育ってきた環境の違い
応接室へと案内され、ソファに左からイライアス、私、セシリアが着席する。しばらく待つと、両親が揃って入室し、私の向かいに神妙な顔のお父様、セシリアの向かいに無表情のお母様が着席した。席に着くなりお父様が口火を切った。
「帰ってきたということは次期当主になる、ということでいいんだな。アリシア」
私は思わず左右を見た。イライアスもセシリアも無言で頷いてくれた。きっと言いたいことを言えばいいということだろう。私は俯きそうになる自分を叱咤し、意識して顎を上げる。
「……いいえ、お父様。私は相応しくありません。お父様はきっと、自分に何かあったときのために取り敢えず私を据えたいだけでしょう? そんなことをしなくても、セシリアが優秀な婿を取れば済むこと。セシリア自身がそれを望んでいるのです。その代わりに私が政略のために嫁げばいい。そうではありませんか?」
お父様は難しい表情になり考え込む。どこにそんなに考え込む要素があるのか不思議で、私は黙ってお父様の返答を待った。その静かな空気を壊すように笑い声が響き渡る。お母様だった。
「アリシア、あなたは何もわかっていないのね。あなたに政略の駒としての価値がないとお父様はお考えなのよ。あなたは当主教育しか受けてこなかった分、可愛げがないもの。小賢しい女は嫌われるだけよ。だからといって当主の器でもない。本当にあなた、何故帰ってきたの?」
一つ一つの言葉が棘になって突き刺さり、聞くに堪えなくて耳を塞ぎたくなる。だけど、それではこれまでと同じ。お母様が何故ここまで私を嫌うのかわからないし、これからの自分の未来のためにも避けては通れないのだ。感情的にならないように深呼吸をして、私はお母様に答える。
「お言葉ですが、お母様こそわかっていません。お父様が私を必要としているのは事実。だからこそセシリアが私を訪ねてきたのです」
「……本当に可愛げがない」
お母様は不快げに俯き加減で吐き捨てた。ようやくお父様が口を開く。
「まあ、あんなことはあったが、冷静に考えてやっぱりお前に任せるのがいいのではないかと……。だからお前の死亡を取り消して……」
「いいえ。あんなことがあったからこそ、私では駄目なのです。セシリア、次はあなたの気持ちを聞かせて」
セシリアは話を振られると思っていなかったようで、慌てて背筋を伸ばした。軽く咳払いをすると周囲を見回した。
「私は……アリシアと違って教育を受けていないので、お父様がアリシアを選ぶのもわかります。ですが、私はヒースロットのために尽力したい。お父様が仰るあんなことのおかげで、そう思えるようになったんです。アリシアも辞退したいと言っていますし、私がヒースロットを継いで、アリシアは元々ヒースロットと政略的に結ばれるはずだったイライアス様と婚約すればいいのではないですか?」
「いや、しかし……」
お父様は渋面になる。そのお父様の援護をするようにお母様が続けた。
「セシリア、あなたまでおかしなことを。あなたが婿を取ってヒースロットに残るということは賛成だけど、どうしてアリシアがイライアス様と結婚することに繋がるの。アリシアの嫁ぎ先はわたくしたちがまた見つけます」
「ちょっと待ってください」
ここで、これまで黙っていたイライアスが口を挟んだ。皆の視線がイライアスに集まる。イライアスは居住まいを正し、真剣な表情でお父様を見る。
「家族間の話し合いに口を挟むことをお許しください。私はアリシアと結婚したいと思っています。元々、ヒースロット家としては政略の意味もあり、セシリアと私との結婚を進めたかったのですよね。私の背後にあるファレル伯爵家と、私自身の事業を通じて得た人脈を求めて。それならば、姉妹で婚約者が変わることに不都合はないはずです。あるとすれば、醜聞を防ぐための筋書きが必要というくらいで」
「いや、まあ、そうだが。それならセシリアと君が婚約を解消する必要はなかったのではないか?」
「いえ、それは無理でした。セシリアはヒースロットを守りたいが、私は自分が興した会社を守りたい。それぞれに守りたいものが違います。アリシアは、そんな私の手助けをしてくれる大切な女性です。もちろん、アリシアがヒースロットを捨てたという意味ではありません。彼女が私とヒースロットを繋いでくれる存在になる、そう言いたいのです」
「アリシアが……?」
お父様はどこか懐疑的だ。私はどこまでいってもお父様の自慢の娘にはなれないのだろう。それでも私はイライアスと共に生きる道を諦めたくはなかった。
「お父様、お願いします。私はイライアス様の申し出を受けたいのです。セシリアがヒースロットに残る方が、この家にとっていいことだと思います。それはあの子が自分の限界を知っていて、できないことを素直に認められる強さを持っているからです。自分の限界を感じた時に他人に相談し、協力を求められるセシリアは、対人関係の調和を取ることが上手い。私にはないものです」
当主には人望も必要。甘え下手で他人から距離を置いてしまう私にはそれがない。こうして自分を客観的に見てみるとわかる。
愛されて育ってきたセシリアと、厳しさしか知らない私の違いがその辺りで明確に出ているように思う。
「……それと、これは感情論だからお父様は必要ないと仰るかもしれません。私は、イライアス様をお慕いしています。大多数の方々を守る力はありませんが、大切な方を支える力はあるつもりです。イライアス様を支えることでヒースロットの役にも立ちたい、それが私の望みです」
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