敵味方

 はっきりと口にした私にイライアスは目元を和らげた。


「ありがとう、アリシア。自分本位な私には過分な言葉だ」


 そして再びイライアスはお父様に頭を下げる。


「ヒースロット卿。私もアリシアと同じ気持ちです。利害だけでなく、感情でも繋がれる。それが繋がりを更に強固にするとあなたもご存知でしょう? 認めてください。お願いします」


 お父様はしばらく無言だった。きっと頭の中で計算しているのだろう。やがてふうと溜息をつくと重々しく頷いた。


「……わかった。認めよう」

「お父様……!」


 私は喜色を湛えた声を上げる。隣のイライアスを見ると、彼も笑顔を浮かべていた。それがまた、私との結婚を望んでくれているようで胸が温かいもので満たされて言葉にならなかった。


 だけど、そこでお母様が口を挟んだ。


「……わたくしは認めません! おかしいでしょう。イライアス様がアリシアを連れ出したことといい、アリシアとの結婚を言い出したことといい、アリシアに都合が良すぎます!」


 お母様は更に顔を険しくさせた。視線で人を射殺せるなら殺せるかもしれない。そう思えるほどに私を睨みつけた。


 ──怖い。


 私が間違っているのかと思いそうになる。逆らった私が悪いのか。怖くて息の仕方を忘れそうになる。激しくなる鼓動と同じように息を吸う回数も増える。落ち着かないとと、焦れば焦るほどに息が荒くなる。そんな私を心配してか、イライアスが私の手を握ってくれた。


 ──大丈夫。


 イライアスの手を握り返し、荒くなった呼吸を整える。お母様は続けた。


「もしかして、セシリアと婚約していた時からあなたたちは……。アリシア、あなたはどこまで腐っているの! 妹の婚約者に手を出すなんて……! イライアス様、あなたもあなたです。セシリアという婚約者がいながらアリシアと密通するなんて……!」

「お母様! 私はセシリアとイライアス様が婚約していた時にイライアス様と関係を持ったことはありません……!」


 このお母様の言葉は看過できなかった。イライアスとの思い出を一方的に踏みにじられた気がして悔しい。それに、お母様にそんなふしだらな娘だと思われることが悲しかった。私の目に膜が張る。泣いたら負ける気がして、ぐっと息をのんで堪えた。


 お母様は侮蔑を浮かべて更に私を罵る。


「それなら何故、今になってそんなことを言い出したの? 今ならあなたの都合のいい方に物事が進むと思ったからでしょう? それが計算でなくて何だと言うの! あなたはいつもそう。長女に生まれたからといって当主の座を用意され、それが気に入らないとセシリアを排除しようとし、あまつさえセシリアの婚約者を奪う。どこまで奪えば気が済むの……!」


 ──奪う? 違う。私から大切なものを奪っていったのはお母様の方。


 次期当主に遊ぶ時間は必要ない。愛情なんて必要ない。そうして私は家族から排除された。悩みを相談したくても、それは甘えだと切って捨てられるだけ。だからお前は弱いと馬鹿にしてきたのは誰?


「……っ、私は! 奪っていません! 私がいつ当主の座を望んだというのです? 責任を果たさなければこの家にはいられない。だから私は私なりに頑張ったつもりです。だけど、どんなに足掻いてもお母様、あなたは結果が全てだと認めてくれなかった」

「そんなことは当たり前でしょう。認められようが認められまいが、あなたは長女。それは変わらない事実なのだから。それだけで恵まれているのに、セシリアを妬んであなたは何をしているの? 恥を知りなさい」


 どこまでもお母様はセシリアの味方。私は唇を噛み締めて怒りをやり過ごす。


 だけど、ここでセシリアが声を上げた。


「お母様、いい加減にして! 私はアリシアに奪われたとは思っていない。むしろ、私がアリシアとイライアス様の間に割り込んだの。イライアス様は、城下で知り合ったアリシアに結婚を申し込むつもりだった。私はそれを知っていてアリシアに成りすまし、イライアス様を騙して婚約したのよ。私はアリシアが羨ましかった。何でも手に入れているように見えたから。だから私はアリシアを排除しないと、いつまで経ってもお父様やお母様、イライアス様に私を認めてもらえないと思ってあんなことを……。だけど、そうじゃなかった。アリシアは望んでいなくても受け入れざるを得なかっただけ。抗うことも許されず、お母様にこうして責められて……。お母様はアリシアを悪者に仕立てて何がしたいの? アリシアだってお母様の娘なのにどうして!」


 お母様は嗤う。


「セシリア、あなたは本当に優しい子ね。わざわざ自分に不都合な嘘までついてアリシアを守ろうとして……。もう、そんなことはしなくてもいいのよ」


 セシリアの表情が険しくなる。上目遣いにお母様を睨みつけた。


「……わかってくれないのならもういい。私はアリシアの味方になる。お母様は私の敵だわ」


 お母様はセシリアが何を言っているのか理解できないようで固まった。少ししてまた嗤い始めた。


「セシリア。その冗談は面白くないわ。アリシアの味方をしてあなたに何の得があるというの」

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