理不尽の向かう先

 セシリアは険しい表情のまま、お母様に答える。


「損得じゃなくて、姉妹だからよ。お父様もお母様も、私とアリシアが入れ替わっていたことに全く気づかなかったのでしょう? イライアス様は薄々感じていたようだけど。それでお二人が私とアリシアをどう思っていたのか、私にだってわかったわ。結局あなた方は私たちの中身になんて興味がなかった。私の身を案じてくれて、私の幸せを願ってくれたのは、私が一番辛く当たっていたアリシアだった……。お母様は私を愛してなんかいない。自分に都合のいい人形が欲しかっただけ」


 セシリアの本気がわかったお母様の顔がみるみるうちに青褪めた。


「セ、セシリア? わたくしはあなたのためを思って……」

「私のため? 自分のための間違いでしょう? 私のためだというなら、アリシアとイライアス様に謝って」


 セシリアはちらりと私を見遣る。だけど、私は別に謝罪は望んでいない。ただ、そうじゃないとわかってもらえればそれでよかった。だから、セシリアに「いいの」と小さく首を振った。


 お母様は顔を背けてポツリと呟いた。


「……嫌よ」


 その答えにセシリアはため息をつく。私はセシリアが何を言い出すのかと固唾を飲んで見守った。


「……わかったわ。もうお母様と話すことはないわね。これから必要なことはお父様に話すことにする。あなたはせいぜいアリシアを悪者にすればいいわ。ということで、お父様。イライアス様とアリシアの結婚、そして次期当主に相応しい私の結婚相手についてのお話を詰めていきましょう。お母様抜きで」


 お母様は慌てて立ち上がる。その顔色は真っ青で今にも倒れそうだ。


「セシリア……。あなただけはわたくしの味方……。そうよね。そうでしょう? そうだと言って……!」


 セシリアににじり寄るお母様。どこか茫洋とした目は狂気を孕んでいた。お母様がどこかへ行ってしまいそうで怖くなる。

 本当はお母様に声をかけたかった。だけど、今のお母様にはセシリアしか見えていない。焦燥に駆られ、私はセシリアの腕を掴んで揺さぶる。


「セシリア……。私はいいから、お母様を……」


 だけど、セシリアは気づいていないようだ。セシリアは不機嫌に唇を尖らせて首を振る。


「いいのよ。だってお母様が悪いの。自分は悪くないと我を張るばかりで。子どもよりも性質が悪いわ」


 セシリアに向かっていたお母様は、方向を変え、私の前に立ちはだかる。痛いくらいの力で私の腕を掴んで立たせると、激しく揺さぶった。


「どうしてセシリアまで奪うの……! わたくしはお前のせいでいろいろなものを諦めてきたというのに……!」

「いたっ、お母様、やめ……」

「……どうしてお前は男じゃなかったの。どうしてわたくしは男児を産めなかったの……。どうしてみんなわたくしを責めるの……」


 お母様は瞬きもせずにボロボロと涙を零す。私は痛みとお母様の言葉が理解できずに顔を顰めた。するとお母様は怯えたように今度は私を突き飛ばす。


「アリシア!」


 よろめいた私をイライアスが立ち上がり、後ろから支えてくれた。


 お母様は震えながら首を左右に振る。


「お願い、そんな目で見ないでください……。わたくしも努力したのです。お願いです。お赦しください、お義母様……」


 ──お義母様?


 つまりはお祖母様のことだろうか。わけが分からずお父様を見ると、お父様はお母様から目を逸らした。


「お父様……。どういうことか、お話願えますか?」


 私が問うと、お父様は「私は何も知らない」と嘯く。その言葉でお母様が正気に戻った。


「……っ、あなたはいつもそうやって都合のいいことから逃げてきた! わたくしがどんな思いでいたのかなんて考えもしないのでしょう? 初めてのお産で不安なわたくしに、病気ではないのだから子爵夫人の仕事をちゃんとこなせ、男児を産めと精神的な圧力をあなたもあなたのご両親もかけてきた。その上、アリシアとセシリアが生まれて、あなた方は何と仰ったか覚えています? わたくしは未だに忘れられません。女しか産めないのか、そう仰いましたよね。アリシアはあくまでも繋ぎ。早く男児を産めと言い続けて……」

「っ、だから両親はこちらに来なくなっただろう? それもこれもお前のためだ!」

「お前のため……? 自分のためでしょう! あなたはご両親とわたくしの間に入るのが嫌だから逃げただけ。そうしていつまでもアリシアとセシリアの後に子どもができないことをわたくしのせいにして……!」


 お母様は悔しそうに唇を噛み締めた。お父様とお母様の応酬に、私やイライアスやセシリアは口を挟めなかった。


 ──お母様が私を憎んでいたのは、私が女だったから……?


 恐らくそういうことだろう。初めての子が女でお父様やお祖父様、お祖母様が落胆し、お母様を責めた。次は男をと言われても、子どもができるかどうかは運任せだ。そして私をとりあえず繋ぎとして教育を施したが、結局男児ができず、私は女の身で当主の座に就くようにと道筋ができてしまった。お母様にしてみれば、だったら何故自分が責められなければならなかったのか、ということだろう。その理不尽に対する怒りが、自分よりも立場の弱く、そんな立場に追い込んだ原因である私に向いたのかもしれない。


 そう気づいた時、私の中で激しい怒りが生まれた。


 どうして自分ではどうしようもないことで理不尽に責められなければならなかったのか──。


 怒りに目が眩みそうなのを抑えながら叫ぶ。


「もう、いい加減にしてください!」

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