんは知らないだろうけど、雷ほんと痛いから!走馬灯見えるから!」

「死ななければ全部かすり傷よ」

「その考えは極端すぎるから!いいじゃん補習ぐらい行かなくても」

「わがまま言うな。主席日数足んないあんたのために、先生がわざわざ準備してくれてんでしょ」

「うっ」

 

 率道はそれを言われたら弱かった。


「そもそもあんたが、毎日学校に行ってれば済む話じゃない」

「それは……そうなんだけどさ。俺も行きたくなくて、学校に行かないわけじゃないからね。色々あるっていうか、タイミングが悪いっていうか……むしろドンピシャというか……。……はぁ。わかった行くよ、行けばいいんでしょ」

「そうよ。それに雷に当たるとは限らないでしょ、サンダーボーイ」

「そのダサいあだ名はやめて」


 観念した率道は鞄をもって玄関に向かった。


「別に玄関までついてこなくていいんだけど……」

「あんた逃げるかもしれないでしょ」

「少しくらい息子を信用しなよ……」


 率道は廊下に座り靴紐を解いて靴を履く。


「雨が降る前に早く行け。それに補習始まるまであと40分しかないよ」

「20分有れば学校に着くから余裕だって」


 率道が靴紐を結んでいると、玄関ドアのガラスから、光が一瞬だけ入った。

 雷だ。

 雷鳴がすぐに聞こえてこないのでそこまで近くではないが、その閃光は率道を憂鬱にさせる。


「やっぱり行かなきゃダメ?」

「ダメ」

 

 ため息をついて立ち上がった率道に、母は鞄を渡した。


「鞄軽いけど、ちゃんと勉強用具はいってるの?」

「筆箱だけ。先生に『どうせ富突君は補習で学校に来るので、教科書とか学校に置いておいていいですよ。補習の時に忘れられても困りますし』って終業式の日に俺だけ言われた」

「担任はあんたのことよく分かってるね」

「あんま嬉しくないって。……じゃあ行ってきます」

「あっ、ちょっと待て」

 

 玄関の取っ手を掴んだ率道を、母は呼び止めた。

 雷に打たれるかもしれない自分を心配して、なんて期待しながら振り返った率道が見たのは「はい」と手をひらを出した母の姿だった。


「……なにその手」

「携帯電話」

「いやいや、ケータイぐらい携帯させてよ」

「あんたが雷に打たれたら、携帯電話が壊れるでしょうが」


 俺じゃなくてケータイの心配してんのかよと率道は思った。


「さっきは当たらないから大丈夫とか言ってたよね!?」

「備えあれば憂いなしって言うでしょ。それに携帯電話だってタダじゃないんだから」

「機種代0円のガラケーだけど!?」


 率道はスマホを持っていたが、悪天候のたびに雷に打たれケータイを壊していた。何度もケータイを壊されてはたまらないと、母は逆転の発想で壊してもいいケータイを持たせていた。


「0円携帯それで何台目だと思ってるの!ケータイショップの店員さんに変な目で見られるのはお母さんもう嫌だからね」

「でも、友達から連絡あるかもしれないし……」

「家族以外に連絡先が登録してあるの、担任の先生とレン君の二人だけなんだから連絡なんて来ないわよ」

「何で母さんがそのことを知ってるんだ」

「それは1週間前だったかな?あんたがちょうど居なかった時があったじゃない?」

「うん」

「その時にたまたま電話がかかってきたから、電話に出た後ちょちょいとね」

「プライバシー!」

「そういえば先生から聞いたけどあんた、自分だけがガラケーだからってクラスではケータイ持ってない設定らしいじゃない」

「うわぁぁぁ!」


 率道は恥ずかしさのあまり頭を抱えた。


「大人しく携帯を出しな」

「……はい」

 

 ケータイを渡して家を出る率道に「道草食うなよ」と母は手を振った。





 空を黒く分厚い雲が一面を覆っていた。

 時々遠くで稲妻が雲の中を泳ぐ。水分を十分に吸った空間は過ごし辛く、少し動いただけで汗がでてくるほどだった。

 外に出歩いている人はほとんど居らず、片田舎とはいえ住宅街、そこそこの人口のはずのこの町も完全に沈黙していた。

 そんな中、補習を受けるため高校に向かう富突率道は雷に打たれないよう店の軒下を、頭上を遮るものがないときは家のブロック塀に張り付きながら忍者の様に素早く移動していた。

 まだ遠くで雷鳴が聞こえる程度だが、いきなり雷に打たれたことのある率道は油断はしない。


 お昼時ということもあって、そこかしこの家からいろんな匂いが漂っていた。

 率道今張り付いている石松家からはカレー臭いがした。

 

「石松家は今日はカレーか」


 石松家の子供、タケルと率道は学年こそ違うが、親同士が知り合いでよく遊んでいた仲だった。


 そういえばと昔タケルと一緒に公園で遊んで時のことを率道は思い出した。


「ハァ」

「溜息なんて吐いてどうかしたか、タケル」

「今母ちゃんから連絡が来てさ……夜ご飯カレーだって……」

「うん?それでどうして溜息を吐いてるんだ?」

「……うちの母ちゃん、いつもカレー作りすぎなんだよ。……ああ、これから3日間はカレーか……」


 あのときは平日だったけど今は夏休みだ。もしかしたら石松家は3食カレーかもしれない。

 今日はカレーの何日目かは知らないが頑張れと率道はタケルに心の中でエールを送った。


 

「よっちゃんや」


 フェンスを背に進んでいた率道よりみちは背後から名前を呼ばれた。

 庭のある家の縁側に一人のお婆さんが座っていた。


「瀬名の婆ちゃん、どうかした?」


 振り返った率道は瀬名の婆ちゃんにも聞こえるよう大きな声を出した。

 瀬名の婆ちゃんは学校帰りの子供によくお菓子をあげている人で、率道もお菓子をよくもらっていたのだ。夫はすでに他界しているらしくそこそこ広い一軒家に一人で住んでいた。


「ちょっとスイカを貰ったんだけどねぇ。食べきれないから1玉貰ってくれないかい?」

「え、本当?スイカ好きだからくれるのだったら貰うけど……」

「そうかい。じゃあいま持ってくからちょっと待っててなぁ」

 

 ゆっくりと立ち上がった瀬名の婆ちゃんは家の中に入っていった。


「俺が取りに行くから家の中で待っといて!」


 瀬名の婆ちゃんにそう声をかけた率道は、駆け足で入り口にまでまわり、庭にはいった。

 遊ばせてもらったことのある瀬名家の庭はいくつもの花が咲いていて、綺麗に整えられていた。

 率道が縁側から家の中にあがろうとする前に、瀬名の婆ちゃんが大きなスイカを両手で抱えて持ってきた。


「俺が取りに行くから無理すんなって」

「ちょっとぐらいは動かないといかんからねぇ。ああ、スイカを入れる袋も必要だねぇ」

「ああ、それなら空っぽの鞄があるから大丈夫」


 受け取った大玉のスイカはずっしりと重かった。率道は筆箱だけが入った鞄の中にスイカを詰めた。

 

「それじゃあ、俺学校行かなきゃいけないから。スイカありがとね」

「そうか頑張ってなぁ」





「スイカを鞄に入れて学校行くってどうなんだ、俺?」

 

 スイカが入った鞄の重さを肩で感じながら自問自答している率道の耳に、町の所々にあるスピーカーから市の放送が聞こえてきた。

 

『迷い人のお知らせです。67歳、男性の行方がわからなくなっております。身長は175センチほど、体格は中肉。髪は白色の短髪。黒色のズボンとベージュのジャンバーを着用しています。お心当たりの方は警察署までご連絡ください』


「へぇ、迷い人のお知らせか。天気は悪いし心配だな……。うぉっ!また光った」


 雷光を周回遅れで雷鳴が追う。

 確実に近づいてくる雷雲に率道は圧迫感を覚え、足を早める。


 

 暫く進んでいるとピアノの旋律が聞こえてきた。

 タイトルは分からないがクラシックの感じがして、きっと百目鬼さんだと率道は思った。

 百目鬼さんはこの町育ちのプロのピアニストで、ここら辺では有名だった。

 海外に住んでいたらしいのだが、なんでも百目鬼さんの父親、サラリーマンだった吉野の爺さんが「俺は日本の平和を守ってた」といっているらしく、とうとうボケたかと、心配性の母だけでは不安で実家に戻ってきたらしい。その際に家ピアノを一台新しく置いたそうだ。

 午前中はあえて防音じゃない部屋にある昔使ってたピアノを弾いているらしく、外に音が漏れるのだった。タダでプロの演奏が聴けるため、外では通行人を装って聴きに来る人がいるとかなんとか。


 率道が百目鬼さんの家の前を通るとき、力強く繊細なピアノ音の連なりが、雷鳴に負けじと辺りの空気を震わしていた。

 率道は補習をうけるため、雷に打たれたくないために、もっと聴いていたい欲求を振り切るようにして学校へ向かう。

 


 (おっ!もうすぐ夏川さんの家だ)


 あと二軒先に夏川一家が暮らしている普通の家がある。

 率道は少し身だしなみを整えた。

 夏川すみれは率道と同じクラスの生徒だ。明るくて活発。誰に対しても優しくて可愛い、学校のアイドル的存在だ。数多の男子から告白されているが、一人として了承したことはないらしく、好きな人がいるのではと噂されている。

 夏休み入る前、夏川さんと目が合う機会が多かったように思え、自分にもチャンスがあるのではと率道は考えていた。

 もしかしたら夏川さんが家から出てくるかもしれない、家の中から見ているかもしれいと、背筋を伸ばした率道は彼女に家の前を歩いた。


 10秒たった。

 率道はまだ夏川家の前を歩いている。

 

 30秒たった。

 まだ歩いている。


 1分たった。

 ようやく玄関の位置まできた。


 牛歩戦術。

 僅か約10メートルほどの距離をさながらスローモーションのパフォーマーのように、ゆっくりとゆっくりと歩いて遅々として進んでいなかった。

 

 たっぷり1分30秒かけ、率道は夏川家を通り過ぎた。




 雷の閃光と轟音の間隔がだいぶ狭くなってきていた。

 小さな公園にある時計を見た率道は、到着予想時間よりだいぶ遅れていることに気がついた。


(やばっ!間に合わないかもしれない)


 率道は立ち入り禁止になっている廃工場を突っ切って近道することにした。

 誰もいないのを確認した率道は、スライド門扉をよじ登り工場の敷地内に入った。

 伸び伸びと生えている雑草、錆びついたトタンの壁、汚れて不透明になったガラス戸。曇天のせいか、酷く退廃的に映えていた。

 率道は不自然なほど広く感じる工場を隣に、小走りしていると


「——い——だ!」


 無人のはずの敷地内から、人の声がした。

 

(人がいる!?)


 いけないことをしている自覚があった率道は、慌てて物陰に隠れた。


「————?」

「——!」

 

 耳を覚ませてみると、どうやら工場内から聞こえてくるようだった。


(誰かと誰かが喋ってる?)


 隠れていた率道は音を立てないように、窓の下まで行く。汚れている窓を少しだけ指で拭き、コッソリと中の様子を見た。


 もともと工場にあったものが散らばっている中に、後ろ姿の人が一人とその奥で椅子に座っている人が一人いた。

 座っている人は短い白髪に黒のパンツとうっすい黄色みたいな色の上着を……


(……うん?何処かで聞いたような——ていうかあれ吉野の爺さんじゃね?こんなとこで何やってるんだ?)


 立っている男の人は、吉野の周りをゆっくりと歩いていた。

 左手には銀色の水筒のような円柱形のものを。

 右手には——

 

 ——拳銃を持って。



(じゅ、銃!?……いやいやいや。そんな馬鹿な)


 自分の見間違いだと思った率道は、一旦窓から離れ深呼吸をした。そしてもう一度工場の中を覗いた。見間違いではなく拳銃を握った男はやっぱりいた。しかもよく見ると、吉野の爺さんは動かないように縄で縛られていた。

 どういった状況かは分からないが、ヤバそうな空気を感じとった率道は警察に電話しようと右手をズボンのポケットに手を入れた。

 ……左手を左のポケット入れた。

 ……バックポケットにも手を突っ込み弄るが何もなかった。

 肩にかけていた鞄も開けるが、中には筆箱と大玉のスイカが一つしかなかった。


(しっ、しまったぁ!ケータイは母さんに没収されたんだった!)

 

 いったんここを離れて、近くに家の人に電話を貸してもらい連絡をするか、それとも1人で助けに行くか?でもスイカしか持ったないし、と悩んでいた率道の耳に微かに二人の会話が聞こえてきた。


「……そうか君は、あの時の……テログループ、アルコルの中にいた子供か」

「やっと思い出したか……。計画実行前にあんたがいた部隊によってアルコルのみんなは殺され、俺だけが生き残った」

「……どうしてこんな事をと問うのは愚問か」

「ああ、愚問だね!復讐に決まってる!それにしても驚いたよ、まさか俺らを皆殺しにした部隊の奴らがあんた以外全員死んでるとは予想外だった……。初めは絶望したよ。復讐相手がいないんだ、この気持ちはどうすればいいかってね!だからさ、本当にあんたには感謝してるんだ。あの時の俺を見逃してくれてありがとう。俺に生きがいをくれてありがとう。あんたが生きていてくれてありがとう。俺は今、幸せの絶頂にいる!!」


 率道は驚いていた。


(家族にボケたと思われて病院に検査に連れて行かれた吉野の爺さんが、まさか本当に日本の平和を守っていたなんて!?……って、そんなことよりどうにかしないと……)


 率道は状況を改善する方法はないか辺りを見渡すと、少しいったところに工場内に入れそうな所があった。率道は鞄を持って銃を持った男にバレないよう中に入った。戦うつもりはなかった。そもそも率道はただの高校生だ。もちろんのこと戦う術は持っていない。ただ相手が離れたらその隙に吉野の爺さんを助けようと思っていた。

 幸い工場内は散らかっており隠れて近づくのにはもってこいだった。



「これがなんだかわかるか?」

 男は左手に持った銀の筒を吉野に見せた。

「お前もよく知ってるものだ」

「……なんなんだ」

「これはだな——」

 

  バーン!と轟音が工場内に響いた。

 雷だ。

 そこそこ近くで落ちたみたいだ。


 (くそ!結構重要そうなものなのに、雷のせいで聞こえなかった)

 

 率道は二人の近くまで来ていたが、雷の音で男がなんと言ったか聞こえてこなかった。


「……すまんがもう一度言ってくれ」


 吉野の爺さんも聞こえていないようだった。

 廃工場の独特の空間に、危機的状況とは場違いな気まずい空気が流れていた。


「だからこれはだな——」


 バチッ、バーン!またもや男のセリフに被せるように天が鳴った。もはや雷光と雷鳴のタイムラグはほとんどなかった。


「………………」

「………………」


 際立った静寂の中、二人は見つめあっていた。

 

「これがなんだかわかるか?お前もよく知ってるものだ」

「……なんなんだそれは」


(もう一回初めからやり始めたぞ)


 同じ動きをしだした二人、まるでデジャブが起きてるようだった。


「この筒の中にはな、あの日計画で使うはずだった、俺の父親が作ったウイルスが入っている」

「なっ!?馬鹿な、そのウイルスは全て回収し保管してあるはず……まさか!」

「フッフッフッ。おそらくあんたの想像通りだ。盗んで来たんだよ研究所からな!これであんたを殺してやるよ。しかも感染したあんたを助けに来た他の奴らも、空気中に拡散したウイルスを吸い込み感染し、さらに多くの人に感染していく大虐殺、大爆笑のシナリオだ!最高だろ」


 男はそれは嬉しそうに顔を歪めた。

 吉野は目の前にいる悪鬼羅刹が如き男に声を振り絞り、問いかけた。


「……何故だ。犯罪者の中で育っていた昔と違い、今は善悪の判断は分かっているはずだ。それなのにどうして人を殺そうとする!何故私だけを殺そうとしない!子規!」

「なんだ。俺の名前知ってんのかよ……」


 子規が仲間を殺した部隊を探したように、吉野もあの時の撃たずに見逃してしまった子供を探していたのだ。そして3年後、孤児院で見つけた。孤児院の子供たちと楽しそうに遊んでいる姿はもう荒んだ目をしておらず、痩せ細っておらず、普通の子供のようだった。その姿をみて百目鬼は何もせず、去ったのだ。


「……そんなの人間が嫌いだから、社会が許せないからに決まってるだろ。……やっぱりカエルの子はカエル、犯罪者の子供は犯罪者になるのかなぁ。……それに俺はこのウイルスを盗むときに3人殺しちまってる。……だったらもういいだろ?3人も10人も変わりはしない。むしろ男らしく何千何万と殺して歴史に名を刻んでやろうってな!」


「そういうのは男らしくなんて言わねぇよ!」


 後ろを振り向く前に、子規は後頭部に強烈な衝撃をくらった。ウイルスが入った筒は手を離れ、地面に落ちる。

 なんとか倒れず踏みとどまった子規に、物陰から飛び出た率道がタックルをかまし、地面に叩きつけた。

 

「ぐぁ!」


 率道は倒れた子規の顔に思いっきり蹴りを入れた。


「はぁはぁはぁ、そういうのは、ヤケクソって、いうんだよ」


 気絶したのか、頭がスイカで赤くベタベタになって動かない子規に率道はそう言うと、拳銃を取り上げた。


「大丈夫かよ、吉野の爺さん」


 子規が気を失ってるか確認した率道は、吉野の縛られていた縄を外した。


「お前は……富突ところの息子か。とりあえずそこに落ちた筒を取ってきてくれ。私はこのロープで子規を拘束する」

「わかったよ爺さん」


 転がっていた筒を拾った率道は拘束している吉野のところに持っていった。


「持ってきたよ」

「おお、すまんな。それと助けてくれ感謝する。お前は勇気があるな」

「そんな事ないよ。たまたま相手が一人で、油断していて、スイカが手元にあったから……スイカがなかったら別の手段を選んでたと思う」

「まぁよくわからんが救ってくれたのは事実だ」


 率道は、子規を拘束し終えた吉野に拳銃とウイルスの筒を手渡した。


「それより問題はこのウイルスだな……。む?これはタイマーか!」

「え、なに、なんかやばそうなんだけど!」


 百目鬼は受け取った筒を調べていると、上の部分でピッピッと音を出しながら小さな赤いランプが点滅していた。


「クク、そのウイルスは空気感染するものだ」


 拘束されて寝転がされている子規が言った。

 意識が覚醒した子規は、嘲笑うように言った。


「さっきの落下の衝撃でウイルスが入ってた容器は割れだろうな。しかもそれは自動で蓋が開くように細工してある。あと15分もしないうちに蓋が開いて多くの人が死ぬだろう」

「おおう、意外にまだ時間があった……」


 ランプの点滅を見てあと数秒で開いてしまうのかと、テンパっていた率道は少し落ち着いた。


「どうしたらいいんだ?爺さん。このウイルス知ったんだろ。なんか対策は?」

「どうにかして蓋が開くのを阻止しなければいけないことしか思いつかない……」

「だったらその蓋が開かないように紐でぐるぐる巻にすれば——」

「無駄だ。その蓋は蝶番ように開くわけじゃない、扇子のように重なって開くんだよ。だから諦めてお前ら二人で逃げて、ここら辺の地域の人がウイルスによって死んでいくのを是非楽しんでくれ」


 どうにか開封を阻止する方法はないのか率道が考えていると、下を向いて考え込んでいた吉野が顔を上げ、率道をじっと見る。


「ひとつだけ方法を思いついた」

「ハッ。そんなのあるわけないだろ。15分じゃ専門の部隊もここに着きはしない」

「子規が話していた内容を聞くと、どうやら電子制御で動くみたいだ。だったらこの筒に強力な電気を流してやれば中の機械がショートするはず……」

「確かにそれができれば装置は止まるだろうな。だがその強力な電気はどうするつもりだよ。15分で準備できるものじゃねぇだろ」


 子規の声を無視して、吉野は率道をじっと見つめていた。

 吉野が自分に何を求めているかを率道も理解していた。


「ま、まさか……」

「任せたサンダーボーイ」

「なんでそのあだ名を知ってるの?流行ってるの?」


 吉野は率道の肩に手を置いた。


「この町を救えるのは君だけだ」

「くぅ……わかりましたよ!やればいいんでしょやれば!でも雷なんてそうそう当たるもんじゃないですからね、当たらなくても責めないでくださいね」

「もちろんだ。ダメだったら別の方法考えるから安心して打たれてきなさい」


 ウイルスの筒を受け取った率道は外に出ようと走り出した。


「おいおい、あんたら何言ってんだよ。頭大丈夫か?たしかに雷に当たればショートするだろうが、雷に当たる確率知ってる?1000万番の1だぜ、当たろうと思って当たる様なものじゃ……」

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


 工場の外に一歩出た瞬間だった。

 目を焼くほどの光と、鼓膜が破れるかと思う音が百目鬼と子規を襲った。


 視覚が正常に戻った二人の視界には、工場の外でク倒れている率道と、赤い点滅が消えていたウイルスがはいった筒が地面に転がっていた。


「……神様、愛してるぜてめーなんて大嫌いだ——」









「また雷に打たれて救急車に運ばれてきたの君?」

「ええ、まぁ……はい」


 病院の診察室でもう顔馴染みとなった医者と率道は向かい合っていた。


「見た感じ大丈夫そうだけど……一応精密検査する?」

「なんかもう大丈夫な気がします」

「だよね。じゃあもしも、万が一、何か異常があったら病院いきてね」

「あの〜先生。よく雷に当たるっていう異常があるんですけど……」

「それは君、もう諦めなさい」

「……はい」





「ただいまぁ」


 率道は病院から直接、家に帰った。家に着いた頃には午後6時を回っていた。


「おかえり〜。率道あんたに電話来てるよ」

「えっマジ!?」

 

 リビングから顔を出した母の耳には、率道のケータイがあてられていた。


「勝手に息子のケータイにかかってきた電話に出るなよ」


 レンからの遊びの電話かと思い率道は、母親からケータイを奪い取ると耳にあてる。


「はい、もしもしー」

『もしもし〜、率道君ですね。あっ先生です。今日補習にこなかったから明日は朝から来てくださいね』

「…………」





 明日は、晴れるといいな。

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